白金の福音
翌日、オレと鷹人はいつも通りに登校した。
化け物に狙われていることも、親がマフィア……というか身の回りにいる人達にマフィア関係者多すぎ!ってことも、説明してもらって、でも、いまだにどこか現実感のない事柄としてオレの目の前にある。
「鷹人は、お父さんのことどう思ってるの?」
「?親父っすか?」
「そう、お父さんが……マフィア?だってこと」
「んー……」
昼休みに、屋上に出てコンビニで買ったお握りにかじりつく。
温かくも冷たくもない微妙な温度のツナマヨを、のんびりと咀嚼する。
こうしていると、本当に自分が狙われているのか、怪しく思えてくる。
「別に、何とも思わねっす。親父は親父で好きにやってっし、オレがフリョーしてることも、あんまやり過ぎんなよくらいしか言わないっすし」
「放任主義って奴?」
「さあ?ただまあ、親父も昔はヤンチャやってたみたいですし。強く出れねーのもあんじゃねーかな……。オレとしては助かりますね」
そりゃあ、裏社会にいるような人なのだから、昔はヤンチャしてたって何らおかしくはないだろう。
鷹人は、どうにも父親の職業に嫌な気持ちは抱いていないらしくて、それが少し不思議だった。
「ヨシ先輩は、親父さんの仕事、嫌いなんすね」
「えと、そのまあ……そうだね」
嫌いというよりは、怖かった。
得体が知れなくて、底が見えなくて、気持ち悪かった。
自分の知っていたはずのものが、全く知らないものに突然姿を変えてしまったような、強烈な違和感を覚えた。
それは父親だけじゃなくて、アル兄も。
「そういや先輩、最近買い弁ばっかりっすね」
「え?ああ」
急な話題転換に、気を使わせてしまっただろうかと考えて、でもその気遣いを嬉しく感じてしまう。
何だかんだで空気に聡いって言うか、場を読むのが上手い後輩なのだ。
「今さ、アル兄のホテルの部屋に泊めてもらってるんだけど」
キッチンはある。
けれど、アル兄は意外にも、料理の腕が壊滅的だった。
何でも出来る人だと思っていたから驚いた。
それもまた、知ってるはずの人の、知らない一面なのだろうけど。
「は!?マジっすか!!?あの野郎先輩とシェアハウスっすか!クソっ!先輩俺んちにも泊まりに来てくださいよ!!」
「圧がすごい」
オレもアル兄も料理出来ないんだよね、と続けようとしてたのに、その前に鷹人に遮られた。
待って、顔が近い。
「泊まりに行くのは構わないけど、オレが突然行ったら迷惑じゃない?」
「大丈夫っす!母さんも喜ぶと思うっす!つーか来てくださいよ!!二人で徹夜でゲームしましょう!」
「うぇえ、徹夜……?鷹人そういうの好きだよな~」
「ダメっすか!?」
「良いけども」
「よっしゃー!!」
案外盛り上がることの好きな後輩の、こんな嬉しそうな声を聞いてしまっては、オレも付き合ってやるしかないでしょ。
それにしても、ああ、本当に何ともない、ありふれた日常だ。
……あの怪物の存在まで、嘘だと感じてしまうほどに。
* * *
「……泊まり?」
「おーそうだよ!オレと!先輩の!二人でな!」
「鷹人のお母さんも大丈夫って言ってたし、今日は鷹人の家に行くよ。アル兄も、ずっとオレの護衛なんてのでくっついてるの、大変でしょ?」
「む……くっついてるのが護衛なんだがな。仕方ねぇ、今日はこいつの家で羽伸ばしてこい」
と、アル兄のお許しも出て、オレ達は無事にお泊まり会を開催するに至ったわけである。
「ジュース!」
「OKっす!お菓子!」
「たっぷりと!クッション!」
「人をダメにするやつ設置済みっす!ゲーム!」
「スイッチオン!よーし、始めよ!」
「よっしゃー!」
鷹人の家に着いてって、おばさんに挨拶して、ご飯もらって、お風呂もらって、夜も更けた頃には、俺たちのテンションはマックスになっていた。
そりゃあ、仲の良い友達との泊まりと来て、徹夜と来て、ゲームと来るわけだからして、テンションが上がらないわけがないのである。
何より、鷹人がもう始めからテンション上がりっぱなしの状態なのだ。
エンジンは完全に暖まっている。
大きいクッションに埋まって、さあやるぞとコントローラーを握る。
もう誰もオレ達を止められない。
軽快な音楽でゲームが起動する。
あの化け物に襲われてからこっち、どうにもピリピリとして、そわそわとして、慣れない環境に落ち着かなかった。
学校にいる間だけが平穏を感じられる時間で、日が落ちた後は特に、ずっとアル兄と一緒だった。
「おりゃあ!必殺パンチ!」
「うおっ!やるな……。でもオレも~!」
「うわっ!はめ技!汚いっすよ!」
「勝った方が正義だから」
羽を伸ばしてこい、と。
そう言われた通りに、思いっきりリラックスできてる気がする。
格ゲーして、ホラーゲームして、RPGもして、そろそろ丑三つ時という頃か。
「ふぁ……~あ、流石にちょっと眠くなってきた。きゅーけー……」
「あ!ちょ、寝ちゃダメですよ先輩!」
「え~?ちょっとだけ~」
ぐでっと床に寝転がって、重たくなってきた瞼と格闘する。
ちょっとリラックスしすぎただろうか。
うぐぐっと唸ると、鷹人がオレを揺すって起こそうとしてるのか、肩に手を掛けてくる。
なのに、何故だろう。
掛けられた手はオレを揺するでもなく、離れるでもなく、置かれたまんまで止まってる。
「ぁ……?」
「……鷹人?」
「な、んすか、あれ……?」
「え?」
鷹人が見ていたのは窓のようで、オレもその視線を追って窓を見た。
「ひっ……!」
大きな目が、覗いていた。
少し黄ばんで、細い血管が幾筋にも走っているのが見える、白目。
きゅうと縦に細長く縮まっている瞳孔と、それを囲む緑がかった茶色の虹彩。
部屋の窓の半分以上を埋める大きな目の縁を、硬そうな赤毛が覆っている。
ほんの短い時間だった。
自分にそこまで観察する余裕があったことに驚く。
そして、ふとその目が消えた。
代わりに、真っ青な炎のようなものが、窓を覆い尽くす。
その炎もすぐに収まって、オレと鷹人は、恐る恐る顔を見合わせる。
普段は強気な後輩の顔が、真っ青になっている。
「っ!た、鷹人は、そこで、じっとしてて」
「せ、先輩……?」
「よ、様子見るだけ……」
オレが動かなきゃと、反射的に思った。
声は上擦るし、震えてて、めちゃくちゃ情けないけど、何とか立ち上がって、窓に近づく。
「待っ……だ、ダメっす先輩!危ねえ……」
「大丈夫!大丈夫……」
鍵に手を掛ける。
軽い力で開く鍵が、何だか恨めしい。
窓枠に手をかけて、ゆっくりと、開けて、下を……。
「見るな」
「あ……」
とん、と額を押されて、ふらふらと後退った。
いつからいたんだろう。
窓の上から、雨樋にでも捕まってるのか、変な体勢で覗き込んでいる人がいた。
「アル兄……?」
「邪魔しちまったな。だがお前ら、もう3時になるぞ?そろそろ寝たらどうだ」
少し疲れたような、怒ったような、でもどこか安心したような顔で、アル兄が窓枠に脚を掛けている。
彼がいるということは、見るなと、言うことは。
きっと下にはあの化け物がいるのだろう。
ぞくりと背筋が粟立った。
どこが平穏だよ。
なにが、リラックスだ。
オレがいるのは、どう足掻いたって命を狙われる危険な立ち位置で。
アル兄が護衛なのは、オレを命の危険から護るためだったのに。
「な、何が起こったんだよ……!?」
俺の背中を支えるように、鷹人が立っている。
オレ達の事を見て、アル兄は迷ったような困ったような顔で口を開く。
「……敵が出た。強くはねぇが、数が多かったんだよ。さっきので終わりだし、しっかり仕留めたから、今日は心配要らねーだろうが……。この家もバレたかもしれねぇ」
「なっ……あ、まさか……か、母さん!」
「あっ、待って鷹人!」
慌てて部屋を出ていく後輩を追い掛ける。
不良で、喧嘩っ早くて、柄の悪い奴だけど、お母さん……家族を大事に思っているところは、彼のとても良いところだ。
ただ今は……。
「母さ……へぶ!」
「こら!今何時だと思ってるんですか!」
今はもう午前3時を過ぎた頃。
ハルおばさん、間違いなく寝てるよ……と言う前に、鷹人は枕の直撃を食らっていた。
化け物に狙われていることも、親がマフィア……というか身の回りにいる人達にマフィア関係者多すぎ!ってことも、説明してもらって、でも、いまだにどこか現実感のない事柄としてオレの目の前にある。
「鷹人は、お父さんのことどう思ってるの?」
「?親父っすか?」
「そう、お父さんが……マフィア?だってこと」
「んー……」
昼休みに、屋上に出てコンビニで買ったお握りにかじりつく。
温かくも冷たくもない微妙な温度のツナマヨを、のんびりと咀嚼する。
こうしていると、本当に自分が狙われているのか、怪しく思えてくる。
「別に、何とも思わねっす。親父は親父で好きにやってっし、オレがフリョーしてることも、あんまやり過ぎんなよくらいしか言わないっすし」
「放任主義って奴?」
「さあ?ただまあ、親父も昔はヤンチャやってたみたいですし。強く出れねーのもあんじゃねーかな……。オレとしては助かりますね」
そりゃあ、裏社会にいるような人なのだから、昔はヤンチャしてたって何らおかしくはないだろう。
鷹人は、どうにも父親の職業に嫌な気持ちは抱いていないらしくて、それが少し不思議だった。
「ヨシ先輩は、親父さんの仕事、嫌いなんすね」
「えと、そのまあ……そうだね」
嫌いというよりは、怖かった。
得体が知れなくて、底が見えなくて、気持ち悪かった。
自分の知っていたはずのものが、全く知らないものに突然姿を変えてしまったような、強烈な違和感を覚えた。
それは父親だけじゃなくて、アル兄も。
「そういや先輩、最近買い弁ばっかりっすね」
「え?ああ」
急な話題転換に、気を使わせてしまっただろうかと考えて、でもその気遣いを嬉しく感じてしまう。
何だかんだで空気に聡いって言うか、場を読むのが上手い後輩なのだ。
「今さ、アル兄のホテルの部屋に泊めてもらってるんだけど」
キッチンはある。
けれど、アル兄は意外にも、料理の腕が壊滅的だった。
何でも出来る人だと思っていたから驚いた。
それもまた、知ってるはずの人の、知らない一面なのだろうけど。
「は!?マジっすか!!?あの野郎先輩とシェアハウスっすか!クソっ!先輩俺んちにも泊まりに来てくださいよ!!」
「圧がすごい」
オレもアル兄も料理出来ないんだよね、と続けようとしてたのに、その前に鷹人に遮られた。
待って、顔が近い。
「泊まりに行くのは構わないけど、オレが突然行ったら迷惑じゃない?」
「大丈夫っす!母さんも喜ぶと思うっす!つーか来てくださいよ!!二人で徹夜でゲームしましょう!」
「うぇえ、徹夜……?鷹人そういうの好きだよな~」
「ダメっすか!?」
「良いけども」
「よっしゃー!!」
案外盛り上がることの好きな後輩の、こんな嬉しそうな声を聞いてしまっては、オレも付き合ってやるしかないでしょ。
それにしても、ああ、本当に何ともない、ありふれた日常だ。
……あの怪物の存在まで、嘘だと感じてしまうほどに。
* * *
「……泊まり?」
「おーそうだよ!オレと!先輩の!二人でな!」
「鷹人のお母さんも大丈夫って言ってたし、今日は鷹人の家に行くよ。アル兄も、ずっとオレの護衛なんてのでくっついてるの、大変でしょ?」
「む……くっついてるのが護衛なんだがな。仕方ねぇ、今日はこいつの家で羽伸ばしてこい」
と、アル兄のお許しも出て、オレ達は無事にお泊まり会を開催するに至ったわけである。
「ジュース!」
「OKっす!お菓子!」
「たっぷりと!クッション!」
「人をダメにするやつ設置済みっす!ゲーム!」
「スイッチオン!よーし、始めよ!」
「よっしゃー!」
鷹人の家に着いてって、おばさんに挨拶して、ご飯もらって、お風呂もらって、夜も更けた頃には、俺たちのテンションはマックスになっていた。
そりゃあ、仲の良い友達との泊まりと来て、徹夜と来て、ゲームと来るわけだからして、テンションが上がらないわけがないのである。
何より、鷹人がもう始めからテンション上がりっぱなしの状態なのだ。
エンジンは完全に暖まっている。
大きいクッションに埋まって、さあやるぞとコントローラーを握る。
もう誰もオレ達を止められない。
軽快な音楽でゲームが起動する。
あの化け物に襲われてからこっち、どうにもピリピリとして、そわそわとして、慣れない環境に落ち着かなかった。
学校にいる間だけが平穏を感じられる時間で、日が落ちた後は特に、ずっとアル兄と一緒だった。
「おりゃあ!必殺パンチ!」
「うおっ!やるな……。でもオレも~!」
「うわっ!はめ技!汚いっすよ!」
「勝った方が正義だから」
羽を伸ばしてこい、と。
そう言われた通りに、思いっきりリラックスできてる気がする。
格ゲーして、ホラーゲームして、RPGもして、そろそろ丑三つ時という頃か。
「ふぁ……~あ、流石にちょっと眠くなってきた。きゅーけー……」
「あ!ちょ、寝ちゃダメですよ先輩!」
「え~?ちょっとだけ~」
ぐでっと床に寝転がって、重たくなってきた瞼と格闘する。
ちょっとリラックスしすぎただろうか。
うぐぐっと唸ると、鷹人がオレを揺すって起こそうとしてるのか、肩に手を掛けてくる。
なのに、何故だろう。
掛けられた手はオレを揺するでもなく、離れるでもなく、置かれたまんまで止まってる。
「ぁ……?」
「……鷹人?」
「な、んすか、あれ……?」
「え?」
鷹人が見ていたのは窓のようで、オレもその視線を追って窓を見た。
「ひっ……!」
大きな目が、覗いていた。
少し黄ばんで、細い血管が幾筋にも走っているのが見える、白目。
きゅうと縦に細長く縮まっている瞳孔と、それを囲む緑がかった茶色の虹彩。
部屋の窓の半分以上を埋める大きな目の縁を、硬そうな赤毛が覆っている。
ほんの短い時間だった。
自分にそこまで観察する余裕があったことに驚く。
そして、ふとその目が消えた。
代わりに、真っ青な炎のようなものが、窓を覆い尽くす。
その炎もすぐに収まって、オレと鷹人は、恐る恐る顔を見合わせる。
普段は強気な後輩の顔が、真っ青になっている。
「っ!た、鷹人は、そこで、じっとしてて」
「せ、先輩……?」
「よ、様子見るだけ……」
オレが動かなきゃと、反射的に思った。
声は上擦るし、震えてて、めちゃくちゃ情けないけど、何とか立ち上がって、窓に近づく。
「待っ……だ、ダメっす先輩!危ねえ……」
「大丈夫!大丈夫……」
鍵に手を掛ける。
軽い力で開く鍵が、何だか恨めしい。
窓枠に手をかけて、ゆっくりと、開けて、下を……。
「見るな」
「あ……」
とん、と額を押されて、ふらふらと後退った。
いつからいたんだろう。
窓の上から、雨樋にでも捕まってるのか、変な体勢で覗き込んでいる人がいた。
「アル兄……?」
「邪魔しちまったな。だがお前ら、もう3時になるぞ?そろそろ寝たらどうだ」
少し疲れたような、怒ったような、でもどこか安心したような顔で、アル兄が窓枠に脚を掛けている。
彼がいるということは、見るなと、言うことは。
きっと下にはあの化け物がいるのだろう。
ぞくりと背筋が粟立った。
どこが平穏だよ。
なにが、リラックスだ。
オレがいるのは、どう足掻いたって命を狙われる危険な立ち位置で。
アル兄が護衛なのは、オレを命の危険から護るためだったのに。
「な、何が起こったんだよ……!?」
俺の背中を支えるように、鷹人が立っている。
オレ達の事を見て、アル兄は迷ったような困ったような顔で口を開く。
「……敵が出た。強くはねぇが、数が多かったんだよ。さっきので終わりだし、しっかり仕留めたから、今日は心配要らねーだろうが……。この家もバレたかもしれねぇ」
「なっ……あ、まさか……か、母さん!」
「あっ、待って鷹人!」
慌てて部屋を出ていく後輩を追い掛ける。
不良で、喧嘩っ早くて、柄の悪い奴だけど、お母さん……家族を大事に思っているところは、彼のとても良いところだ。
ただ今は……。
「母さ……へぶ!」
「こら!今何時だと思ってるんですか!」
今はもう午前3時を過ぎた頃。
ハルおばさん、間違いなく寝てるよ……と言う前に、鷹人は枕の直撃を食らっていた。
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