白金の福音

私の両親はマフィアだ。
でも私は普通の女の子。
ファミリーのことは大好きだけど、乱暴事なんて大っ嫌い。
お兄ちゃんは進んで裏社会に入っていったけれど、私は絶対に裏社会には入らない。
幸いなのは、両親ともそれをダメって言わなかったことかな。
きっと跡継ぎの事とか、マフィアの間に生まれた兄妹なら、ぐちゃぐちゃどろどろの闘争みたいなのがあるものなんだろうけど、二人のお陰でそれはない。
私はただ、家が少しお金持ちなだけの普通の女の子。
……そう、あの日までは。


 * * *


「逃げるぞマリー!こいつら、オレ達を狙ってる!」
「ちょっ、お兄ちゃん!?」
お兄ちゃんに付き合ってもらって、お洋服を買い物に行った時の事だった。
突然、男の人達が怒声を上げて追い掛けてきた。
お兄ちゃんがその人達を蹴っ飛ばして、僅かに出来た隙をついて逃げ出した。
見知った路地を通り抜けて、家までの近道を全速力で駆け抜ける。
「え……!うそ!?」
「くそっ!キャバッローネまで……!」
路地を抜けて目に入った私達の家では、たくさんの人達が戦っていた。
いつも私をお嬢、お嬢って可愛がってくれるロマーリオも、厳しく勉強の面倒を見てくれるリコも、皆が戦っている。
家を襲っている人達は、先程の男達と似たような格好をしていて、これが私達だけに起きた問題じゃないんだってすぐにわかった。
「っ!伏せろマリー!」
「きゃあ!?」
「うらぁ!!」
「ぎゃっ!?」
私達を追い掛けてきていた奴らも、家を襲う連中に加わる。
襲い掛かってきた奴をお兄ちゃんが殴り飛ばして、また私の手を引いてくれる。
「そのガキどもだ!捕まえろ!!」
「マリー!アル!こっちだ!来い!」
「!母さん!」
逃げ惑う私達に、家の庭から声が掛かる。
お母さんの声だ。
生け垣の間を通って庭に入る。
庭の中も、酷い有り様だった。
綺麗に整えられていた芝生も、薔薇のアーチも、お気に入りだった東屋も、全部壊されていて。
一瞬にして様変わりしてしまった光景に、涙が出てくる。
「二人とも無事か……!良かった……」
「母さん、こいつらは……、っ!吹っ飛べ!おらぁ!!」
「わからねぇ。何の前兆もなかった。とにかくまずは、全員倒してからだ」
「はい!」
壊れた塀の影で、お母さんと合流できたけど、そこも全然安全じゃなくって、お兄ちゃんもお母さんも、ビュンビュン飛んでくる銃弾を避けながら、地道に敵を倒していく。
私は震えながら、塀の影で蹲って耳を塞いでた。
普通の女の子でいたいのに、何でこんなことになってしまったんだろう。
怖い、怖い、怖い……!
ぽたりと何かが手に落ちてきて、びくりと肩が跳ねた。
なに、何なの……?
恐る恐る手を見ると、真っ赤な血がつつっと伝い落ちていった。
「え……血……?」
私のじゃない。
はっとして上を見ると、お母さんのお腹がぐっしょりと湿っているのが見えた。
お腹を押さえる手から、ポタポタと血が落ちてきている。
「お、お母さん……!怪我して……!」
「大した傷じゃない。マリー、ごめんな……。すぐに安全なところに連れていってやるから、もう少しだけ我慢してくれ……!」
「っ!敵、増援が来ました!」
「くそ!アル、マリーを連れてディーノの執務室に行け!ここはオレが引き付ける!」
「そ、そんなのダメだよ!お母さん、怪我してるのにっ!!」
「っ!置いていくことは、出来ないです!」
「甘えたことを言うな、アル!ここで3人とも死にてぇのかぁ!?あ"あ!?」
「でも!」
「死んだりしない!必ず戻る!だから行け!」
「っ……わかり、ました!」
お兄ちゃんが私の手を握る。
どうして?嘘でしょ?本当にお母さんを置いていくつもりなの!?
「だめ!だめ、ダメだよ!お母さんを置いていくなんて絶対ダメ!」
「ワガママ言うなマリー!母さんは簡単には死なない!今はこうするしか……」
逃げようとするお兄ちゃんの手を、振り払った。
怖いけど、だからと言ってここで逃げるなんて嫌!
母さんを犠牲にして助かっても、私は全然嬉しくないし、そんなの、絶対に許せないもん!
「お兄ちゃんが逃げるって言うなら、私は一人でもここに残る!お母さんを一人ぼっちで置いてったりなんかしない!」
私は、普通の女の子だ。
けれど、家族を残して逃げるような腰抜けなんかじゃない!
かあっと左腕が熱くなる。
「マリー、お前……!」
「刺青が……?」
左腕が、橙色の炎に包まれていく。
これはいったい、なに……?
白い肌の上に、複雑な模様が焼き付けられていく。
「マリー!これを使え!」
上から声が聞こえてきて、はっと見上げた。
窓から身を乗り出すように、お父さんが何かを投げ渡している。
飛んできたそれを咄嗟に掴み、お母さんの後ろに近付いてきていた敵に振るう。
──バチン!
弾ける音に、お母さんは咄嗟に反応して、持っていた剣で敵を両断した。
「ひきゃぁあ!?お母さんのバカバカバカ~!目の前で人間解体なんてしないでよ!」
「っ!わ、わるい」
しばらくお肉食べられないじゃない!
でもしゅんとしたお母さんを見ていたら、怒る気にはならなくなってしまう。
お兄ちゃんも戻ってきて、私達は自然と背中合わせになる。
上の方からお父さんの声が降ってくる。
「マリー!それはオレの鞭だ。お前の護りたいものの為に、思い切りぶちかましてやれ!!」
「まっかせてお父さん!」
「まったく、調子が良い……」
「母さん、遠くの敵はオレが撃つ!マリーと、近くの奴らを!」
「あ"あ!行くぞマリー!」
お母さんと一緒に飛び出す。
何故だか、体中に力が漲っている。
今なら、どんな敵でも倒せる!
鞭は、お父さんのを借りてよく遊んでいたから、使い方もよくわかってる。
襲ってくる敵をどんどん倒していけば、ファミリーの皆も揃って叫びながら敵を押し込んでいく。
結果は、私達の大勝利。
敵の正体は未来から来たとか、ワケわかんないC級SF映画の粗筋みたいな説明を受けたけど、とにかく私の家族を傷付ける奴らは全員牢屋の中にぶちこんであげた。
その日まで、私はただの女の子だった。
その日から私は、マフィアの次期ボスになったのである。
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