trick and treat

「冗談はよしとくれよ。私は疲れてるんだ」

荷物を掴み直すと、ひょい、と香介を避けて部屋に向かおうとする。
いつもなら、気にせず通すところだが、今日の彼は何せテンションが高い。
いわゆる、悪戯心がうずいているのだ。

「じゃあ、お菓子はナイ、と」

トス、と軽い音を立てて壁に手をつき、彼女の行く手を遮る。
相当驚いたらしく、亮子が荷物を落とした。

「わ、何すんだ、香介!」
「何って、通行止め?」
「止め?じゃないだろ!」

声を荒げるせいで、顔が赤くなっている。
それを眺めていると、笑うな!とネコ耳をひったくられた。
…やべ、ニヤけてたかな。

「お菓子がないなら、悪戯ですけど?」
「い、悪戯って」

じわり、と後ずさろうとする亮子の背後に、空いていた方の手もつく。
目の前にいる男の両手に挟まれ、背後を壁に取られて、亮子が身をすくめた。恐らく、無自覚に。

それに気付いた香介も、無意識に眉間が寄る。
彼女の瞳には、やたら真剣な香介の顔。
あぁ、俺はこんな顔でコイツのこと見てるのか、とぼんやり思った。


ふいに、亮子が左右を目だけで素早く確認した。
咄嗟に彼の頭に浮かぶのは、逃しはしない、という強気な台詞。

亮子が身体を屈めるのと同じタイミングで、腰を落として腕を下げる。
彼の腕の下をくぐろうとしていた彼女は、失敗してしゃがみ込む形になった。
香介もしゃがむと、さらに立ち上がりにくいように、ぐっと距離を詰める。

やがて亮子が、背中を壁に預けて息を吐いた。
沈黙が、降りる。


そっと香介が、亮子の前髪を撫でるように整えてやった。
汗で湿った髪からは、リンスの匂いと、いつも使っている制汗スプレーの香りが立ち上る。
されるがままの彼女は、目だけで一生懸命に、彼の手を追っていた。


そのまま、彼が顔を近付ける。
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