白金の福音
早朝、ディーノと一緒にキャバッローネに帰った。
全て承知しているとばかりに、車を運転していたロマーリオから、『坊っちゃん達の次はあんたが家出したもんで、ボスも相当困ってたんだぜ?』と報告されて、胸の辺りがずきずきと痛くなる。
ディーノには、いつもいつも、心配ばかりかけてしまっている。
オレは、いつまでも成長しない。
あの子達はどうしているだろう。
二人が居ると聞いた部屋のドアを開けた。
「ママン!ごべんなざい~!」
「マ、マリー?」
開けた瞬間、脚に体当たりしてきた娘を受け止め、その大泣きを見て驚く。
どうしてこんなに泣いているんだ?
なんで、謝るんだ。
部屋の中を見れば、アルがソファーから立ち上がった姿勢のまま固まってるのが見える。
「アル……」
「かあ、さん。ごめん、なさい……オレ……」
「アル?」
「ママァアン!うぇええ!!」
「マリー、泣いてたらわからない。ママンにちゃんと話して?」
「ママン!ひっく、ママン、マリーもういえっ、いえでっ、しないからっ、ふぇ……だからいっちゃやだよぉ!マリーたちとっうぐっいっしょっにいて、よぉ!うわぁあん!!」
しゃがんで、娘を抱き締める。
でもどれだけ宥めても、泣き止まないでしがみついている。
聞き取りづらい言葉を、何とか聞き取る。
いっしょにいて、と言う言葉が耳に入り、ずしりと胸にのし掛かる。
二人が家出するつもりだったって言うのは聞いてた。
オレ達の喧嘩を聞いてしまったのだという。
アルが持ってきた授業参観のお知らせ。
オレなんかが行ってしまえば、周りの人達をも危険にさらすかもしれない。
何より、下手に人前に顔を出して、自分達が狙われる機会を作るのはよくない。
一度で良いから出るべきだと言うディーノと、喧嘩になった。
二人とも傷付いたと思う。
一緒にいて、なんて、言ってもらえる資格があるなんて、思ってなかった。
「マリー?マリー……、その、いなくなったりしないから、大丈夫、大丈夫だよ」
「ほんと?ひっく、ほんとに?マリーたちのこと、おいて、いかない?」
「っ!いかない、行かないよ。ごめんね、怖かったね。オレ……ごめん」
ああ、オレの独り善がりが、この子を泣かせてしまったのか。
寂しい思いをさせてしまったんだ。
ちっちゃな背中を抱き締めて、その温もりを確かめる。
この子達を置いて、消えようとしてたんだ。
「マリーと、アルと、パパンとずっと一緒だよ」
「そうだぞ、マリー。オレ達家族は、ずーっと一緒だ。アルも、ほら、こっちにおいで?」
後ろから、ディーノの手が背中を撫でてくれた。
ポタポタと、涙が零れ落ちてカーペットを濡らしている。
ぺたりと、頬に熱くて小さな手のひらが触れた。
「アル……?」
「母さん……かあ、ざんっ……!ごめ、ごめんなざい!オレ、強くなるからっ!母さんのことも、マリーのことも守れるくらいっ、強く、なるから!なか、ないでっ!ふっ……うぇ、うあああ!」
この子にも、すごく、すごく寂しい思いをさせた。
怖い思いをして、たくさん泣きたかったはずなのに、マリーを守るために泣かずに耐えていた。
オレが、甘やかしてあげなきゃいけなかったのに。
オレのせいで、謝らせたくなかったのに。
ぼたぼたと涙を流して泣くアルを、マリーと一緒に腕の中に閉じ込める。
オレ達のことを、ディーノがまとめて抱き締めてくれる。
「ごめん、ごめんなぁ。もう、絶対離れないからっ……ずっと、一緒にいるから。ごめん、ごめん……!」
「ほらほら、お母さんがそんなに泣いてたら、二人も泣き止めなくなっちゃうぞ」
泣き止まなくちゃ。
なのにどうしても涙が止まらない。
ディーノが涙を拭って、背中をゆっくりさすってくれて、ようやく涙は止まった。
「オレの前でならいくらでも泣いてくれて構わないんだけどなぁ」
「ぐすっ……、泣ける場所なんて、選べねぇよ、馬鹿っ」
「あはは、ごめんごめん」
いつの間にか、二人は腕の中で眠ってしまっている。
起こさないように慎重に抱えて、ベッドまで運んだ。
「覚悟は、出来たか?」
「……ああ」
強くなると言った息子は、泣きじゃくっていても、強い決心に満ちていて、本当はそんな風に言わせたくなかったけど、強くなんてならなくたっていいけれど、でもその覚悟だけは、他の誰かが邪魔しちゃダメなものだって、わかってしまった。
「話す。ちゃんと話して、それでも強くなるって言うなら……」
その時には、オレはその気持ちに応えたい。
だってその気持ちは、いつかのオレも抱いたものだったから。
認められたいから強くなりたい、と考えたのとは違う。
ヴァリアーの仲間達を得て、ボスに出会って、そしてディーノと恋に落ちて、あまりにも多く抱え込んでしまった大切なもの達を、この力で護りたいと思った、その時の気持ちと同じだと思うから。
「オレ、馬鹿だったな」
自分達の部屋に戻るために歩く廊下で、そう溢した。
ディーノは、困ったように笑っている。
ああ、子ども達も不安だったのに、あの子達だけじゃなくて、オレの事まで面倒見させて、きっと大変だっただろうなぁ。
「馬鹿だよ。大馬鹿だ。せめて誰かに話してくれたら良かったのに、一人で勝手に離れていこうとしたんだから」
「……ごめん」
「オレ達こんなに愛してるのに、大切に思ってるのに、オレらの気持ち、伝わってなかったか?」
「……愛されてた、んだな。あんなに泣くなんて、思ってなかったんだ。お前にも、酷いことして……ん?」
少し責めるような言葉に、申し訳なさが募る。
わかってなかった。
あの子達の思いも、彼の覚悟も。
しかしそれより、何故今オレの腰に手が巻き付いてきているのだろう。
「オレが、どれだけ心配してたか、どんだけお前のこと離したくなかったか、今から身を以てわからせてやるからな……?」
おかしい、これはちょっと予想してなかった流れだな!?
「ま、待てよディーノ……?まずはゆっくり話し合いをしようぜ?な?いったん離してくれって……」
「思い知らせてやるからな……」
必死で腕を剥がそうとするが、地味に怪力なこいつの腕は、簡単には剥がれそうもない。
あっという間に脇に抱え上げられて、オレは宙に浮いたまま脚をばたつかせる。
「うぉあ!?待て待て待てっ!やだ!オレすごく疲れてるんだぞぉ!」
「自業自得だろう?」
「それはそうかもだけど!」
部屋に入ったと同時に、ベッドの上に投げ出される。
ぼふっと着地したオレが逃げ出すより早く、腕を拘束されて逃げられないように押さえ付けられる。
「待てよ!ほんとっ、一度話し合おう!」
「勝手に話してたら?」
「あ、謝るからぁ!」
「はは、そろそろ3人目も良いかもな?」
「勘弁してくれ!っ!?」
ディーノの頭が、胸の上に乗ってきた。
固いだろうなと、自分でも思ってしまうくらいの平らな胸である。
それでも、多少、鼻先が、ちょっとは埋まるくらいの膨らみはあるみたいで、ディーノは顔を胸に押し付けたまま、キツく抱き締めてくる。
「ディーノ……?」
「今度は、オレが守るから。いや、今度なんか来ないように、頑張るから。だからもう、どこにも行かないでくれ」
「っ……、行かない。いる、オレはずっと、お前と、子ども達と一緒にいる。オレも、もう二度とこんなことが起こらないように、頑張る」
もぞもぞと頭が近付いてきて、つんとお互いの鼻先がぶつかった。
少し動くと、キスしてしまうなぁと、他人事みたいに思う。
「愛してる、スペルビ・スクアーロ」
「……オレ、も。愛してる、ディーノ」
「それはそれとして覚悟しろよ」
「げえ"っ……!ちょっ、待て待て……ひゃあ!?」
まあその後のことは、大人の秘密と言うことで。
全て承知しているとばかりに、車を運転していたロマーリオから、『坊っちゃん達の次はあんたが家出したもんで、ボスも相当困ってたんだぜ?』と報告されて、胸の辺りがずきずきと痛くなる。
ディーノには、いつもいつも、心配ばかりかけてしまっている。
オレは、いつまでも成長しない。
あの子達はどうしているだろう。
二人が居ると聞いた部屋のドアを開けた。
「ママン!ごべんなざい~!」
「マ、マリー?」
開けた瞬間、脚に体当たりしてきた娘を受け止め、その大泣きを見て驚く。
どうしてこんなに泣いているんだ?
なんで、謝るんだ。
部屋の中を見れば、アルがソファーから立ち上がった姿勢のまま固まってるのが見える。
「アル……」
「かあ、さん。ごめん、なさい……オレ……」
「アル?」
「ママァアン!うぇええ!!」
「マリー、泣いてたらわからない。ママンにちゃんと話して?」
「ママン!ひっく、ママン、マリーもういえっ、いえでっ、しないからっ、ふぇ……だからいっちゃやだよぉ!マリーたちとっうぐっいっしょっにいて、よぉ!うわぁあん!!」
しゃがんで、娘を抱き締める。
でもどれだけ宥めても、泣き止まないでしがみついている。
聞き取りづらい言葉を、何とか聞き取る。
いっしょにいて、と言う言葉が耳に入り、ずしりと胸にのし掛かる。
二人が家出するつもりだったって言うのは聞いてた。
オレ達の喧嘩を聞いてしまったのだという。
アルが持ってきた授業参観のお知らせ。
オレなんかが行ってしまえば、周りの人達をも危険にさらすかもしれない。
何より、下手に人前に顔を出して、自分達が狙われる機会を作るのはよくない。
一度で良いから出るべきだと言うディーノと、喧嘩になった。
二人とも傷付いたと思う。
一緒にいて、なんて、言ってもらえる資格があるなんて、思ってなかった。
「マリー?マリー……、その、いなくなったりしないから、大丈夫、大丈夫だよ」
「ほんと?ひっく、ほんとに?マリーたちのこと、おいて、いかない?」
「っ!いかない、行かないよ。ごめんね、怖かったね。オレ……ごめん」
ああ、オレの独り善がりが、この子を泣かせてしまったのか。
寂しい思いをさせてしまったんだ。
ちっちゃな背中を抱き締めて、その温もりを確かめる。
この子達を置いて、消えようとしてたんだ。
「マリーと、アルと、パパンとずっと一緒だよ」
「そうだぞ、マリー。オレ達家族は、ずーっと一緒だ。アルも、ほら、こっちにおいで?」
後ろから、ディーノの手が背中を撫でてくれた。
ポタポタと、涙が零れ落ちてカーペットを濡らしている。
ぺたりと、頬に熱くて小さな手のひらが触れた。
「アル……?」
「母さん……かあ、ざんっ……!ごめ、ごめんなざい!オレ、強くなるからっ!母さんのことも、マリーのことも守れるくらいっ、強く、なるから!なか、ないでっ!ふっ……うぇ、うあああ!」
この子にも、すごく、すごく寂しい思いをさせた。
怖い思いをして、たくさん泣きたかったはずなのに、マリーを守るために泣かずに耐えていた。
オレが、甘やかしてあげなきゃいけなかったのに。
オレのせいで、謝らせたくなかったのに。
ぼたぼたと涙を流して泣くアルを、マリーと一緒に腕の中に閉じ込める。
オレ達のことを、ディーノがまとめて抱き締めてくれる。
「ごめん、ごめんなぁ。もう、絶対離れないからっ……ずっと、一緒にいるから。ごめん、ごめん……!」
「ほらほら、お母さんがそんなに泣いてたら、二人も泣き止めなくなっちゃうぞ」
泣き止まなくちゃ。
なのにどうしても涙が止まらない。
ディーノが涙を拭って、背中をゆっくりさすってくれて、ようやく涙は止まった。
「オレの前でならいくらでも泣いてくれて構わないんだけどなぁ」
「ぐすっ……、泣ける場所なんて、選べねぇよ、馬鹿っ」
「あはは、ごめんごめん」
いつの間にか、二人は腕の中で眠ってしまっている。
起こさないように慎重に抱えて、ベッドまで運んだ。
「覚悟は、出来たか?」
「……ああ」
強くなると言った息子は、泣きじゃくっていても、強い決心に満ちていて、本当はそんな風に言わせたくなかったけど、強くなんてならなくたっていいけれど、でもその覚悟だけは、他の誰かが邪魔しちゃダメなものだって、わかってしまった。
「話す。ちゃんと話して、それでも強くなるって言うなら……」
その時には、オレはその気持ちに応えたい。
だってその気持ちは、いつかのオレも抱いたものだったから。
認められたいから強くなりたい、と考えたのとは違う。
ヴァリアーの仲間達を得て、ボスに出会って、そしてディーノと恋に落ちて、あまりにも多く抱え込んでしまった大切なもの達を、この力で護りたいと思った、その時の気持ちと同じだと思うから。
「オレ、馬鹿だったな」
自分達の部屋に戻るために歩く廊下で、そう溢した。
ディーノは、困ったように笑っている。
ああ、子ども達も不安だったのに、あの子達だけじゃなくて、オレの事まで面倒見させて、きっと大変だっただろうなぁ。
「馬鹿だよ。大馬鹿だ。せめて誰かに話してくれたら良かったのに、一人で勝手に離れていこうとしたんだから」
「……ごめん」
「オレ達こんなに愛してるのに、大切に思ってるのに、オレらの気持ち、伝わってなかったか?」
「……愛されてた、んだな。あんなに泣くなんて、思ってなかったんだ。お前にも、酷いことして……ん?」
少し責めるような言葉に、申し訳なさが募る。
わかってなかった。
あの子達の思いも、彼の覚悟も。
しかしそれより、何故今オレの腰に手が巻き付いてきているのだろう。
「オレが、どれだけ心配してたか、どんだけお前のこと離したくなかったか、今から身を以てわからせてやるからな……?」
おかしい、これはちょっと予想してなかった流れだな!?
「ま、待てよディーノ……?まずはゆっくり話し合いをしようぜ?な?いったん離してくれって……」
「思い知らせてやるからな……」
必死で腕を剥がそうとするが、地味に怪力なこいつの腕は、簡単には剥がれそうもない。
あっという間に脇に抱え上げられて、オレは宙に浮いたまま脚をばたつかせる。
「うぉあ!?待て待て待てっ!やだ!オレすごく疲れてるんだぞぉ!」
「自業自得だろう?」
「それはそうかもだけど!」
部屋に入ったと同時に、ベッドの上に投げ出される。
ぼふっと着地したオレが逃げ出すより早く、腕を拘束されて逃げられないように押さえ付けられる。
「待てよ!ほんとっ、一度話し合おう!」
「勝手に話してたら?」
「あ、謝るからぁ!」
「はは、そろそろ3人目も良いかもな?」
「勘弁してくれ!っ!?」
ディーノの頭が、胸の上に乗ってきた。
固いだろうなと、自分でも思ってしまうくらいの平らな胸である。
それでも、多少、鼻先が、ちょっとは埋まるくらいの膨らみはあるみたいで、ディーノは顔を胸に押し付けたまま、キツく抱き締めてくる。
「ディーノ……?」
「今度は、オレが守るから。いや、今度なんか来ないように、頑張るから。だからもう、どこにも行かないでくれ」
「っ……、行かない。いる、オレはずっと、お前と、子ども達と一緒にいる。オレも、もう二度とこんなことが起こらないように、頑張る」
もぞもぞと頭が近付いてきて、つんとお互いの鼻先がぶつかった。
少し動くと、キスしてしまうなぁと、他人事みたいに思う。
「愛してる、スペルビ・スクアーロ」
「……オレ、も。愛してる、ディーノ」
「それはそれとして覚悟しろよ」
「げえ"っ……!ちょっ、待て待て……ひゃあ!?」
まあその後のことは、大人の秘密と言うことで。