朱と交われば

「ザンザス……隈すげぇぞ。夜、眠れなかったのかぁ?」
「うるせぇ、てめぇにゃ関係ねぇだろうが、カスザメ」
「……そうかも、しんねぇけどよぉ」

カスザメは居心地が悪そうにおずおずと頷き、不安げに顔を俯かせる。
オレはその様子を知りながらも、敢えて奴から顔を逸らして与えられたベッドに突っ伏した。
横目で窺えば、奴の素足がスカートから見え隠れしている。
枕を投げてカスザメを遠ざける。

「うわっ!何すんだよ‼」
「まあまあ、落ち着いてくださいなXANXUS様」
「うるせぇ」
「なに……?私がいない時に何かありましたの?」
「なんもねぇ。出てけ」

出された朝食も食わずに、奴らを拒み続けていれば、その内諦めて出ていくと思っていた。
だがやはり、そう上手くはいかない。
よく知らない二人の女はそう時間を置かずに出ていったが、肝心のカスがいつまでも残っている。
そわそわと心配そうにこちらの様子を窺っているのがわかる。
普段なら気にせず寝るのに、一度奴を意識してしまうと、考えが止まらない。
カスザメなんかに、特別な感情を抱いていると気付かされて。
それを自覚してしまうと、まともに顔が見れなくなった。
なんだこれは、なんなんだ。
自分自身がわからず、酷く気持ち悪く感じる。

「なんか温かい飲み物でももらってくるか?寝付けないなら、それ飲んでゆっくりしてれば……」
「カスザメ」
「ん"あ?」
「……お前がもし、女だったら。身も心も女だったら、の話だ」
「ん、ん?お"ー……」

顔を背けたまま問い掛けた。
カスザメは少し躊躇うような、戸惑うような素振りを見せながらも、大人しく頷く。
まあ、隠しているだけで本当のところは、身も心も女なんだから、そりゃそうなるだろうな。
自分も、何でそんなことを聞いているのか。

「オレは、どんな男に見える」
「それは……異性として、かぁ?」
「そう言ってる」
「……まず、生活力がない。だらしない」
「あ"?」
「仕事は出来るけど、コミュニケーション不全。取っ付きづらいし、ぶっきらぼうで何考えてんだかわかんねぇ。すぐにキレて物投げるから、怖くてなかなか近付けない」
「……」
「気紛れですぐに意見を変えるから、こっちは振り回されてばかりだぁ。しかも育ちが良いせいで高級品しか受け付けねぇし、食べ物なんて特に気を使う。すっげぇ大変」
「…………」

初めは、カスザメのくせにそんなこと考えてやがったのかと、思った。
今度は直接殴りかかろうかとも思ったが、後から後からと出てくる言葉に、殴る気すら失せる。
そんなことを思われていたのかと思うと、ツキツキと心臓の辺りに痛みが走った。
今までろくに文句も言わずに働いていた癖に、本当はオレの事を面倒くさいと思っていたのか?
あんだけ慕ってる素振りを見せておいて、何で今さら文句ばかり並べ立てる。

「でも、ザンザスはかっこいいと思う」
「……はぁ?」
「お前が歩いてる姿とか、ただ座っているところとか、何もしてなくても、存在感がハッキリと浮き立ってて、カッコいい……とはちげぇのかな……。なんつーか、魅せられる、かな」
「……」
「それに、即断即決でテキパキ決めてくれるところは良いと思う。周りに責任を押し付けるとかもしねぇし、仕事早いし……あと寝顔が意外と可愛いかな。それから、舌が肥えてるから、一緒に食事とか行っても楽しそうだ。美味しいところ連れてってくれそうだし」
「何言って……」
「乱暴だし、横暴だし、理不尽だって思うことも多いけどよぉ。それを打ち消すくらい、カッコいいと思う。うん、魅力的なんだと思う」
「っ……!」
「?ザンザス?」

文句をつらつらと述べていたくせに、カスザメは突然オレを褒めちぎり始めた。
カッコいい、とか。
魅力的だとか。
寝顔が可愛いとか。
何見てやがると怒るよりも前に、恥ずかしさが沸き上がってくる。
こんなに、見られていたなんて思わなかった。
放っておけばまだまだ話し続けそうなカスザメのケツを軽く蹴りつけて、強制的に止めさせる。

「気色悪ぃんだよ、てめぇ」
「あ"あ!?てめぇが言えって言ったんだろうがぁ!」
「下僕のくせに、何様だテメーは」
「下僕様だよ。言っとくがオレは女じゃねぇからなぁ。お前の下僕様として、死ぬまで一生付きまとってやるぜ」
「尚更気色悪ぃ」
「るっせぇ、何だかんだオレがいねぇと困るくせに」

言う通りだった。
仕事にしろプライベートにしろ、カスザメが一番、オレの癖を知っているようだ。
いなくなられたら、困る。

「やれるもんなら、やってみろ」

いなくなったりしたら、承知しねぇ。

「やってやろぉじゃねぇかぁ。わがままなご主人様に付き合うのは、骨が折れそうだけどなぁ」
「はっ、骨が粉々になって使えなくなるまで使ってやる」
「それ、オレ死んでんじゃねぇの?」

死ぬまで側にいろ。

「いつまで続くか、見物だな」
「なめんなよ、ザンザス。オレはメチャクチャしつこいぜ。お前こそ、途中でオレを捨てたりすんじゃねぇぞ」
「捨てたらどうなる」
「死んじゃう」
「そりゃあいい」

オレ以外の人間に使われたりなんてしてほしくない。

「道具で良い。下僕でも召し使いでも良い。きっとお前の役に立つ。だからオレを側に置いとけよ」
「……考えておく」

捨てたりなんてする気はない。
道具として終わらせる気もなくなった。
オレの顔から、赤みは引いているだろうか。
ようやくカスザメの顔をまともに見た。
少し寂しそうな顔で笑うスクアーロの頭を、力加減なしにグリグリと撫でて言う。

「オレが捨てるまでここにいろ」
「……言われなくても、そのつもりだぁ」

緊張を崩して笑った顔が目に焼き付く。
ああ、なんだ。
オレはこの女が、好きなのか。
胸につかえていた何かが、ストンと腑に落ちた。
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