白金の福音

「うそ、嘘でしょ!?アル兄がマフィアなんて……!」
「ヨシ、落ち着いてくれ。オレはお前の味方だし、お前を護るために来たんだ」
「そう言ってさっきオレのこと絞め落としたよね!?」
「さっきっつーか、もう昨日のことだな」
「ああ本当だ!日が昇って……って学校!!」
朝、目を覚ましたオレは、見覚えのない、寝心地のいいベッドの上にいた。
なんで?と考えて、昨晩の衝撃のカミングアウトとその後屈強な腕で絞め落とされたことを思い出す。
慌てて起き上がれば、何故かそこには朝食が用意されてて、何事もなかったみたいな顔をしたアル兄が座ってた。
もしかして夢だったんじゃ……?というオレの考えは、夢じゃないぞ、という彼の言葉で儚く潰えた。
「まだ時間はあるし、オレが送ってくから、まずは朝飯食えよ。ルームサービスだけど、なかなかいけるぜ」
「……」
「今日サボるってんなら構わねぇけどな。オレもそっちのが護衛しやすいし」
「……護衛って?」
「オレの仕事。綱吉さん……お前の親父さんから、お前のことを護るようにって仕事受けたんだ。暫くはお前に張り付いてることになるぜ」
「はあっ!?」
まさか、今日一日中……いや、これから先、あの化け物が襲ってこなくなるまで、ずっとオレの側にいるってこと!?
「学校にいる間はどうするの!?」
「学校の近辺で警護してる。敵も、流石に人の多いところでは襲ってこねぇよ。マフィアにも、マフィアの法ってものがあるしな」
「そ、そんな……」
じゃあオレは学校にいる間もずっと、マフィアに身の回りを彷徨かれなくちゃならないってこと……?
「か、勘弁してよ!?」
「死にたいなら良いが、まだ死にたくないだろ?」
「死にたくないけど、マフィアと関わるなんてやだ!」
「……オレの事も、嫌いになっちまったか?」
「え……?」
じっと、濃い灰色の目がオレの事を見つめてきた。
アル兄には、昔からずっと憧れていた。
かっこいいし、強くて、頼れるお兄ちゃんだった。
大好きな幼馴染みで……。
……おかしいな、オレが裏切られたんだって、そう思っていたのに、何だかこれじゃあ、オレがアル兄を傷付けたみたいだ。
「まあさ、しばらくは、幼馴染みが近くで見守ってる程度に思っておいてくれよ」
「……うん」
「ヨシは良い子だな。じゃあ、残りの朝飯食って、とっとと出るぞ。お前のカバンとかは昨日の内に持ってきてもらってるから」
「そ、そうなの!?よかった……」
部屋の隅に、カバンとか、教科書とかが山積みになってる。
誰が持ってきたのだろう……父さんか?
……いや、あの人はどうせ忙しいだろうから、母さんとか、部下の人とかが持ってきたんだろうな。
時計を見ると、もうあまり時間がない。
慌てて準備をしたオレは、アル兄のバイクで学校まで送ってもらうことになった。


 * * *


高そうな黒いバイク。
ヘルメットを脱いで現れるのは、端正な顔立ちと日差しを跳ね返す綺麗な銀髪。
端的に言うと、アル兄は物凄く目立ってた。
朝の、学生がたくさん歩いている並中の門の前で、オレはバイクを降りてアル兄にお礼をいう。
「ありがと。間に合ったよ」
「おう、授業頑張ってこいよ」
ぽんっと頭を撫でられるのは、いつもと変わらない彼とのやり取りなんだけど、その行動で女の子達は黄色い悲鳴をあげている。
マフィアの癖に目立ちすぎなんじゃない……?
大丈夫なのかなぁ……。
「オレは学校の近くにいる。何かあったら、遠慮せずに連絡してこいよ」
「わ、わかった」
周りの人達に聞こえないようにか、オレの耳元まで顔を寄せてそう囁かれた。
朝の内に、オレにはケータイが渡されてた。
アル兄が予備に持ってきた仕事用のやつらしい。
これを持つってだけで、何だか気が重たい。
アル兄が嫌いな訳じゃない。
けれど、やっぱりマフィアは怖いし、気味が悪いと思う。
「いってらっしゃい、ヨシ」
「いってきます、アル兄」
もし、アル兄がマフィアじゃなかったら、オレは素直な気持ちで、その言葉を受け取れたんだろうけれど、今のオレにはそれができなくて。
「なあ、なあヨシ!あのイケメン誰だよ!?お前の知り合い!?」
「ちょっと沢田くん!あの綺麗なお兄さんの連絡先教えてよ……!」
「うわっ!ちょっ、押さないでよ!?」
もちろんアル兄と別れてから、オレは質問攻めにあって、授業が始まるまで解放してもらえなくなる。
ようやく始まった授業中、窓の外を見るけど、アル兄がどこにいるのかはわからない。
……本当に、またあの化け物は来るんだろうか。
アル兄は、オレを護ってくれるんだろうか。
その日の学校は、質問攻めにされること以外、大きな事件は無くて、あっという間に帰る時間になる。
「よう、ヨシ。お帰り」
「あ、アル兄……!」
校門の影からぬるっと現れたアル兄に、思わず一歩後ずさる。
その隙を、クラスメイト達は逃さなかった。
特に女子達は。
オレとアル兄の間に割り込んで、我先にと話し掛けている。
大して話したこともないような子まで、オレの友達だとかを自称しているものだから笑える。
「ヨシには可愛いガールフレンドが多いな」
「そ、そんなんじゃないってば!ほら、帰ろ!」
「はいはい」
アル兄は、やっぱり女の子の扱いが上手いと言うか、相手に好かれる振る舞いを心得てる。
去り際、バイクに乗って軽く手を振ったアル兄の背中に、たくさんの声がかかる。
ほんと、この人目立ちすぎなんじゃない?
「いいの?こんな目立つようなことして」
「別に構わねぇ。誰かが貴重な情報教えてくれるかもしんねぇし、お前の回りに、オレを知ってる奴が居れば、いざというときも立ち回りやすいかもしれねぇだろ」
「ふぅん」
そう言うものなのか。
バイクに乗って、背後に飛んでいく景色を眺めながら、アル兄の背中に張り付く。
どくどくと鳴る鼓動の音も、少し高めの体温も、昔から変わらない幼馴染みのお兄ちゃんのものなのに、突然マフィアだなんて言われても、信じられないし、受け入れられない。
ホテルについて、部屋に戻り、アル兄に出してもらったジュースを飲む。
そう言えば、アル兄の仕事って具体的に何なんだろう。
今は、オレの護衛?らしいけど、普段も誰かの護衛をしてるんだろうか。
「アル兄ってさ……」
「あ?っ!わり、電話」
「あ、や、大丈夫。出て」
聞きそびれた。
聞くのが怖いとも思ってたから、それはそれで良かったのかもしれない。
「……はい、はい。ヨシ、ちょっと出るから、お前は部屋にいてくれるか?」
「え、良いけど……。どうかしたの?」
「いや、大したことねぇけど、絶対に部屋からは出るなよ」
「うん……」
少し急いだ様子で、コートを羽織って部屋を出ていく。
何があったんだろう。
部屋から出るなって、もしかして何かあったのだろうか。
30分くらい、悶々としながらじっとしていた。
もしかして敵、とやらが来ているのかもしれない。
アル兄はそれを倒しに行ったのか?
唐突に、部屋の扉が開いた。
思わず身構えたオレは、入ってきたアル兄を見て肩の力を抜く。
でもその顔についた赤いものを見て、再び身を強張らせることになった。
「ただいま」
「おか……えり……。アル兄、顔に、ついてるのって……!」
「あ?ん……、ああ、わりぃ、返り血がついてたな。ちょっと外に、不審な奴らがいて」
事も無げに言って、手の甲で血を拭う。
アル兄は、こっちが戸惑うくらい、いつも通りだった。
さっき学校で話してた時と変わらない顔で、血を拭って敵が居たことを匂わせる。
「アル兄の、仕事って、どんなことなの?」
「……ヨシは、知らない方がいいんじゃねぇかな」
「ヒト、殺すとか……?」
「あー……まあ、そういうことも、あるかな」
今まで、オレが大好きだった幼馴染みは、いつから変わってしまってたんだろう。
オレが、見ていた世界は、どこまでがホントウだったんだろう。
足元が、がらがらと崩れていくような感じがした。
オレは、何を信じれば良いんだろう。
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