カカオの肩書き

「これはつまり、『本命』ちょこ、ということでいいのかな?」

亮子があまりにあっさり、緊張の欠片もなく、本日仕様に飾られたお菓子の箱を差し出してきたので、つい。

「……はあ?」
「わぁ、その表情は堪えるなあ」

眉間にしわを寄せて、呆れた視線を向ける彼女に、大げさな息をついてみせた。
笑い出してしまいそうな表情筋を引き締めて、出来るだけ真面目な顔を作る。
絶対に有り得ないなんて、安心しないでもらいたい。

「いや、義理ってゆーか、一応あんたには世話になってるから、そのお礼っていうか…」

それを世間一般では『義理』というんだろう。

「あげとこうかな、って思ったんだよ。それだけ!」

いらないなら返せ!と突き出された手に触れようかどうしようか一瞬迷って、そんなことを考えてしまう自分が可笑しくて、うっかり吹き出してしまった。
あぁ、せっかくここまで我慢してきたのに。

「こらカノン、何笑ってんだ!もうやらん!」
「あはは、ごめんごめん。亮子を笑ったわけじゃないよ」
「嘘つけ!あのタイミングで他に一体、何で笑うってんだ!」

自分の愚かさに、とはさすがに言えず、苦笑しながら遠ざけたチョコレートを追って、亮子が手を伸ばす。
その体温が触れないように、ひらりふわりと避けていたら、不意に気付いてしまった。

「だって、亮子があまりに可愛いものだから」

微かに感じる彼女の香りに、眩暈を覚えそうになる。
ぴたり、と固まった亮子に手を振って、素早く踵を返した。


甘い芳香を放つのは、着飾ったお菓子だけで充分すぎるのだ。


 ≪fin.≫
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