白金の福音

無事に産まれました、と。
その連絡をしてすぐに、各方面からの祝福の手紙やら品物やらで、キャバッローネの屋敷が溢れ帰る。
オレはオレで、初めての育児にてんてこ舞いになっていた。
だが、きっとオレは恵まれている。
ディーノは四苦八苦しながらオムツ替えを手伝ってくれるし、キャバッローネの連中にもたくさん可愛がってもらって、我が子はすくすくと育っていく。
産む前こそ、あんなに不安だったのに、産まれた後は忙しすぎて、不安を感じる暇もない。
「スクちゃん、昔よりも随分、表情が柔らかくなったわぁ」
「……柔らかく?」
「跳ね馬と付き合い始めてからも、だいぶ優しい顔になっていたけれど、その子が生まれてからは本当に、暖かな顔をするようになったもの。何だか嬉しくなっちゃうわねぇ」
ルッスは子どもが生まれてからも、何度も訪ねてきてくれて、可愛い可愛いと言って写真を撮っていく。
そんなある日に、そう言われた。
柔らかくなった、と言われても、自分ではあまりよくわからない。
息子……アレッシオは、掴まり立ちをしつつ、ルッスの指を握りながらアブアブと何か喋っているようである。
こいつを怖がらない辺り、流石はオレ達の息子と言いたくなる。
親バカだろうか。
「お母さんになったのねぇ」
「そう、なのかな」
母親になると言うのは、どう言うことなのだろう。
優しくなること?
育児が上手になること?
ただ、子どもが生まれたらそうなる訳じゃない。
どうすれば良い母親になれるのか、そろそろこの子が産まれて一年が経つけれど、オレはずっと模索し続けている。
「これは二人目も期待ねぇ~」
「ええ……、一人いれば十分だろぉ。めちゃくちゃ痛いんだぞ。出産って」
「それはそうかもだけどぉ~、可愛いじゃない?次は女の子が良いわねぇ。ねー、アルちゃん?」
「まぅー、まー」
「んまぁ~!スクちゃん今この子ママンって呼ばなかった!?」
「言った、絶対言った」
ベビーベッドから抱き上げると、アルはそりゃもう可愛い顔してまぅまぅと話し始める。
母親になれてるかどうかはわからないけれど、確実に親バカにはなれているみたいだ。
オレに似て銀色の髪のこの子は、もしかして天使なんじゃないのかってくらい可愛い。
「二人目かぁ~」
「楽しみねぇ」
そう言ったのは冗談のつもりだったのだが、その1年半後、オレは本当に二人目の子を産むことになる。
毎日があっという間に過ぎていく。
長男のアレッシオが産まれて、あっという間に立って、喋って、歩いて、走るようになって。
妹のマリアが産まれて、兄と同じように成長していく。
二人の成長を傍で感じ、育てていく時間は本当に幸せで、ずっと、ずっとこの時間が続くようにと、毎日のように祈る。
アレッシオ……アルは銀髪で、顔はどちらかと言うとディーノに似ていた。
絵本を読んだり、歌を歌ったり、勉強をするのが好きな、インドア派の大人しい子。
マリア……マリーは金髪で癖っ毛だ。
顔はたぶん、オレに似ている。
外で走ったり、木に登ったり、ディーノの部下達を相手にお転婆に駆け回るのが彼女の日課だ。
マリーが3歳を迎える頃には、自分も仕事に完全復帰した。
とは言っても、体は鈍っていたし、過保護な野郎共から危険な仕事は取り上げられてしまい、主な仕事は書類仕事や新人教育という比較的安全な仕事になった。
ボス補佐は、結局ベルが勝ち取り、レヴィは今日も虎視眈々とその座を奪い取ろうと企んでいるようだ。
ルッスもまた、オレと同じように後方支援を主とした仕事に落ち着いていた。
幹部の中では最年長、とはいえ、まだ30代だ。
前線でも十分戦えるだろう?と聞いてみれば、若い子達にも経験を積ませてあげないとね、という回答が返ってくる。
マーモンは、すっかり大人の姿へと戻り、今も変わらずヴァリアーの幹部として働いてくれている。
守銭奴のあいつにしては珍しく、ここは居心地が良いからと言っていたらしい。
本当なら、呪いが解けたあいつがここに居続ける必要はないし、きっとここより儲かる仕事もあるのだろうに。
ザンザスは、未だにボスの座に君臨し続けている。
その変わらぬ強さにはやはり、憧れを抱く。
だがもう、オレはよっぽどの事がない限り、あいつの隣で戦うことはないだろう。
今のお前とオレは住む世界が違うと、本人からハッキリ言われた。
それでも、息子達を側に連れていけば、戸惑いながらも抱いてくれるし、オレを拒絶するわけでもなく、昔と変わらずこき使ってくれる。
あいつもあいつで、丸くなったものだと、少し嬉しくなった。
あいつに対する忠誠心は変わらないし、あいつから与えられる信頼も、変わる訳じゃない。
だからこれで良い、これが今のオレ達のちょうど良い距離なのだと、そう思うことにした。
ボンゴレは、解体された。
マフィアではなく、自警団に立ち戻りたいと、沢田綱吉が進言し、9代目はそれを受けたのだ。
今、ボンゴレという言葉が指し示すのは、強大な力に膨れ上がったマフィアではない。
小さくとも、裏社会を厳しく管理し、睨みを利かせる自警団。
そして、今もっとも力を持つと言われているマフィアが、キャバッローネである。
「アルー、マリー、パパンが帰ってきたぞ~!」
部屋に入ってくるなり、子ども達に抱きつく姿を見ていると、とても彼が裏社会の超大物には思えない。
きゃーきゃーと逃げ回るマリーと、心底邪魔そうにディーノの手を振り払い、読書を続けようとするアル。
もう反抗期が来たのだろうか。
アルは父親のことが気に食わないらしく、いつも邪険に扱っている。
「おかえり」
「ただいま~」
結局捕まえられた二人を両脇に抱えて、ディーノがのしのしとやってくる。
軽くキスしてオレの隣に座ると、ようやく二人を解放した。
アルが大急ぎでオレの膝に逃げてくる。
マリーはそのまま、ディーノの膝上で今日あったことを嬉しそうに話している。
ああ、ああ、本当に幸せだ。
いつまでも、二人がどれだけ大きくなっても、この幸せが、続きますように。
今日もオレはそう祈る。
簡単に崩れる幸せを知っているから。
それが如何に脆いかを知っているから。
信じてもいない神に祈ることを止められない。
どうか、どうか、この幸せを奪わないでと、息子を抱き締めながら、祈った。
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