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かくれんぼ

陽が暮れるまで隠れていられれば願いが叶う、なんて。
馬鹿げた話を聞いてしまった。
信じる要素はこれっぽっちもないのだが。
それでも、太陽が西に傾くのをぼんやりと眺めていたら、ほんの少しだけ期待してしまう自分に驚く。

…こんなところまできて、私はまだ夢を見ようというのだろうか。

少し開いた窓から、夕方の優しい風が前髪を揺らす。
その風に、ひやりとするものを感じて、静かに窓を閉じた。


ふと気付いたら、すっかり陽が落ちていた。
ソファーの裏側で、一瞬自分が何故こんなところに丸くなっているのか分からなくて、すぐに隠れていたんだ、と思い出す。
彼は結局、部室に来ないで帰ったのだろうか。
暗い部屋に1人、眠り込んでいた自分を思うと、何だか情けなくなってくる。
ふぅ、と息をひとつ。

勢いをつけて立ち上がろうとして、自分に何か掛けてある事に気付いた。
…そんな準備はしていなかったはずだけれど。

「やっとお目覚めか?」
「ひゃっ!?」

急に頭上から声が降ってきた。
立ち上がりかけた姿勢から、思わず尻餅をつく。

「何やってんだ、あんた」

呆れたように言って、ひょい、とひよのから上着を取り上げる。
よく見れば、それは見慣れた歩の学ランであった。

「な、鳴海さんこそ、何やってるんですか!?もう陽が暮れてますよ!?」
「あぁ、そうだな」
「そうだなって…!」

まったく、この人の思考回路は訳が分からない。

「あんたは、そんな狭い所で寝て、身体痛くならなかったのか?風邪引くぞ」

学ランに袖を通しながら、ソファーに座った歩が振り返る。
言い方はぶっきらぼうだが、目一杯心配されていたようだ。

「あの、鳴海さん、何時頃気付きました?」
「何に?」
「私がここにいることです」

立ち上がりながら、恐るおそる問い掛ける。
もしそれが、陽が落ちた後ならば。
スカートを整えて、気持ちを落ち着かせる。
陽が落ちて、未だそんなに経っていないはずだった。

「授業が終わって、此処に来たら鍵が開いてるのに、あんたがいなくて」

放課後は私が探しに行かないと、滅多に真っ直ぐ来てくれないくせに。

「何気なく覗いたら、あんたが寝てた」
「そんなすぐですか!?」
「…悪いのか?」

それでは、全然隠れられていなかった訳だ。
到底、願いなど叶うはずもない。

…もともと叶えようだなんて、思っていなかったのだけど。

「おい、もう帰るぞ。いい加減、夕飯の支度しないと」
「あ、はい。私も帰ります」

でも、これも良いかな、と思う。
素っ気ない態度を取るくせに、迷うことなく見付けてくれるなら。


(この時間が、少しでも長くありますように)


真っ赤に染まる部屋で、私を見付けてくれた人を想う。
溜め息をつきながら上着を脱ぐ様子が、容易に浮かんだ。


(隣を歩く人に、ひとつでも多くの幸福を)


叶えてくれるのなら、神様だろうが、誰だって良かった。



 ≪fin.≫
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