2/14.evening

買い物から帰って玄関を上がると、奥から明るい声が歩を迎え入れた。

「歩おかえりー。お土産は~?」
「……ない」

今の間は、何故土産?何処の土産?誰の土産?何の土産??と疑問符が大量生産された為に、生じたものである。
怪訝な表情を隠さないまま、キッチンに入ると、リビングから同居人が顔を覗かせた。

「えー、ないんかいなー。誰か1人くらいには会うたと思たのに」
「…いや、会ったぞ?」
「そしたら、もろたやろ?」
「……お前への土産は、ない」

なーんだ、と全く残念な様子を見せずに笑う火澄の前に、鞄や買い物袋から1つ1つ取り出してみせる。
色とりどりにラッピングされた箱は、この季節特有のもの。
テーブルに並んだ想いの数を確認して、火澄がぱちぱちと目を瞬いた。

「~、8、9、10個もあるやん!何、これ全部別の子から?」
「さすがに1人で2つ、くれる人はいなかったな」
「前もって約束してたん?」
「いや。たまたま会ったんだと思うぞ」

偶然を装って、待ち伏せられたんだろう。ということはすぐに察しがつく。
ただ、本人がわざととぼけているのか、本当に気付いていないのかは分からなかったので、火澄は素直に頷いておいた。

「今年は土曜やからなぁ。学校あったら、もっと貰えたんとちゃう?」
「さぁ、どうだろうな」

気のない相槌に一瞬だけ眉間を寄せて、1つずつ箱を持ち上げてみる。

「なぁ、これ開けてみてもえぇ?」
「構わないが、食うなよ?」
「はいはい」

返事を聞きながら、既に手は動いていた。
端から1つ取り上げて、簡単に開いた箱に、小さく首を傾げる。

「あゆむー。これ、開封済みなんやけど」
「……」
「ついでに中身も空っぽやんか。もう食べてもーたん?」

人には食うなってゆーたくせに~、と口を尖らせる火澄に、歩が渋い顔をした。

「アレが食べたんだ」
「…あれ?」
「俺はまだ、1つも食べてないぞ」

その口振りから、何となく、ピンときた。

「あぁ、おさげさんにも会うたんや」
「そこは聞けよ」
「会うたんや?」

律儀に語尾を上げて言い直すと、はぁ、と頷いてるんだか溜息をついてるんだか分からないような声が返ってくる。
思わず笑いそうになって、歩の視線に慌てて口を塞いだ。
でも、顔が緩むのは隠し切れない。
別に悪いことでもないな、と早々に開き直った火澄は、他の箱も開けてみることにした。

「あ、これは入っとる。これはないー、これもやー」

ぱこぱこと調子よく開いて、中身が残っているのはちょうど半分だった。

「おー、ぴったし半分こや」
「嬉しくないぞ」
「可愛らしいやん。ヤキモチやろ」
「そんな可愛げがあれば、まだマシなんだろうがな」

歩の台詞に、空箱を集めて並べてみる。
すると、あまり詳しくない火澄の目から見ても、明らかに高価そうなものばかり食べられているようだった。
ほら見ろと言わんばかりの視線に、苦笑いで返す。

「モテる男は辛いんやね」
「そういうお前だって、さっきチョコ食ってたろ」
「え、何で知っとんの」

きょとん、と目を見開いた火澄の背後を、目だけで示す。
リビングには、チョコレートの空き箱が、包装紙やリボンと共に転がっていた。

「ありゃ、バレバレや」
「隠してるつもりだったのか」
「いや、全然」

呆れたような歩の言葉に、さらりと笑う。
言いつけ通り、歩のチョコレートには手を出さず、どこからともなく取り出した板チョコを、ぱきりと口で割った。

「…それも?」
「もろた」

えぇやろ?と、目を細める火澄に、歩がへぇ、という表情をする。
飾り立てられた甘ったるいチョコレートの中で、1年中同じ顔をしているそれは、妙に非現実的に見えた。
非日常の中では、日常的なものが逆に浮かぶ。
不変さに、ほっとするような。あまりの不変振りに、むしろ落ち着けないような。

「お前にはぴったりかもな」
「安上がりで?」

む、と火澄が拗ねたように、口を尖らせる。
それにひとつ笑って、軽く額を弾いた。

「った!ひど!歩ひどっ」
「…うるさい」

皆に好かれてて、という台詞は、あっさり飲み込む。
本格的に拗ねた火澄はそのままにして、歩も貰ってきたチョコレートを口に放り込んだ。

「結構、美味いな」

今年最初に食べたチョコレートは、思っていたほど甘くない、大人びた味のものだった。


Fin.
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