鳴海歩

【あ】


「さよならの前に、一度握手を」

そう言って彼女は、右手を差し出した。
それを見て、そっと安堵の息を洩らす。

「…それなら、喜んで」

ここで間違っても、左手を出されたりしたら、俺は壊れてしまったかもしれない。
誰かが言っていた。
左手の握手は、さよならの挨拶だと。

初めて握る、彼女の手。
僅かに伝わってくる体温を感じて、俺の方からも何か伝わっていれば良いと思う。

一瞬、ぎゅっと握った後、静かに力を緩める。
ゆっくりと、名残惜しげに手が離れていった。

右手に残る彼女の幻影。
でも、きっと大丈夫。
誰かが言っていた。
右手の握手は、友好の証だと。



『あくしゅ』
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