白金の福音

オレが7歳、妹が5歳。
その日、オレ達は家出をした。
今思えば、別に大した理由ではなかった。
妹は、最近あまり構ってくれなくなった両親へ、ちょっとした反抗をしてみたかったのだと思う。
オレは、前の日に見た両親の喧嘩の原因が、自分のことだと知ってしまったから、家に居づらくなっていた。
父さんと母さんの話は、難しい言葉ばかりで、父さんは何かを必死に説明してて、母さんはそれをいやがってるみたいだった。
普段の二人はとても仲良しだ。
学校の先生にも自慢できるくらいの仲良しで、オレはそんな二人が大好きだ。
でも、父さんは仕事が忙しくて、あまりオレ達の話を聞いてくれない。
母さんも忙しいから、オレはどうしても遠慮してしまう。
実はその日は、学校から授業参観のお手紙をもらっていたのだけれど、オレが母さんに渡したお手紙を、喧嘩している二人が持っていたのを見て、オレがあのお手紙を渡してしまったから、仲の良い二人が喧嘩してしまったんだと思ったら、とても悲しくなった。
母さんは、これまで一度も、授業参観に来てくれたことがない。
恥ずかしいって言ってたけど、本当はオレのことが嫌いだったのだろうか。
母さんはすごく優しい。
時々厳しいけれど、だいたいいつも優しい。
でも、たまにオレを見て困った顔をする。
悲しそうな顔をするときもある。
オレと妹のマリーをぎゅっとして、おやすみを言ってくれるときも、たまに苦しそうな顔をする。
どうかしたの、と聞いても、いつも何でもないと言われてしまう。
母さんはオレに何かを隠してるんだと思った。
それが何かはわからなかったけれど、オレには言えないことなんだって思って、オレは悲しい気持ちが止められなくなる。
だから、マリーと一緒にお家から出てきた。
どこに行けば良いかは考えてなかったけれど、とりあえず、ザンザスさんか、ミーナさんのお家に行こうと思ってたのだ。
でもお家を出てすぐに、オレとマリーは知らないおじさんに追い掛けられた。
怖がるマリーを励まして、オレ達は頑張って逃げたけれど、おじさん達は足が早かったし、とても強くて、あっという間に捕まってしまった。
「こいつらがスクアーロのガキだって?」
「そのはずだ。ほら、写真と同じ顔だろう」
たくさんいるおじさん達が、オレ達の顔と写真を見比べている。
スクアーロというのが、母さんのお仕事の時に使うお名前だってことは知ってた。
だからこの人達は、父さんと母さんの、仕事の知り合いなのかと思った。
「あ、あの……父さんと、母さんの、知り合いの、人……?」
「ああ?そうだよ、お前の母親に、ファミリーを殺された人間さ!」
「怖がらなくて良いからねぇ。すぐにお前のママンもここに来るよぉ。……無事に生きてるかはわからねーけどなぁ!!」
おじさん達の言った言葉の意味がわからない。
オレの母さんが、この人達のファミリーをころした?
ファミリーって言うのは、ロマおじさん達みたいな人の事で、大切にしなきゃいけない家族なんだって、父さんが言っていた。
ころしたって、言うことは、その人達は母さんのせいで、死んでしまったってこと……?
なんで、そんなことを言うのかわからなくて、怖くて怖くて、涙が出そうになってた。
ダメだ、こんなのかっこうわるい。
泣いちゃダメ。
こいつらが言ってることは、きっと嘘だ。
あんなに優しい母さんが、そんなことをするはずがない。
……でも、でも、母さんはオレに何かを隠してた。
もしかして、それがこの事なの?
「お兄ちゃん……おうちかえりたいよぉ」
「マリー、すぐに、すぐに母さんが来てくれるから、だから我慢だ。オレと一緒に我慢、出来るな?」
「うう……がまんやだぁ……。マリーかえる。ママンのとこかえりたい!かえるぅっ!」
どうしよう、マリーが愚図りだしてしまった。
オレのせいだ、オレがマリーを連れて家出なんてしたから、こんなことになっちゃったんだ。
どうしよう、どうすれば良いの母さん。
オレだって、オレだって泣きたいよ……!
「ちっ!うるせぇな、これだからガキはよ」
あっと思ったときには、もう目の前におじさんが来ていた。
とても怖い顔をして、マリーのことを睨み付けている。
マリーに何かする気なんだって、オレにはすぐにわかった。
オレは兄ちゃんだから、マリーのことを守らなくちゃいけないんだ。
何かされる前に、マリーのことをぎゅっと抱き締めた。
「黙ってろよ、クソガキ!」
「うぐっ!!?」
「お兄ちゃん!」
おじさんに背中を蹴られた。
今まで感じたことのない痛さで、声が出なくなる。
すごく苦しくなって、オレはたくさん咳をした。
マリーが泣いている。
ああ、オレのせいだ、オレのせいで泣かせてしまった。
「ま、りー、マリア……泣かないで。オレ、平気だから……」
「ひぐっ……うぇぇえん……お兄ちゃん、お兄ちゃん、ちがでてるよぉ。しんじゃやだ、お兄ちゃん!」
「だぁあくそ!うるせぇガキどもだ!いっそここで殺しちまうかぁ!?」
「おい、殺したら捕まえた意味ねーだろ……、あ、ぎ……?」
「あ?どうした変な声出し……ぇあ?」
しゃべってたおじさんの声が、突然消えた。
何が起こったんだろうと、恐る恐る振り向く。
「ま、まん……?」
マリーがそう言ったのが聞こえて、でもオレは、目の前にいる人が母さんだとは、とても思えなかった。
その人は体中が真っ赤だった。
その人の立っている床には、赤い水溜まりができている。
髪まで真っ赤なその人は、優しい顔も、優しい声もしていない。
「あ……がっ!あ、あし!オレの脚がぁあ!」
「人の、子どもに手を出したんだ……。覚悟は、出来ているなぁ?あ"ぁあ!!?」
「て、てめーら!全員かかれぇ!」
「ぶっ殺せ!手加減すんなよ!」
目の前で、真っ赤な人とおじさん達が殺し合いをしていた。
その光景は、成長した今でもたまに夢に見る。
目に見えないくらいの早さで、真っ赤な人影が移動して、首を撥ね飛ばしたり、胸を貫いたり、頭を叩き割ったり、足を切り落としたりするのだ。
目が離せなくなった。
切られた人達から噴き出した血が、その人影の頭から爪先まで全てを、新しい赤に染め上げていく。
あっという間に、全員が死んでしまった。
赤い人は、死んだ人達の中で、こちらを見つめて立ち尽くしていた。
「うっ……げほっ」
その時、忘れていた背中の痛みを思い出して、オレは大きな咳をした。
目を上げると、真っ赤な人はいなくなり、目の前には、今にも泣きそうな母さんがいた。
「アル、マリー、怪我を……!」
「お兄ちゃんが!お兄ちゃんがしんじゃうの!」
「オレ、オレ平気だ。ちょっと、背中蹴られただけ」
「平気じゃない!早く医者にみせないと……!アル、ちょっと我慢だぞ」
「あっ」
マリーと一緒に、オレは軽々と持ち上げられて、そのまま風になったみたいに、びゅんびゅんとすごい早さで走っていた。
「アル、マリー、もう大丈夫だからな……、もう、安心して良いからな……。ごめん、ごめんな……。オレのせいなんだ。オレが全部、悪いんだ。ごめん、ごめんなぁ……」
「かあさん」
泣かないでって言いたかったのに、オレは何だかとても疲れてしまって、母さんの腕の中で、眠ってしまった。
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