朱と交われば

「っ~~~~!」
「わ、笑いたきゃ、笑えば良いだろぉ……」
「ぶっ!ぐっ……ぶふっ……‼」
「息できなくなるほど、笑うことないだろぉがぁ‼」
「ふぐっ……げほっ!かはっ‼」
「噎せるな!」

こんなに笑ったのは初めてかもしれない。
目の前にはらしくもなくスカートを履いたカスザメが、顔を真っ赤にしてオレを睨んでいた。
大人しめの服を選ぼうとしたようだが、大人向け過ぎるチョイスのせいでまるで似合ってねぇ。
それがツボに入った。
息が苦しくなるほど笑い、ようやく落ち着いたところで、奴のスカートを軽く引っ張る。
暗い色の丈の長いスカート。
これが暑苦しくて似合わねぇ。

「おいカス、このスカート変えてこい。見苦しいんだよ」
「スカート?」
「白だな。丈は膝上にしろ。恥ずかしけりゃ下にタイツでも履いとけ」
「あ、お"ぉ……」
「さっさと行け、ドカス」
「わ、わかったよ!」

カスザメが部屋を出ていく。
深夜零時、日付を越えた瞬間から、オレの妻としての能力を競うなんていう、訳のわからない勝負は、最終戦へと突入した。
部屋の隅、天井の端、壁の一部には、巧妙にカメラが隠されており、居づらいことこの上ない。
カスザメも気付いていたようで、さりげなくカメラを遮るように立っていたが、それもいなくなった今、オレを9代目どもの監視から守るやつはいない。
そして、カスザメのライバルどもも動き始めた。
ノックの音がする。
すぐに扉が開けられ、女が一人入ってきた。
オレは入れとは言ってねぇ。
勝手に入ってきやがった女相手に舌打ちをした。
びくりと肩を跳ねさせたが、それでも果敢に話し掛けてきたところは、評価できる。

「XANXUS様、夜更けに申し訳ございません。あの、お話をさせていただいても、よろしいでしょうか?」
「オレはお前に用はねぇ」
「す、少しの間で構わないのです!ダメ……ですか?」
「……チッ。すぐに済ませ」
「はい!」

そそくさと女はオレの座るベッドへと近付き、ちゃっかりと隣に腰を下ろした。
自然と眉間にシワがよる。
女はオレの顔を窺って来たが、意識的に顔を逸らした。
他人に近付かれるのも、まじまじと顔を見られることも嫌いだった。

「ずっと、気になっていたのですが、その……XANXUS様とスクアーロ様は、どのような関係、なのでしょう」
「ああ?」
「スクアーロ様はライバルです。ですがお二人を見ていると……私どもには入り込むことが出来ない、特別な関係なんじゃないのかと……思うのです」
「……オレと、あのカスザメが?」
「はい」

それはない。
すぐにそう言おうとしたが、一度開けた口はすぐに閉じた。
特別じゃない、ことはないだろう。
これまで、アイツほどオレに近づいた人間はいなかった。
オレに付き従う人間は数多いるが、そのほとんどはボンゴレというブランドに目が眩んだだけのカスどもで、アイツのように強さにのみ惚れ込み、献身的に仕える人間なんていない。
みな、オレの荒っぽさに触れるとすぐに離れていく。
自分でも、その事は理解しているし、この性格を改める気もないが、だからこそ、それでも笑って着いてくるカスザメの存在は普通ではない。
特別じゃない、わけではない。
その存在は、普通ではない。
オレにとって奴は、何なのだろう。

「きっと、そうして考えてしまう時点で、彼の存在は特別なのではないでしょうか。かけがえのない、存在なのではないでしょうか……」
「……」
「私にとってXANXUS様は特別です。貴方は覚えてなどいないのでしょうが……私は貴方に助けられたことがあるのです。それからずっと、ずっと貴方は特別なのです」

言われた通り、女の事は覚えていなかった。
それでも構わないと笑い、女はオレを見る。

「私は、ボンゴレも何かも抜きで、貴方が好き。だから、XANXUS様に本当の幸せを見付けてほしいのです。貴方は……とても冷たい目をする、から……」
「……あのカスザメを特別と思うことが、オレの幸せとなんの関係がある」
「それは……あの子といる時の貴方は、とても楽しそうだから。彼の側にいる貴方の目は、とても、とても柔らかく見えたのです」

そんなことはない、と、言おうとした。
途端、騒々しくドアが開けられる。
駆け込んできたカスザメに、オレは苛立ちのままに手近にあったイスをぶん投げた。
バキバキという音とカスザメの悲鳴。

「なぁ!?何しやがるザンザス!」
「うるせぇぞドカス」
「慣れない靴だから転けたんだよ!」

くすくすと笑う女の声を背中に聞きながら、カスザメの脳天に拳を入れる。
カスザメの服は、先程よりはだいぶましになっていた。
痛そうに顔を歪めて睨んでくるカスザメをじっと見る。
これが、オレの特別?
むにっと頬っぺたをつねる。
柔らかかった。
暖かい。
こうして人に触れることを、オレは今までしてこなかった。

「ザンザス?」
「……」

こいつといるオレは、どこか柔らかい目をしているという。
それはきっと、こいつがオレを……ボンゴレの御曹司でもなく、憤怒の炎の継承者でもなく、純粋な一人の人間として見ているからだろう。
こんな存在は滅多にない、普通はいない。
だから、オレは……。

「……ーース、ザンザス!どうしたんだぁ?」
「……何でもねぇ」

オレはいつの間にか、思考の海に沈んでいたらしい。
カスザメの呼び掛けでようやく現実へと引き戻され、それと同時に奴と目が合う。
思わず、オレは目を逸らして立ち上がった。

「オレはもう寝る時間だ。全員出ていけ」
「あ、わりぃ、今出てくな。なんかあったら呼べよ……」
「さっさと出てけ、ドカスども」
「わっ、ちょっ!わかったわかったから!」

ベッドに座っていた女の手をとり、スカートを翻してカスザメが出ていく。
先程長いと言ったスカートは、オレの指示通りの丈と色に変わっていた。
そんな奴の後ろ姿すら恨めしい。
つまりオレは、どうやらあの女の言う通り、スペルビ・スクアーロという存在を特別に想っているようだった。
想ってしまうように、なったらしかった。

「……チッ、あのカスが」

オレを主と慕って止まないあの子どもに、オレはどう構えていれば良いのだろう。
寝ると言ったはずの数時間、オレは引っ張り出した酒をちびちびと啜りながら、悶々と考え込んで過ごしたのだった。
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