あ・い・う・え・お

「実は、折り入ってお願いがあるんやけど」

しおらしい声に驚いて目をやると、火澄がベッドの上で正座していた。
慌てて姿勢を正して、真っ直ぐに目を合わせる。

「何だよ、改まって」
「うん、実はな」

そう言いながら、頭を下げてしまったので表情が窺えない。
柔らかそうなくせっ毛を見ながら、香介は何を言われるのかと内心、気が気ではなかった。

「妹さんを、俺に下さい!」

ぶん!と勢いよく頭をシーツにつける。
妹、と言われて咄嗟に思い付いた、気の強い少女が同席していなかったことを、密かに感謝した。
神は信じていないから、有難いのは自分の運か。

「…誰のことだよ?」

出来るだけ素っ気なく、とぼけたつもりだったが、若干声が掠れてしまった。
火澄はなかなか顔を上げない。
くそー何だよせめて名前を言えってんだ、てかそもそも何で俺に言うんだ、あれか親がいない奴かそれともここにくる親縁者なんて俺くらいだから俺で手を打ったとかか、第一下さいって何だ下さいって、それは俺が良いとか悪いとか関係ないだろう関係あるっつったらまさかやっぱりアイツかよおい――「…くっ、くっくっくっ」
「…んぁ?」

ふと気付くと、火澄が身体を震わせている。
嫌な予感がして、恐るおそる肩に手を乗せると、それを合図に火澄がごろり、と横に倒れた。
顔が真っ赤になって、目尻には涙が滲んでいる。

「あ、あははははっ、いや、ごめん、あ、あははっ」
「謝りながら爆笑すんなっ」

からかわれたと分かって、真っ赤になった香介を見た火澄の笑いが、ますます激しくなる。
ぱたぱたと手を振って、冗談や、ごめん、と繰り返す火澄に、花瓶の水でもぶちまけてやろうかと思ったが、彼の腕から伸びる幾本もの管が、かろうじてその衝動を押しとどめた。
ようやく落ち着いた火澄が、息も絶え絶えに身体を起こして、人懐っこくくしゃりと笑う。

「ごめんなー。1回言ってみたかってん」

妹って言われて、咄嗟に浮かんだ顔がおったやろ、とにこにこと指摘されて、香介が絶句したのは言うまでもない。


り入って
例えば、これも愛おしい日常


Fin.

最終決戦後の火澄と香介に、平和な会話があったなら。…てか、香介にこんなこと言えるのは、ヒズしか思い付かなかった。
Hizumi+Kousuke/200805xx
title from:液体窒素とい花
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