白金の福音
さわさわと、何かが触れる擽ったさで目が覚めた。
部屋には朝陽が射し込んでいて明るい。
夜の内に潜り込んできていたのか、ディーノが間抜けな顔をして眠っていた。
その腕が腰に回されていて、尻を撫で回している。
無言で手の甲をつねると、唸りながら寝返りを打ってしまう。
寝惚けてんのかよ、この助平野郎。
そう言えばディーノは、昨日寝る前に見た服と同じだ。
シャワー浴びてないのか。
というか、いつまで仕事してたんだよ。
少し草臥れたような背中に張り付いて、腰に手を回す。
がっしりした体型は、オレには持ち得ないもので、ちょっとだけ羨ましい。
背中からは微かに汗の臭いがしている。
「あんま、頑張りすぎるなよ……」
返事はない。
よく寝ているみたいで、すやすやと穏やかな寝息が聞こえている。
ぽんぽんとお腹を叩いた。
呻き声が返ってきて、またもぞもぞと動いて体勢が変わる。
そろそろ起きてしまうかもしれない。
「夫婦、かぁ……」
擽ったい響きだ。
アホ面で寝てるこの男が、自分の伴侶になるのだ。
ディーノがオレの夫になって、オレはディーノの妻になる。
妻……、奥さん、お嫁さん、かぁ……。
「ディーノ、オレ、柄じゃないけど、ちゃんと、頑張って、お前の嫁さんになるから」
今までそんなものとは縁遠い生活をしていたから、ちゃんとできる自信はないけれど、頑張る……いや……。
「……お前のためなら、頑張れると思うから。一緒に、幸せになって……ほしいな……」
むにゃむにゃと何事か口を動かしている。
起きているときには、恥ずかしくて言えないから、今の内にもう一言だけ。
「愛してる」
頬に唇を寄せる。
寝てるときに言うだけで、こんなに恥ずかしいのだから、起きてるときに言うのなんてやっぱり無理だな。
そのまま起きるまで、ディーノの腕に抱きついて暖を取ることにした。
胸の辺りがぽかぽかする。
惚れた方の負けなんてよく聞くけれど、全く、これは間違いなく、オレの負けである。
悔しい。
でもどこか清々しいのは、相手であるこいつも、勝った訳じゃないからだろう。
「ふふ、あいしてる……」
滑稽な響きだ。
オレの敗北の合図。
だから絶対、こいつに気付かれない時にだけ言うのだ。
間抜けな寝顔の恋人は、幸いにもまだ、起きそうにない。
穏やかな休日の朝は、暖かくてとても優しい。
* * *
「んー……おはよ……」
「おはよう」
目を覚ますと、隣には随分と機嫌良さげな恋人がいる。
昨日の夜は、珍しく不安そうにしていたものだから、ずっと心配していたのだが、もう大丈夫そうだ。
オレが起きるよりも先に起きていたみたいで、眠い目を擦りながら声を掛けると、はっきりとした声が返ってくる。
「昨日は遅かったんだろぉ。まだ寝てても良いんだぞ」
「いや、もう起きるよ。シャワー浴びたい」
昨日は、溜まっていた仕事を片していたせいで、結局シャワーも浴びないままで寝てしまった。
先にベッドに入って、気持ち良さそうに眠る彼女の腹に、自分の子どもが宿っているのだと思うと嬉しくって、彼女を起こさないように抱きついて、お腹を撫でて舞い上がっていたら、寝る前にシャワーを浴びるつもりだったのに、うっかり寝てしまった……ようである。
大きな仕事は寝る前に粗方片せたから、今日は少しだけゆっくりできる。
朝食を食べたらツナ達に連絡をして、イタリアへ招待するのだ。
弟分の驚く顔が目に浮かぶ。
リボーンは、きっといつも通りのあの顔で『随分と遅かったじゃねーか』なんて言ってくることだろう。
気恥ずかしくもあり、嬉しくもある。
だがアイツらがイタリアに来る前に、あれこれと揃えなきゃならない物もある。
シャワールームから出ると、部下が朝食を用意してくれていた。
「お、わりーな」
「いいえ!どうぞごゆっくり」
いつもながら、バランスの良い美味しそうな食事だ。
二人でもぐもぐと食べながら、表社会向けの挨拶文についてポツポツと話す。
雛形は部下が作ってくれていたのだが、細かいところは自分達で修正していく。
「んー、直しはこんなところでいいよな?」
「んぐっ、たぶん大丈夫」
「発表、来週にすんだろ?お前がやってる表の会社、結構有名だったよなぁ」
「おう!業績も好調だしな!後なんか……オレのことも前に雑誌かなんかに取り上げられて」
「雑誌!?」
「あれ?言ってなかったか?」
1年くらい前にどっかの雑誌で取り上げられた。
内容はあまり覚えてないが、イタリアの若き実業者?みたいな特集があって、それに取り上げられた。
「ど、どこの雑誌だよ!?」
「覚えてねーって。でもなんかその後から、女の子に話し掛けられるようになって……」
「っ!?聞いてねぇぞ!?」
そこまで怒らないでも、と思いつつ、慌てる彼女が可愛く思えて、ついついによによと笑ってしまう。
「オレが結婚って知ったら悲しむ女の子もいるかもな~」
「……雑誌見てない」
「ん?」
「その子達は見たかも知れないけど、オレは見てない……」
むすっとして拗ね始めてしまった。
どうしよ、かわいい。
「お前はいつだってオレのこと見放題だろ~?」
「そういうんじゃないだろ」
「ごめんな~、スペルビにも教えなきゃいけなかったよな」
「お前にそんな義務ないだろ。オレのリサーチ不足だもん」
「その『だもん』ってもう一回言って好き」
「は?」
「なんでもない」
まずい、少しからかいすぎた。
ご機嫌ななめになってしまった彼女の隣に座って、そっぽを向かれたままぎゅっと抱き締めた。
「拗ねんなよ~」
「拗ねてねぇし」
「可愛いやつめ」
「……可愛くない。バカみたいだ。何でオレこんな事で妬いて……うっ」
「妬いたの?」
まずいという顔をして口を閉じた彼女と、なかなか目線が合わない。
「あんな雑誌に載ってるオレより、普段のオレのことを見ててほしいんだけどな~」
「……でも、オレは社長をしてるお前を知らない。それは、ちょっと……寂しい、だろ」
「はぶっ!」
「は?」
力任せに抱き締めそうになった腕をギリギリで止める。
ダメだ、可愛すぎて理性が続かん。
普段マフィア同士で、結構乱暴なスキンシップが常だったせいで、優しく触れるっていうミッションは難易度が高すぎる。
そっと肩を抱くと、困惑した顔で見上げられる。
もっと強くしても良いのに、と言わんばかりに首筋に頭を押し付けてくる仕草が、また更にこちらをその気にさせてくる。
「ムリ……カワイイ……」
「あ"~?何なんだよ、さっきから……」
思いっきりぎゅーっと抱き締めたいのにそれが出来ない。
字の通り自分で撒いた種であるが、こんなにもどかしいことになろうとは。
「結婚しよ……」
「するって言っただろぉが。何回言わせんだよ、へなちょこ」
むいーっと頬っぺたを引っ張られてようやく正気を取り戻した。
あー、自分の嫁さんが可愛すぎて辛い。
ジャポーネのラノベって奴みたいだ。
「今度はぜーったい報告する」
「……ん"、今度もあったら絶対見る」
にへっと笑った彼女に、オレはまた撃沈させられた。
幸せにしよう。
いや、二人で必ず、幸せになるのだ。
このささやかな平穏を、何てことのない日常を続けよう。
「あ~もう、早く産まれろ~!」
「気が早い」
早く産まれろ、オレ達の幸せ。
オレもこいつも、首長くして待ってんだからな!
部屋には朝陽が射し込んでいて明るい。
夜の内に潜り込んできていたのか、ディーノが間抜けな顔をして眠っていた。
その腕が腰に回されていて、尻を撫で回している。
無言で手の甲をつねると、唸りながら寝返りを打ってしまう。
寝惚けてんのかよ、この助平野郎。
そう言えばディーノは、昨日寝る前に見た服と同じだ。
シャワー浴びてないのか。
というか、いつまで仕事してたんだよ。
少し草臥れたような背中に張り付いて、腰に手を回す。
がっしりした体型は、オレには持ち得ないもので、ちょっとだけ羨ましい。
背中からは微かに汗の臭いがしている。
「あんま、頑張りすぎるなよ……」
返事はない。
よく寝ているみたいで、すやすやと穏やかな寝息が聞こえている。
ぽんぽんとお腹を叩いた。
呻き声が返ってきて、またもぞもぞと動いて体勢が変わる。
そろそろ起きてしまうかもしれない。
「夫婦、かぁ……」
擽ったい響きだ。
アホ面で寝てるこの男が、自分の伴侶になるのだ。
ディーノがオレの夫になって、オレはディーノの妻になる。
妻……、奥さん、お嫁さん、かぁ……。
「ディーノ、オレ、柄じゃないけど、ちゃんと、頑張って、お前の嫁さんになるから」
今までそんなものとは縁遠い生活をしていたから、ちゃんとできる自信はないけれど、頑張る……いや……。
「……お前のためなら、頑張れると思うから。一緒に、幸せになって……ほしいな……」
むにゃむにゃと何事か口を動かしている。
起きているときには、恥ずかしくて言えないから、今の内にもう一言だけ。
「愛してる」
頬に唇を寄せる。
寝てるときに言うだけで、こんなに恥ずかしいのだから、起きてるときに言うのなんてやっぱり無理だな。
そのまま起きるまで、ディーノの腕に抱きついて暖を取ることにした。
胸の辺りがぽかぽかする。
惚れた方の負けなんてよく聞くけれど、全く、これは間違いなく、オレの負けである。
悔しい。
でもどこか清々しいのは、相手であるこいつも、勝った訳じゃないからだろう。
「ふふ、あいしてる……」
滑稽な響きだ。
オレの敗北の合図。
だから絶対、こいつに気付かれない時にだけ言うのだ。
間抜けな寝顔の恋人は、幸いにもまだ、起きそうにない。
穏やかな休日の朝は、暖かくてとても優しい。
* * *
「んー……おはよ……」
「おはよう」
目を覚ますと、隣には随分と機嫌良さげな恋人がいる。
昨日の夜は、珍しく不安そうにしていたものだから、ずっと心配していたのだが、もう大丈夫そうだ。
オレが起きるよりも先に起きていたみたいで、眠い目を擦りながら声を掛けると、はっきりとした声が返ってくる。
「昨日は遅かったんだろぉ。まだ寝てても良いんだぞ」
「いや、もう起きるよ。シャワー浴びたい」
昨日は、溜まっていた仕事を片していたせいで、結局シャワーも浴びないままで寝てしまった。
先にベッドに入って、気持ち良さそうに眠る彼女の腹に、自分の子どもが宿っているのだと思うと嬉しくって、彼女を起こさないように抱きついて、お腹を撫でて舞い上がっていたら、寝る前にシャワーを浴びるつもりだったのに、うっかり寝てしまった……ようである。
大きな仕事は寝る前に粗方片せたから、今日は少しだけゆっくりできる。
朝食を食べたらツナ達に連絡をして、イタリアへ招待するのだ。
弟分の驚く顔が目に浮かぶ。
リボーンは、きっといつも通りのあの顔で『随分と遅かったじゃねーか』なんて言ってくることだろう。
気恥ずかしくもあり、嬉しくもある。
だがアイツらがイタリアに来る前に、あれこれと揃えなきゃならない物もある。
シャワールームから出ると、部下が朝食を用意してくれていた。
「お、わりーな」
「いいえ!どうぞごゆっくり」
いつもながら、バランスの良い美味しそうな食事だ。
二人でもぐもぐと食べながら、表社会向けの挨拶文についてポツポツと話す。
雛形は部下が作ってくれていたのだが、細かいところは自分達で修正していく。
「んー、直しはこんなところでいいよな?」
「んぐっ、たぶん大丈夫」
「発表、来週にすんだろ?お前がやってる表の会社、結構有名だったよなぁ」
「おう!業績も好調だしな!後なんか……オレのことも前に雑誌かなんかに取り上げられて」
「雑誌!?」
「あれ?言ってなかったか?」
1年くらい前にどっかの雑誌で取り上げられた。
内容はあまり覚えてないが、イタリアの若き実業者?みたいな特集があって、それに取り上げられた。
「ど、どこの雑誌だよ!?」
「覚えてねーって。でもなんかその後から、女の子に話し掛けられるようになって……」
「っ!?聞いてねぇぞ!?」
そこまで怒らないでも、と思いつつ、慌てる彼女が可愛く思えて、ついついによによと笑ってしまう。
「オレが結婚って知ったら悲しむ女の子もいるかもな~」
「……雑誌見てない」
「ん?」
「その子達は見たかも知れないけど、オレは見てない……」
むすっとして拗ね始めてしまった。
どうしよ、かわいい。
「お前はいつだってオレのこと見放題だろ~?」
「そういうんじゃないだろ」
「ごめんな~、スペルビにも教えなきゃいけなかったよな」
「お前にそんな義務ないだろ。オレのリサーチ不足だもん」
「その『だもん』ってもう一回言って好き」
「は?」
「なんでもない」
まずい、少しからかいすぎた。
ご機嫌ななめになってしまった彼女の隣に座って、そっぽを向かれたままぎゅっと抱き締めた。
「拗ねんなよ~」
「拗ねてねぇし」
「可愛いやつめ」
「……可愛くない。バカみたいだ。何でオレこんな事で妬いて……うっ」
「妬いたの?」
まずいという顔をして口を閉じた彼女と、なかなか目線が合わない。
「あんな雑誌に載ってるオレより、普段のオレのことを見ててほしいんだけどな~」
「……でも、オレは社長をしてるお前を知らない。それは、ちょっと……寂しい、だろ」
「はぶっ!」
「は?」
力任せに抱き締めそうになった腕をギリギリで止める。
ダメだ、可愛すぎて理性が続かん。
普段マフィア同士で、結構乱暴なスキンシップが常だったせいで、優しく触れるっていうミッションは難易度が高すぎる。
そっと肩を抱くと、困惑した顔で見上げられる。
もっと強くしても良いのに、と言わんばかりに首筋に頭を押し付けてくる仕草が、また更にこちらをその気にさせてくる。
「ムリ……カワイイ……」
「あ"~?何なんだよ、さっきから……」
思いっきりぎゅーっと抱き締めたいのにそれが出来ない。
字の通り自分で撒いた種であるが、こんなにもどかしいことになろうとは。
「結婚しよ……」
「するって言っただろぉが。何回言わせんだよ、へなちょこ」
むいーっと頬っぺたを引っ張られてようやく正気を取り戻した。
あー、自分の嫁さんが可愛すぎて辛い。
ジャポーネのラノベって奴みたいだ。
「今度はぜーったい報告する」
「……ん"、今度もあったら絶対見る」
にへっと笑った彼女に、オレはまた撃沈させられた。
幸せにしよう。
いや、二人で必ず、幸せになるのだ。
このささやかな平穏を、何てことのない日常を続けよう。
「あ~もう、早く産まれろ~!」
「気が早い」
早く産まれろ、オレ達の幸せ。
オレもこいつも、首長くして待ってんだからな!