カノン・ヒルベルト

【べ】


僕らには、とても好きな古いベンチがあって、緑に囲まれたそこに2人、よく座っていた。
一休みしているだけのときもあれば、本を読むときもあったり、アイズが譜面を書いたりもする。
ふんふん、と途切れがちに口ずさむアイズの声を聴きながら、のんびり景色を眺めていると、この時間が永遠に続くような気がしたんだ。

「何だ、この臭い…?」
「これは……ペンキ、だ」

良い感じにくたびれていたベンチが、ある朝、真っ白に塗られていた。
鼻に付く臭いを放って、その色は僕らを全力で拒む。
明るい緑の中、異様なまでに際立った白だった。

「ねぇ、アイズ…」
「帰るか」
「そうだね」

まっさらなモノを汚すコトは出来ない。
あれから、僕らは一度もあのベンチに近付いてはいない。



『べんち』
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