浅月香介

【こ】


カノンは甘いモノが好きなくせに、コーヒーだけはブラックだった。

「イギリス人なら、紅茶飲んどけっての」
「浅月、それは偏見」
「わーってるよ」

砂糖を入れたスプーンで、自分の分を乱暴にかき混ぜる。
勢い良く飲もうとして、その熱さに思わず舌を出した。

「あっつ!」
「淹れたてなんだから当たり前。コーヒーに八つ当たりしないでくれる?」
「別に八つ当たってなんかねーしっ」

湯気で曇ったメガネを外すと、カノンが「そう?」と静かにコーヒーを飲んだ。

「甘いモノが好きな大人はいくらでもいるし、個人の嗜好は様々だからね」
「だから、何だよ」

ふてくされたように、目を逸らしてしまう自分が情けない。
何気ない仕種で、シャツの裾で拭いたメガネをかけた。
これで少しは、表情が隠せれば良いのだが。

「ま、浅月が、ブラックコーヒーを嗜む僕を見て、カッコ良いと憧れてくれたって言うなら、真似してくれても構わないけど」
「憧れてねぇし、真似もしねーよっ」

思わず叫ぶと、彼は可笑しそうにカラカラと笑った。
憧れたわけではない。
だが、真似をしないかと言えば、正直、それは分からないと思った。
彼の言う通り、個人の嗜好は様々で、さらに言えば、成長と共に味覚も変わるらしいから。

俺だって、いつかはブラックコーヒーを嗜むようになるかも知れないのだ。



『こーひー』
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