白金の福音
「お前は長期の休暇だカスザメ。休暇の申請書類を書いたら、休暇中の引き継ぎ処理だけしてとっとと失せろ」
「……は」
早くない?
言いかけた言葉は、不機嫌なザンザスの一睨みで逃げ去る。
いつもならば、食器やら文具やら、酷いときには家具が飛んでくるくらいの機嫌の悪さにも関わらず、何も投げ付けてこないのはまさか、体調でも悪いのだろうか。
「スクアーロ!こっちこっち!しし、ボスをそれ以上怒らせる前に、とっとと来いよ!」
「?」
ドアの方にいるベルから言われて、事態を飲み込めないまま部屋を出た。
とりあえず落ち着いて話せる場所を、と言われ、自分の仕事部屋に腰を落ち着けた。
「ほらこれ、ケッコー昔に、スク先輩が整理したヴァリアーの隊規……つーか労働規則?的なやつ」
「そんなもんあったかぁ?……ああ"、うん、すっげぇ昔に作ったかも……」
「一応、スクアーロの部下の雑魚が管理してたみたいだぜ。整理した当の本人が全く守ってねーって嘆いてたけど」
労働時間最大8時間とか、有給休暇は月1で取れとか、何か色々書いてあるようにも見えたが、たぶん幻覚だろう。
「ししし、そんでほら、ここ」
「は……?産、きゅ……う?」
ヴァリアーは実戦部隊である。
所属する殆どの隊員が前線へと出て戦い、前線に出ない裏方の隊員も常に危険に晒されている。
ただ、だからと言って恋愛を禁じる事はないし、結婚だって出産だって認めている。
もしも妊娠した女性が隊員にいた場合、命の危険に晒し続けるような真似は許せない。
そういえばかつての自分は、ろくに定められていなかった規定を、ボンゴレ本部やチェデフ、果ては同盟先のマフィアの規定まで出来うる限りを読み漁り、結果として以下のように定めた訳である。
「妊娠が発覚した場合……、担当する業務を速やかに引き継ぎ、至急休暇に入る、こと……」
「そう言うわけだから、とっとと休めよな~、た~いちょ」
「た、隊員じゃなくて隊長だから、セーフセーフ」
「しし、どー見てもアウトっしょ。作戦隊長以下幹部は、一般隊員の見本となる存在でなくてはならないー……とかって言ってたのは、どこのロン毛?」
「……ここのロン毛です……」
働くことが好きなわけではない。
ただ、働いていない状態が嫌いのオレに、働くなと、休めと言うのは、酷いではないか。
だが反論は出来ない。
自分が作ったやつだし、それ以上に戦場に妊婦なんていたら、迷惑をかけるに違いない。
ディーノにも言われていたのだ。
危ない仕事なのだから、せめて今だけは休んで、離れた方が良いんじゃないか、と。
頭ではわかっていたが、そうか、ここまで言われてしまって、休まないというわけには行かない。
「先輩だってさぁ~、いつかは隠居するわけだろ?しし、その予行練習とでも思って、しばらくはオレらに任せて、大人しくしてれば?」
「それは……でも……」
「……スクアーロは、オレらじゃ任せらんねーって思うわけ?」
「そういう意味じゃ……!」
前髪越しにこちらを睨んで来る目は、明らかに怒っているのだが、ベルの口調はいつもと比べても、驚くくらい落ち着いたものだった。
「スクアーロが、仕事中毒の人間だってのはオレらだってわかってんだぜ。そういう奴から仕事取り上げたら、途端に不安になったり、何すりゃいいのかわかんなくなるってのも聞いたことある」
ちょっと考え込むように顎を掻いて、一拍置いてまた話を続けたベルが、何故かとても大人びて見えて、嬉しいような気もしたし、寂しいような気もした。
「でも、スクアーロがずっと戦い続けるわけにもいかねーし?オレらだって成長しなきゃならねー時期なんじゃね?今がさ。一度スクアーロが仕事から離れたら、今のオレらに何が足りないかもわかってくんだろーし、だからオレらのためにもさ、スクアーロはしばらく休めよ。……後これは、ちょっとだけだけど、オレもお前のガキって見てみたいしね、うしし」
「ベル……」
教わったことを何でも吸収していって、それでも抑えきれない殺人衝動と一緒にあって、尚オレを先輩等と呼んでなついてくれていた、この少年が、一体いつの間にこんなに考えて、オレに諭すほどになったんだろう。
「お前……大きくなったな……」
「はー?オレもうそろそろスクアーロの身長抜きますけど!つーかおれもう18歳だし!いつまでガキ扱いすんだっつーの」
「18なんてまだまだガキだっつーの、ぺーぺーがよぉ」
生意気に言ってくれたベルに、頭をがしがし撫で回してやることで応える。
まだ10代じゃねーか、まだまだ、ガキでいたって良いじゃねーか。
それにオレは、こいつを8歳から預かり、育ててきた思い出がある。
そう簡単に、この扱いを変えてやることは出来ない。
「……スクアーロは、18の頃には誰からもガキ扱いされてなかったじゃん」
「あ"あ?オレは良いんだよ、ドカス。作戦隊長様だぜぇ?」
「オレらはサボってばっかだったけどさ、スクアーロはずっと、ずーっと働いてたじゃん。オレと違って、誰も甘やかしてくれるやつ居なかったし、ボスだってずっといなかった」
「……」
「今からでも良いじゃん。遅くねーよ。隊長は、そろそろ今まで溜め込んできた有休とか無理して働いてきた分、思いっきり休んだり、誰かに甘やかされてもいいんじゃねーの。王子がそう言うんだもん、まちがいねーし」
言われてみて、そんなものなんだろうかと思う。
……でも、きっとそんなものなのだろう。
動いていられないことは不安だ、嫌いだ、気持ち悪い。
けれど、それは仕事中毒……言ってしまえば病気みたいなものだし、いっそここで思いきって休んで、ただ自分の体のことと、子供のことを考えていられるように、仕事から離れてみるのも良いのかもしれない。
「……はぁ~、オレがワガママ言いすぎたなぁ。休む、ちゃんと休む。書類書いて渡しとくから、午後からお前、またこの部屋に来いよぉ」
「あ?何でオレ?」
「ボス補佐の引き継ぎだぁ。レヴィと一緒になるけどなぁ」
「げぇ」
引き継ぎは、たぶん一日やそこらじゃ終わらないだろう。
二人とも仲が悪いし、喧嘩ばかりだが、今回ばかりは何とか我慢してもらうしかなかろう。
しばらくは付き合ってもらうことになるが、……きっとこいつらなら、上手くやってくれることだろう。
「よろしく頼むぜぇ、ベルフェゴール」
「めんどいけど、任せろよな先輩。しし」
「……は」
早くない?
言いかけた言葉は、不機嫌なザンザスの一睨みで逃げ去る。
いつもならば、食器やら文具やら、酷いときには家具が飛んでくるくらいの機嫌の悪さにも関わらず、何も投げ付けてこないのはまさか、体調でも悪いのだろうか。
「スクアーロ!こっちこっち!しし、ボスをそれ以上怒らせる前に、とっとと来いよ!」
「?」
ドアの方にいるベルから言われて、事態を飲み込めないまま部屋を出た。
とりあえず落ち着いて話せる場所を、と言われ、自分の仕事部屋に腰を落ち着けた。
「ほらこれ、ケッコー昔に、スク先輩が整理したヴァリアーの隊規……つーか労働規則?的なやつ」
「そんなもんあったかぁ?……ああ"、うん、すっげぇ昔に作ったかも……」
「一応、スクアーロの部下の雑魚が管理してたみたいだぜ。整理した当の本人が全く守ってねーって嘆いてたけど」
労働時間最大8時間とか、有給休暇は月1で取れとか、何か色々書いてあるようにも見えたが、たぶん幻覚だろう。
「ししし、そんでほら、ここ」
「は……?産、きゅ……う?」
ヴァリアーは実戦部隊である。
所属する殆どの隊員が前線へと出て戦い、前線に出ない裏方の隊員も常に危険に晒されている。
ただ、だからと言って恋愛を禁じる事はないし、結婚だって出産だって認めている。
もしも妊娠した女性が隊員にいた場合、命の危険に晒し続けるような真似は許せない。
そういえばかつての自分は、ろくに定められていなかった規定を、ボンゴレ本部やチェデフ、果ては同盟先のマフィアの規定まで出来うる限りを読み漁り、結果として以下のように定めた訳である。
「妊娠が発覚した場合……、担当する業務を速やかに引き継ぎ、至急休暇に入る、こと……」
「そう言うわけだから、とっとと休めよな~、た~いちょ」
「た、隊員じゃなくて隊長だから、セーフセーフ」
「しし、どー見てもアウトっしょ。作戦隊長以下幹部は、一般隊員の見本となる存在でなくてはならないー……とかって言ってたのは、どこのロン毛?」
「……ここのロン毛です……」
働くことが好きなわけではない。
ただ、働いていない状態が嫌いのオレに、働くなと、休めと言うのは、酷いではないか。
だが反論は出来ない。
自分が作ったやつだし、それ以上に戦場に妊婦なんていたら、迷惑をかけるに違いない。
ディーノにも言われていたのだ。
危ない仕事なのだから、せめて今だけは休んで、離れた方が良いんじゃないか、と。
頭ではわかっていたが、そうか、ここまで言われてしまって、休まないというわけには行かない。
「先輩だってさぁ~、いつかは隠居するわけだろ?しし、その予行練習とでも思って、しばらくはオレらに任せて、大人しくしてれば?」
「それは……でも……」
「……スクアーロは、オレらじゃ任せらんねーって思うわけ?」
「そういう意味じゃ……!」
前髪越しにこちらを睨んで来る目は、明らかに怒っているのだが、ベルの口調はいつもと比べても、驚くくらい落ち着いたものだった。
「スクアーロが、仕事中毒の人間だってのはオレらだってわかってんだぜ。そういう奴から仕事取り上げたら、途端に不安になったり、何すりゃいいのかわかんなくなるってのも聞いたことある」
ちょっと考え込むように顎を掻いて、一拍置いてまた話を続けたベルが、何故かとても大人びて見えて、嬉しいような気もしたし、寂しいような気もした。
「でも、スクアーロがずっと戦い続けるわけにもいかねーし?オレらだって成長しなきゃならねー時期なんじゃね?今がさ。一度スクアーロが仕事から離れたら、今のオレらに何が足りないかもわかってくんだろーし、だからオレらのためにもさ、スクアーロはしばらく休めよ。……後これは、ちょっとだけだけど、オレもお前のガキって見てみたいしね、うしし」
「ベル……」
教わったことを何でも吸収していって、それでも抑えきれない殺人衝動と一緒にあって、尚オレを先輩等と呼んでなついてくれていた、この少年が、一体いつの間にこんなに考えて、オレに諭すほどになったんだろう。
「お前……大きくなったな……」
「はー?オレもうそろそろスクアーロの身長抜きますけど!つーかおれもう18歳だし!いつまでガキ扱いすんだっつーの」
「18なんてまだまだガキだっつーの、ぺーぺーがよぉ」
生意気に言ってくれたベルに、頭をがしがし撫で回してやることで応える。
まだ10代じゃねーか、まだまだ、ガキでいたって良いじゃねーか。
それにオレは、こいつを8歳から預かり、育ててきた思い出がある。
そう簡単に、この扱いを変えてやることは出来ない。
「……スクアーロは、18の頃には誰からもガキ扱いされてなかったじゃん」
「あ"あ?オレは良いんだよ、ドカス。作戦隊長様だぜぇ?」
「オレらはサボってばっかだったけどさ、スクアーロはずっと、ずーっと働いてたじゃん。オレと違って、誰も甘やかしてくれるやつ居なかったし、ボスだってずっといなかった」
「……」
「今からでも良いじゃん。遅くねーよ。隊長は、そろそろ今まで溜め込んできた有休とか無理して働いてきた分、思いっきり休んだり、誰かに甘やかされてもいいんじゃねーの。王子がそう言うんだもん、まちがいねーし」
言われてみて、そんなものなんだろうかと思う。
……でも、きっとそんなものなのだろう。
動いていられないことは不安だ、嫌いだ、気持ち悪い。
けれど、それは仕事中毒……言ってしまえば病気みたいなものだし、いっそここで思いきって休んで、ただ自分の体のことと、子供のことを考えていられるように、仕事から離れてみるのも良いのかもしれない。
「……はぁ~、オレがワガママ言いすぎたなぁ。休む、ちゃんと休む。書類書いて渡しとくから、午後からお前、またこの部屋に来いよぉ」
「あ?何でオレ?」
「ボス補佐の引き継ぎだぁ。レヴィと一緒になるけどなぁ」
「げぇ」
引き継ぎは、たぶん一日やそこらじゃ終わらないだろう。
二人とも仲が悪いし、喧嘩ばかりだが、今回ばかりは何とか我慢してもらうしかなかろう。
しばらくは付き合ってもらうことになるが、……きっとこいつらなら、上手くやってくれることだろう。
「よろしく頼むぜぇ、ベルフェゴール」
「めんどいけど、任せろよな先輩。しし」