koibumi

放課後の部室、机の上に手紙が無造作に置いてあった。
清楚な封筒に、とびきり丁寧に書いたのが窺える宛名は、この部屋の主の名前である。
彼女に宛てた手紙がこの場所にあるのは、至極当然のことだった。
ただ、彼女が誰かから手紙をもらう、その内容を想像できない。

「呪いの手紙とか、不幸の手紙なんてもんじゃないだろうな」
「鳴海さんって、ほんっとーに後ろ向きですよね」

手紙から距離をとりながらの呟きに、不機嫌そうな返事が降ってきた。
しかめた顔を隠さずに振り向いたら、むっとした表情を返される。

「普通こういうときって、真逆のものを期待するでしょう?」

そもそも歩は、期待どころか警戒したのだが。
それが顔に出たのか、ひよのが眉間のしわを深くした。

「ラブレターですっ!ら ぶ れ た あ!」

ふんっとそっぽを向かれた。
その胸には、大切そうに抱かれた、例の手紙。

「この状況で、そこに思い至れってのは、あんまりだろ。なんせ俺は、あんたのことを知り過ぎちまって後悔してる真っ最中なんだからな」
「どういう意味ですか!まったく、だから鳴海さんは鳴海さんなんです!」
「なんで俺が非難されるんだ?」
「鳴海さんに後ろ暗い気持ちがあるから、そういう風に聞こえちゃうんですよっ」

びしりと指をさす彼女の言い分にも一理あって、これ以上相手を刺激するのは良くないと判断した歩は、大人しく口をつぐんだ。
それを見て取ると、ひよのが封筒を丁寧に開いて、中身を取り出す。
品の良さそうな便箋が1枚出てきたが、まさか彼女が読む脇から覗き込むわけにもいかず、歩は視線を逸らした。

(…また随分と物好きな)

自分の思考の主語がわからないことが、若干不快に思えて、代わりの言葉を口にする。

「今時、古風な奴もいるんだな」

きょとん、と顔を上げられて、なんでもないよと手を振った。

「…何が書いてあるのか、聞かないんですか?」
「聞いたら教えてくれるのか?」
「プライベートなことなので、それにはお答えしかねます」

ひょい、と片手を顔の前に出して、神妙に遮られる。
その動作が妙に気に障って、思わず鼻で笑ってしまった。

「どの口がそんなことを」
「あら?鳴海さん、もしかしてご機嫌斜めですか?」
「別に。俺の機嫌はいつも通りだ」

吐き捨てるように言うと、ひよのが仕方ないひとですね、とでも言いたげな笑顔を見せる。
便箋を元通りに畳んで封筒にしまうと、それを差し出してくるので、歩は少し身を引いた。

「…なんだ?」
「気になるんでしたら、見せてさしあげます」
「いや、いい」

言ってしまってから、やはり気になってひよのを窺い見る。
だが彼女は大して気に留めた風でもなく、そうですか、と手紙を自分の鞄にしまった。

「受け取った手紙を他人に見せようなんて、あんたデリカシーってもんがないのか」
「もらったものをどうしようと、私の勝手でしょう?」

はぁ、と溜息をついて、ひよのが視線をねめ上げる。

「鳴海さんって割かし面倒くさいひとですよね」
「悪かったな」
「まったくですよ。気になるなら気になるって、素直に言えば良いんです」

偉そうに胸を張って立つ彼女を見上げて、それでもやっぱり、言葉など出てこなかった。

「別に、あんたが誰に何を言われてようが、俺には関係ないだろ」
「何言ってるんです、鳴海さんに対する不満が、巡り巡って私のところに来てるのかもしれないじゃないですか」
「…そっくりそのまま、あんたに返すよ」

天下の新聞部長に対する苦情など、何があっても受け付けたくはないが。

「大体あんたの言い方だと、そいつはラブレターなんかじゃないんだろう?」
「なっ、なんかとはなんですか!失礼ですねっ」
「あんたに届く恋文なんて、どうせロクでもないに決まってるよ」

ひよのがぱっと赤くなったのは、どう考えても怒りのせいとしか思えなかったので、慌てて部室から退散する。
背後で騒いでいる声が聞こえて、ついでに名前も散々連呼されていたが、耳を塞いで立ち去った。

ふと、もしあれが本当にラブレターとやらだったら、どうだったろうと考える。
相手は誰で、彼女はどんな返事をするのだろう。
そのすべてがまったく想像できないことに気付いて、自嘲気味に頭を掻いた。


(俺は一体、何を信じてしまってるんだ)


その答えは、彼女が言うように素直に口に出せば、もしかしたら誰かが教えてくれるのかもしれない。
しかしだからこそ、少年は黙ったまま空を見上げた。
言霊なんてものを、信じているわけではないのだけれど。


≪fin.≫
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