day of a kiss

「一応言っておきますけど、アクセントはキ、ですからね」

きゅっと眉間を寄せて、隣に座る少女に先手を打たれた。
どうやら、とぼける方向を読まれてしまったらしい。
気を取り直すように、歩はくるりと指を回す。
ひよのがそれを追うように、瞳をくるりと回したのが、少し可笑しかった。

「そもそもの由来は、初めてキスシーンのある映画が上映された記念日、だろう」

だから何だと言うのだ、と相手の表情が全力で問い返してくる。
それには黙って視線を返すことで応えたかったが、読み取られたはずの答えを黙殺された。

「だから何なんですか、するんじゃなくて観る日だってことですか、鳴海さんが私の目の前でして見せてくれるって意味ですか」
「そんなわけあるか!」
「お相手はどなたが良いですか、何でしたら理緒さんあたりお呼びしましょうか今すぐここに」
「おいあんた、何の冗談だ」

べらべらと止まりそうにない言葉をせき止めようと、肩を掴むと、びっくりしたように目を瞬かせた。
ひとまず彼女が黙ったことに、小さく息を吐いて、手を離す。

「…鳴海さん」
「あ?」

思わず立ち上がっていたことにばつが悪くなって、わざとらしく座り直した。
くすりと小さく笑う気配がして、余計に居心地が悪くなる。

「なんだよ?」
「こういうときは、颯爽と唇で塞いじゃったりするんですよ」
「……」

そうして欲しいんだろうか、と過ぎったのは、もちろん一瞬だった。

「後学のために」

澄ましてそう付け足す彼女の教えを、将来ではなく今すぐ実行してやろうかという考えは、控えめに開いた窓から流れ込む5月の風に、あっさり吹き消される。
天気予報は夏日だと言っていたはずなのに、風はひんやりと肌寒かった。


≪fin.≫
1/2ページ
スキ