ストレイトチョコレイト
嫌いな食べ物、特になし。
好きな食べ物、特になし。
食べられれば何だって構わない。
ただ、どうせ食べるなら、美味しい方が良いと思う。
至極当然、文句のつけどころなんてない意見である。
しかし、今回に限っては、それでは少々困るのだ。
「少し早いですけど、差し上げます」
そう言って、ひよのが恭しく取り出した箱に、歩はきょとん、と首を傾げた。
あまりに予想通りの反応で、怒る気力も湧いてこない。
「ばれんたいんのちょこれーとです」
「あぁ、なるほど」
これはどうも、などと年寄り染みた挨拶をする少年に、思わず溜息をつく。
「何、溜息なんてついてるんだ。貴重な幸せが逃げるぞ」
「鳴海さんに、あまりにも感動が見えないので、こちらが感動してしまいました」
「それはそれは」
「さぞ、チョコレートなんて頂き慣れてるんでしょうね」
軽い嫌味のつもりだったのに、歩は開きかけた口を閉じて、ゆらりと視線を逸らした。
「何か言ったらどうですか」
「いや、そう思われてるなら、それで構わない」
「随分遠回しな否定ですね」
「根が謙虚だからな」
「だからいつになっても花が咲かないわけですか」
やれやれ、とわざとらしく首をすくめると、歩がむっと眉を寄せる。
誤魔化すように、チョコレートの箱を揺すったりし始めたので、ひよのは洩れそうになった笑いを、こっそり噛み殺した。
「それ、色んな種類が少しずつ入ってるんです」
「へぇ」
ひよのの台詞に手を止めた歩は、今度はしげしげとチョコレートの箱を眺め始める。
控えめな色使いに、品の良いリボン。
中身だって、珍しくも何ともないものばかりだ。
「食べてみて、美味しいものがあったら教えてくださいね」
にこりと言えば、彼はいつものように、悪戯っぽく目を眇めた。
「それで今度は、美味かったものだけ自分で買うのか」
「自分の為に、高価なお菓子を買う趣味はあまりないです」
それはそのままの意味だったのだが、ねだったように聞こえてしまったのか、歩が嫌そうな顔をする。
「後輩にたかるな」
「人聞きの悪いこと言わないでくださいっ」
勢いよく振り回した鞄を、小さな動きで避けられた。
悔しかったので、手元にあったキャンディーも投げたら、何故かそれは歩の額に命中する。
「いて」
「どうして避けないんです」
「食べ物を粗末にするな」
膝にぼとりと落ちたキャンディーを、これも貰うぞ、とポケットに押し込む。
それは好みの味だったのか、とすかさずひよのは脳内に刻んだ。
「来月はぜひとも、3倍返しでお願いしますね」
「…やっぱり返す」
ひょい、と返品されそうになったチョコレートを押し戻して、ついでに出てきたキャンディーも、ポケットに返してやる。
大した抵抗を見せない辺り、あまり本気ではなかったのだろう。
そのことに、ほんの僅かだけ安心して、あぁ自分にも幾ばくかの不安はあったのだ、などと密かに感慨にふける。
だから、一番大切なことも、さらりと念を押せた。
「食べたご感想も、楽しみにしてますから」
不思議そうに頷く少年に、今度こそ笑いが零れる。
何を不思議に思うことがあるだろう。
今日の私は素直なのだ。
ただ、貴方の好みが知りたいだけなのだから。
≪fin.≫
好きな食べ物、特になし。
食べられれば何だって構わない。
ただ、どうせ食べるなら、美味しい方が良いと思う。
至極当然、文句のつけどころなんてない意見である。
しかし、今回に限っては、それでは少々困るのだ。
「少し早いですけど、差し上げます」
そう言って、ひよのが恭しく取り出した箱に、歩はきょとん、と首を傾げた。
あまりに予想通りの反応で、怒る気力も湧いてこない。
「ばれんたいんのちょこれーとです」
「あぁ、なるほど」
これはどうも、などと年寄り染みた挨拶をする少年に、思わず溜息をつく。
「何、溜息なんてついてるんだ。貴重な幸せが逃げるぞ」
「鳴海さんに、あまりにも感動が見えないので、こちらが感動してしまいました」
「それはそれは」
「さぞ、チョコレートなんて頂き慣れてるんでしょうね」
軽い嫌味のつもりだったのに、歩は開きかけた口を閉じて、ゆらりと視線を逸らした。
「何か言ったらどうですか」
「いや、そう思われてるなら、それで構わない」
「随分遠回しな否定ですね」
「根が謙虚だからな」
「だからいつになっても花が咲かないわけですか」
やれやれ、とわざとらしく首をすくめると、歩がむっと眉を寄せる。
誤魔化すように、チョコレートの箱を揺すったりし始めたので、ひよのは洩れそうになった笑いを、こっそり噛み殺した。
「それ、色んな種類が少しずつ入ってるんです」
「へぇ」
ひよのの台詞に手を止めた歩は、今度はしげしげとチョコレートの箱を眺め始める。
控えめな色使いに、品の良いリボン。
中身だって、珍しくも何ともないものばかりだ。
「食べてみて、美味しいものがあったら教えてくださいね」
にこりと言えば、彼はいつものように、悪戯っぽく目を眇めた。
「それで今度は、美味かったものだけ自分で買うのか」
「自分の為に、高価なお菓子を買う趣味はあまりないです」
それはそのままの意味だったのだが、ねだったように聞こえてしまったのか、歩が嫌そうな顔をする。
「後輩にたかるな」
「人聞きの悪いこと言わないでくださいっ」
勢いよく振り回した鞄を、小さな動きで避けられた。
悔しかったので、手元にあったキャンディーも投げたら、何故かそれは歩の額に命中する。
「いて」
「どうして避けないんです」
「食べ物を粗末にするな」
膝にぼとりと落ちたキャンディーを、これも貰うぞ、とポケットに押し込む。
それは好みの味だったのか、とすかさずひよのは脳内に刻んだ。
「来月はぜひとも、3倍返しでお願いしますね」
「…やっぱり返す」
ひょい、と返品されそうになったチョコレートを押し戻して、ついでに出てきたキャンディーも、ポケットに返してやる。
大した抵抗を見せない辺り、あまり本気ではなかったのだろう。
そのことに、ほんの僅かだけ安心して、あぁ自分にも幾ばくかの不安はあったのだ、などと密かに感慨にふける。
だから、一番大切なことも、さらりと念を押せた。
「食べたご感想も、楽しみにしてますから」
不思議そうに頷く少年に、今度こそ笑いが零れる。
何を不思議に思うことがあるだろう。
今日の私は素直なのだ。
ただ、貴方の好みが知りたいだけなのだから。
≪fin.≫
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