結崎ひよの

【き】


決して目には見えないのに、いつの間にか、しっとりと濡れてしまう。
気付かないうちに降り積もる。
想いはまるで、霧雨のように。

「結構、降ってるぞ」
「あれ、鳴海さん?」

ひょい、と差しかけられた傘の持ち主を見て、驚いた。
ぼんやり歩いていたから、尚更である。

「あれ?じゃないだろう。あんた、自分が濡れてるって自覚、ちゃんとあるか?」
「え、そんなに降ってませんよね?」
「でも、それなりには降ってるぞ。ずっと傘もなしに歩いてたら、濡れるのは当たり前だろ」
「はぁ、それもそうですねぇ」

学校を出たときは、殆ど降っていないと思ったんだけど。
それだって実は、見えていなかっただけかもしれない。
鞄から取り出したハンカチで簡単に顔や制服の雫を払うと、自分が実は、かなり濡れていた事に気付く。
ふと、隣を歩く彼を見上げてみた。

「…何、笑ってるんだ?」
「ふふ、笑ってなんかいませんよ」
「笑ってるだろうが」

呆れた視線を寄越しながら、私が濡れないように、歩くペースを落としてくれる。
普段は頼んだって、傘になんて入れてくれないだろうに。
…って、頼んだことがないから、本当はわからないのだけど。
今度、わざと頼んでみようかな。



『きりさめ』
3/6ページ
スキ