遠ざかる君の、

遠ざかる君の足を止めるには、どうしたらいいか分からなくて、とりあえず影を踏んでみた。

「捕まーえたっ!」
「…何だ?」

お。振り向かせることには成功。
さて、次はどうしようか。

「おい、火澄」
「影踏み、歩も昔やらんかった?」
「…やったような気もするが、忘れた」
「影を踏まれた人は、動いたらあかんねんで」

にかっと笑って見せると、歩がひょい、と片眉を上げる。

「似たようなのが他にもあったな。氷鬼だったか?」
「あー、多分仲間なんとちゃう?」

俺だって、はっきり覚えているわけではない。だからこれは半分くらい、口から出任せだった。
興味なさそうにしつつも、歩は黙って俺に縫い止められている。
影は意外と長くて、手を伸ばしても彼の背中には届かない。

「…で?」
「え、何?」
「動きを止めて、どうするんだ」
「あぁ、どうすんやっけ」

本当に、どうするんだろう。影を踏まれたら、鬼が入れ替わるんだったか?
はた、と突っ立ってしまった俺に対して歩が、あのなぁ、と呆れた声でこちらへ向き直った。

「もうじき日が暮れるぞ」

マズイ。そうなると影が消えてしまう。

「そしたら、世界が全部、影になるだろ」
「…え」
「そうなったら、誰も動けなくなるんじゃないか?」

歩の声が、足元の影に染み込んで、溶けてゆくような気がした。


「なら、いっそ2人で鬼になろか」

呟き落とした言葉に、歩が薄く笑みを浮かべる。

「世界中を相手にして?」
「そう。鬼だけは自由に動けんねん」

どや、と目を覗き込むと、首を傾げて、考えるような素振りをされた。
本気で考えているのかは怪しいところだが、大人しく待ってみる。やがてぱちりと視線が合って、ふわりと彼の表情が和らいだ。
この笑顔には、何だか弱い。

「俺は構わないぞ」
「やたっ」

だがそこで、ふと気付いた。彼の笑みが、悪戯っぽく形を変えていることに。

「鬼になれば、自由に動けるんだろう?」
「あ、あぁ…」
「なら俺は、勝手に飯食って、勝手に寝る」

くるり、と方向転換して、呆気なく歩が歩き出す。
いつの間にか、しっかりと縫い止めていたはずの影は、夜の闇に溶けてしまっていた。

「そんなん、いつもと変わらんやんけ!」

慌てて叫ぶ俺に、振り向かないまま片手をひらひらと振って、一言。

「鬼の自由を阻害するな」


これだから、コイツには全く敵わない。
さて、次はどうしてくれようか。



-end-

敵わないことが分かっていて、それでも突っかかってみて、あぁやっぱり敵わない、と確かめて満足しているような。敵わないことを楽しんでいるかのような。
ちなみに私が小学生の頃やっていた影踏みは、影を踏まれたら鬼が交代していくものでした。
帰り道にやってたイメージです。
Ayumu&Hizumi/20080703+0708.
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