白金の福音

オレの話を聞いた後、アル兄は少しの間、眉間にシワを寄せて考え込んでいた。
そうして考える姿まで様になるんだから、イケメンってやつはズルい。
「そうか、綱吉さんが……」
ぽつりとこぼされた言葉に、戸惑い、というか、何か困っているような感じがして、オレはちょっと気後れしつつも、アル兄にどうしようと問い掛けた。
「とりあえず、ヨシが無事で良かったよ」
「あ、うん……。何とかね」
「化け物に追われたってことは、ヨシが狙われてるのは確かなんだろ?なら、不用意に出歩くことは出来ない」
「そ、そうだね。確かに」
「お前と京子さんに護衛をつけるって言ってたのなら、京子さんの方は大丈夫だろ。お前は暫くここにいろよ。一人で外を出歩くよりはずっと安全だ」
「うん、わかった。ありがと、アル兄」
アル兄は、オレの家出の拠点にこの部屋を貸してくれるらしい。
よかった……。
今考えてみれば、あんな化け物に狙われた直後だったのに、よく平気で外に出てたよな、オレ。
アル兄が側にいてくれるなら安心だし、こんな快適な部屋に泊めてもらえるなんてサイコーだ。
「……マフィアについて、だが」
「……うん」
ここからが本題。
そう言いたげに、アル兄が居住まいを正す。
オレも合わせて、椅子の上で背を伸ばした。
アル兄は何度か唸って、難しい顔で言葉を探している。
「ヨシは、マフィアが具体的にどんな組織かって知ってるか?」
「えーと、人を殺したり、麻薬?とかばらまいたり、あとは賭博、とか?ヤクザみたいな……」
「おう、だいたいそんなところだ。マフィアってのはな、イタリアで生まれたって言われてるんだが、それは知ってたか?」
「え、それは知らない」
イタリア発祥なのか。
なら、イタリア人のアル兄はオレより詳しいんだろうな。
まあ、オレはヤクザの仕事とかぜんぜん知らないけど。
「元は地元の人達を護るために作られた自警団だったって説がある。だから、マフィアってのもファミリー……組織ごとに特徴があるんだ」
「特徴って、どんな?」
「そのまんま自警団みたいに、地元の人達を別のマフィアから護る代わりに、ショバ代として金品を受けとるような組織もあるし、武器や違法な薬物、時には人間を売り買いする利益で動く奴らもいる」
「そう、なんだ?でも、それって何が違うの?マフィアはマフィアでしょ?」
地元の人護ってたって、別の組織の奴らを殺してるなら、犯罪者に代わりはない。
まあ、薬物とか武器を売ってる奴らに比べたら良心的だろうが、それとこれとは話が違う。
「違いか。うぅん、言葉にするのは難しいが、もし分けるとするなら、『誰かの笑顔のために戦うマフィア』と『自分の幸せの為だけに戦うマフィア』かなぁ」
「はぁ……」
「オレらは小さい頃から、そういうのが身近にあったから、誰かの為に戦うマフィア達をヒーローのように思ってたし、二つの違いも何となく理解してたけど、ヨシはそういうの、中々わからないかもな」
「……うん、どっちだって怖いよ。父さんがどっちだったにしても、誰かを殺してたかもしれない人だぞ。怖いに決まってるだろ」
「……そうか」
オレの言葉に、何故かアル兄が苦い顔をしている。
何でだろう。
やっぱり、オレがアル兄と共感できなかったのがダメ、だったのかな。
マフィアは怖いけど、もし本当に、誰かの為だけに動ける他人がいるのなら、すごいとは思う。
でも、身内が、誰かの為に手を汚してて、そいつがその汚した手で、家族やらを触って回るのかと考えると、きもち悪くて仕方ない。
「なあヨシ、お前さ」
「うん?なに?」
「……その、だな」
「ん?」
なんだろう。
アル兄にしては歯切れが悪い。
「オレもマフィアなんだって言ったら、どうする?」
………………え?


 * * *


「綱吉さん、ヨシ、寝ました。……ちょっと強引に眠らせちゃったんですけど」
『ああ、ごめんね。君に嫌な役回りをさせちゃった。本当はオレがヨシの話を聞いて色々と教えなきゃならないのに』
電話の向こうで、綱吉さんは疲れたように話している。
家出してきたヨシを保護して、ホテルに連れ帰り、オレがマフィアだと打ち明けた。
ヨシはパニックになってしまったようで、暴れようとした彼を軽く絞めて、強制的に眠らせた。
嫌われたかなぁ。
けれど、もしパニックのままこの部屋を出て、例の敵とやらに襲われたりしたら、オレは綱吉さんに会わせる顔がない。
これについては、後で弁解するしかないか。
「それより、ヨシが襲われたって聞きました。もしかしてオレがこっちに呼ばれたのって……」
『ああ、そうなんだ。明日からヨシと京子の護衛を頼もうと思ってたんだけど……敵の方が早かったみたいだ。それに、ヨシの奴、マフィアは悪者だって思ってるみたいだから、この後も何するかわからないし……困ったな……』
一昨日、オレの元にボンゴレ自警団初代、沢田綱吉から依頼が舞い込んだ。
綱吉さんは昔から、父さんの弟分だとかで、オレのことを色々と面倒見てくれてたから、今回もわざわざオレを指名で任務を回してくれたんだろう。
なら、必ずやり遂げないと。
「ヨシのことは、オレの方で何とかします。でもたぶん、家には戻りたがらないと思うんで、京子さんの方は……」
『助かるよアル。京子ちゃんの方は、ランボにでも頼んでおく。暫くはアジトに身を寄せてもらう予定だし、こっちは大丈夫だ。……ヨシの事、面倒かけるけど宜しくね』
「はい、必ず護りきります。任せてください、ボス」
『あはは、アルにそう呼ばれるのは、なんかくすぐったいなぁ』
その後、二言三言しゃべってから電話を切った。
さて、今回の任務は決まった。
ヨシの護衛。
相手の情報も、綱吉さんからすぐに送られてきた。
敵は得体の知れない連中だ。
気合いいれていかねぇと。
ヨシの寝顔を見て、堪えきれずにため息をはいた。
起きたら何て言うだろう。
こいつは少し潔癖の嫌いがある。
いい感情を抱かないだろうとは思ってたけど、ここまでとは。
彼への言い訳を考えながら、オレも少し寝ることにする。
部屋の戸締まりをしっかり確かめてから、ソファーに座って目を閉じた。
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