白金の福音

『あ?休み?別に構わねーけど?つーかスクアーロ働きすぎ。しし、ガキでも作ってまた一年くらい休めば?』
「冗談じゃねぇ……」
電話先のベルの言葉に、流石に笑えずに真顔で返した。
色々な事があったせいで、目は腫れぼったいし、声はがらがらになっている。
半分は自分の身勝手な行動のせいだけど、もう半分は隣で気持ち良さげに寝てる男のせいである。
既に昨日の事だ。
昨日の仕事も休んでしまったから、今日も休むのはちょっと申し訳ない。
だが、休みをとる件はベルの方で上手くやってくれるらしい。
今度、何か礼をしないと。
『んで、家族とは和解できたわけ?』
「っ!その、まあ……何とかなぁ。つーか、オレお前に何も話してなかったよなぁ?」
なんで当然のように、オレが家族と訣別しようとしてたことを知ってるんだ。
『わかりやすすぎんだよな~、先輩は♪』
「そう、かぁ?」
『チビ達も色々あって不安だろうし?冗談じゃなく、しばらくは傍にいてやれって。オレもさぁ、オレのせいでスクアーロが怪我したとき、しばらく傍から離れらんなかったんだよね~』
「あ"?あ"ー……そんなこともあったなぁ」
『うしし、スクアーロには難しいか?こういう時、何が不安かってさぁ、自分の無力で傷付けたって記憶が、何度も何度もフラッシュバックすんの。だから、傍で無事に元気にしてるって確認して、ようやく安心できる』
「オレは別に傷なんて……」
『実際怪我してなくても同じだっての。そんで、アルは自分が怪我してっし、フツーの人間なら、トラウマもんだろ?』
「……そうだな」
『離れてやんなよなー。チビ達が元気ないと、オレらも心配なの、わかんだろ?』
「……ありがとな。しばらく、頼む」
『しし、しばらく帰ってくんなよセーンパイ』
電話を切る。
ベルのやつ、大きくなったんだな……。
直接言うと、子ども扱いすんなって怒られるから言わないが、年々頼もしくなる背に、どうにも嬉しくなってしまう。
「……ベルか?」
寝てると思っていた彼も、電話の最中に起きていたらしい。
「うん。おはよう、ディーノ」
「おう、おはよ。声ガラガラだなぁ」
「お前、誰のせいだと……」
羽織っていたシャツを引っ張られて、彼の上に覆い被さる。
「あんだよ」
「おはようのキスして」
「……ん」
「んー。さて、シャワー浴びるか。先に行ってきて良いぞ」
「わかった」
朝に、こうして熱いシャワーを浴びるのは久々だ。
頭が冴えてくる。
今日、あの子達に全てを話すつもりだ。
マリーはまだ、わからないかもしれない。
アルは、きっとちゃんと理解できるだろう。
どういう道を選ぶのかは、あの子達の判断に任せようと、二人でそう決めた。
本音を言えば、表の世界で、光の中で生きてほしい。
でもあの子達が選ぶ道なら、オレが無理矢理変えちゃいけない、と思う。
この決断は、間違っているかもしれない。
間違えた選択で、二人の未来を潰してしまうかもしれない。
それでも、ディーノと一緒に決めたから、後悔しても、この決断は変えない。
そう、決めた。
「母さん、疲れてる?大丈夫?」
「え?ああ、大丈夫だ。ありがとう、アル」
「ん」
二人を起こして、家族四人で朝食をとる。
マリーはオレの膝の上に陣取っていて、アルは遠慮がちに隣に座って、チラチラと様子を窺っているようだった。
「何だよ二人とも~……、父さんのとこには来てくれないのか?」
「父さんは昨日、母さんの事独り占めしてた」
「今日はマリーがママンのお膝の上なの!お兄ちゃんは明日!」
「……明日は、学校だもん」
「マリーも独り占めしちゃダメだろ?ほら、アルもお膝乗るか?」
「乗んない。オレはもう、マリーみたいに子どもじゃないもん」
「遠慮すんなって」
「うわっ!」
マリーの座る膝の反対側に、アルの事も乗せる。
ちょっと重いが、その重みもまた、嬉しい。
「二人抱えてたら食べられないだろ。オレがあーんして……」
「ママンお口あーん!」
「あー」
「父さんは一人で食べてて」
「冷たい……」
最近、ディーノに対する二人の態度が冷たい。
反抗期だろうか。
そんなこんなで朝御飯を終えて、オレとディーノは、子ども達と向き合う形で、リビングのソファーに座った。
「アル、マリー、今日は大事なお話があるんだ。父さんと母さんの話、聞いてくれるか?」
「っ!……うん」
「聞く!マリーちゃんと聞けるよ!」
アルは、神妙な面持ちで。
マリーは、無邪気な笑顔で。
頷いてくれた二人に、オレ達は話を切り出した。
マフィアと言うものについて。
キャバッローネについて。
ヴァリアーについて。
オレ達が、裏社会を生きる犯罪者なのだと言うことを。
「ママンと、パパは、悪い人、なの……?」
泣きそうな顔で言ったマリーに、そうだよ、と頷く。
「ママンも、パパも、悪いことをしてる。でもそれは、たくさんのいい人達を傷付けようとする、悪い奴らを倒すために、必要な事なんだ」
「……あの人たちも、そう?」
アルは、話す前から何か察していたのかもしれない。
聞いた後でも、あまり表情は変わらなかった。
「アル達を傷付けた。オレ達の敵だ」
「……あの人達のファミリーが、前にとても危険なクスリをばらまいてたんだ。たくさんの人が傷付いた。だから、クスリをばらまいたファミリーを……殺した。あの人達は、その復讐をしようとしたんだ」
「……そっか」
「ママンたちは、おまわりさんにつかまっちゃうの?」
「捕まらないよ。オレ達がいないと困る人が、いっぱいいる」
「母さんも、父さんも、悪いことをしてるかもしれない。けど、オレにとっては、ヒーロー、だと思う」
「アル……」
アルの手は、穿いてるパンツをシワになるくらい強く握り締めてた。
不安そうで、怖がってて、それでも、彼は強い言葉で話してくれる。
「オレも、二人みたいに、強くなる」
「強く……?」
「あんなおじさんたち、ぶっとばせるくらい、強くなる。マリーを、泣かせないくらい、強くなる。母さんも、父さんも、つらい思いしなくて良いように、強くなるから、心配、しないで」
気付かない内に止めていた息を、深く深く吐く。
どこか、救われたような気がした。
気付けば、息子は死んだ兄より大きくなっていて、マフィアの中に産まれたことを責めるでもなく、呪うでもなく、向き合って、受け止められるぐらいの、度量のでかい男になっている。
「ありがとう……、アル」
この子の親になれて良かったと、そう思ったのは、その日が初めてだったかもしれない。
ずっと、彼らに恥じない親であり続けようと気張りすぎていた。
可愛い子だと、愛しい子達だと、ずっと思っていたけれど、それと同じくらい、失いたくない、護りたいという思いが先走ってしまってて、この子達の成長を、見逃してしまってたのかもしれない。
「あの、ね。母さん」
「ん、なあに?」
「今日もお仕事……?」
「今日は、おやすみ。しばらく二人と一緒に居て良いよって、ベルが言ってくれたんだよ」
「ほんと!?」
「じゃあマリーとおままごとして!」
「うん、一緒にしようね」
「あ、オレは……」
「アルも、一緒に遊ぼう?」
「っ!うん!」
それでもまだ、寂しがり屋で可愛い我が子達。
これからも、ずっと傍で、その成長を見守り続けていきたい。
「む……じゃあ父さんも一緒に」
「ボース、今日は大事な商談の予定だろー?」
「うげっ」
ディーノが泣く泣く仕事に行くのを見送って、オレ達は庭へと歩き出す。
たくさん話そう。
たくさん見よう。
たくさん、一緒にいよう。
周りの優しい人達の言葉に甘えてしまって、きっと迷惑もかけてるだろうけど、この子達の傍に、一日でも長くいたいのだ。
……アルの授業参観にも、行ってあげなきゃな。
「ママンみて!マリー木のぼりできるのよ!」
「おお、マリーはすごいなぁ」
「母さん、あのお花、何て言うの?」
「ああ、あれは……」
この、かけがえのない幸せな時間は、決して誰にも、壊させやしない。
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