白金の福音
出来ちゃいました、という話を、ヴァリアーに伝えたのはその翌日だった。
まずはザンザスに報告する。
子供が出来たので仕事にも影響が出る、と伝えたところ、『……お前、そんな仲の女がいたのか?』と言われる。
違う、オレが産むんだよ、オレが母親の方なんだよ。
言った後でザンザスも気が付いたらしく、一瞬頭上にクエスチョンマークを浮かべた後に、五度見くらいされた。
そんなに見られても困るのだが。
「お前が?」
「ん"?」
「ガキ?」
「あ"あ」
「……世も末だな」
「オレも思わないでもないが酷くねぇかぁ?」
そんなこんなはあったものの、ザンザスにも無事報告し終わり、幹部連中にも伝えることになった。
言った瞬間に十度見くらいされた。
酷くねぇ?
でもちょっと分かってしまう自分もいる。
『え?お前そんな機能あったの?』くらいには思う。
でもあったのだ。
出来たのだ。
出来てしまったのだ。
おめでとう、おめでとうございます、良かったですね。
そんな言葉を浴びながら、1日の仕事を終わらせてアジトを出る。
今日はキャバッローネで、今後の話し合いをする予定になっていた。
運転手の申し出を全部断り(部下全員?から言われたのはぶっちゃけ引いた)、一人で車を走らせた。
幸いにも部下がキャバッローネに乗り込むような事にはならず、オレ達の好きなようにさせてもらえるみたいだ。
送り出すときも比較的平和的に送り出せてもらえた。
「おめでとう、かぁ」
おめでたいこと、なんだろう。
人と人が愛し合って、命が宿って、愛されて……。
おめでたいことのはずなのに、頭を過るのは自分の家族の事ばかりだった。
母親は自分を生んで死んで、兄貴は自分が生まれるよりも前に勝手に死んで、父親は……。
キャバッローネの門を通してもらい、車を止めて屋敷に入れてもらう。
父親は、あの人は壊れてた。
頭ではそうとわかっていたけれど、あの人の育児なんてとても呼べない、酷い行いの数々が思い浮かんで止まないのだ。
一体どれ程殴られただろう。
一体何度罵倒されただろう。
案内を断って一人でディーノの部屋に向かった。
木の重厚なドアを開けて、部屋に入れば、そこにはお待ちかねと言った様子のディーノが座っていた。
「よ、お疲れさんだなスペルビ。体は大丈夫か?わりーな、こっちに来させちゃって」
「おー」
立ち上がろうとするディーノを制して、その隣に腰かけた。
「ん?どうかした?」
「……隣にいても良いか?」
「もちろん」
迷惑になるかもしれないのに、心が重たくて仕方がない。
目を閉じると父が語りかけてくるのだ。
お前にそんな機能は要らないと。
あー、ああ、まずいまずい。
本格的に、自信が、なくなる。
「ディーノ」
「ん?」
「オレ、ダメかも」
「……なんで?」
「父親がさ、あれだろぉ」
「うん」
「オレも、子供の事殴ったりするかも」
「子供のお前を殴ったのは、お前の親父だろ?お前じゃない」
あやすように頭を撫でる手は、自分のものより大きくて暖かい。
安心するそれを求めて、気付けば肩にすり寄っていた。
「お前がそんなことしそうになったらオレが止めるよ。オレが危険なことしそうになったら、お前が止めてくれよな?」
「……任せろ」
「よし、なら大丈夫!な?」
頭を撫でていた手が、するりと首筋まで落ちてくる。
ディーノと見詰め合う形に固定されて、真っ直ぐな目でそう言われたら、本当に大丈夫な気がしてくる。
オレが一つ頷けば、ディーノは触れるだけのキスをして、そのまま少し離れた。
「……ずりぃ」
「なにが?」
「そんなんされたら、普通に好きになんだろ。お前はずるい」
「ほー、惚れ直した?」
「うるさい!」
絡んでこようとする馬鹿を手のひらで押し返して、飲み物でも用意しようと席を立った。
ディーノが机の上に広げた書類の横にカップがあったけれど、既に中は乾いてしまっている。
「あ、飲み物ならオレがやるって!お前は座ってろ……」
「これくらい平気に決まってんだろうがぁ!少しくらい動かせろよ。本当にダメそうならちゃんと休む」
「む、それならまあ」
どいつもこいつも過保護になってくるのだけは、どうにも面白くなくて、今日なんてただでさえ外の仕事をさせてもらえなかった上に、内勤も粗方取り上げられてしまい、一日中本当にオレしかできないような些末な仕事しか出来なかったのだ。
つまらない、というか、少し寂しかった。
これくらいは自分でやりたいのだ。
というか飲み物淹れることすらさせてもらえないなら、オレは逃げ出す。
動けないと鮫は死んじまうんだぞ、もっと気を使いやがれ。
「ん、ありがとな。やっぱお前に淹れてもらうのが一番美味いや」
にへらっと笑ったディーノに満足して、オレもコーヒーを啜る。
「うっしゃ、仕事も一段落付いたし、そろそろ本題に入るか」
「あ"あ、対外的な発表の内容と、」
「今後のヴァリアーでの仕事について、後は……」
一つ一つの事柄を慎重に話し合う。
一歩間違えば、裏社会全体に影響が出かねない。
今更ながら、とんでもないことになったと実感した。
嵐のようなスピードで世界が変わっていってしまう。
手のひらの下にある生命は、まだ小さすぎて本当にいるのかさっぱりわかんねぇが、少なくとも自分の周囲を一変させる程度の影響力があるのだ。
「あ、そうだ。一つ相談があってさ」
そんな台詞にはっと顔を上げた。
目で続きを促すと、こちらを安心させるように一つ頷き、相談内容を口にした。
「ツナ達には、オレらの口で直接伝えたいんだ」
「……オレも、かぁ?」
「当たり前だろー?お前だってツナ達とは仲良くしてるんだし、直接言っておきたいだろ?」
「別に仲が良い訳じゃ……」
ないけど、確かに一理ある。
世話になった相手は他にもいるけれど、イタリアにいる奴らには既に、可能な限り話はしてある。
他の国にいる知り合いで、そういう話をしても大丈夫な相手には、メールや手紙で知らせてはいる。
沢田達にも、そうして知らせるつもりだった。
だが、アイツらには随分と世話になったし、何だかんだで関わりが深い。
「そう、だなぁ。でも、この時期に飛行機に乗るのは」
「だから、ツナ達のことをこっちに招待してーなぁ……と」
「ああ、そういうことか」
わざわざ来てもらうのは悪いけれど、アイツらが迷惑でないのならば、オレ達は精一杯もてなして、しっかり報告するだけだ。
そう、報告を……。
「は……はずかし……」
「あはは、確かにちょっと照れるよな」
今さら面と向かって何て話せば良いんだか……。
「アイツらに何て話すかは、また明日話そう。……さて、もう遅いし今日は休め。泊まってくだろ?」
「あ"?もうこんな時間かぁ。そだなぁ、明日休めって言われたし、泊まってく」
言われてみて腕時計を確かめると、既に11時を回っている。
「シャワーまだだろ?ほら、タオルと着替え」
「ん"ー、お前は?」
「オレはまだ仕事残ってるから」
「先入っちまえば良いのに」
「お?一緒に入るか~?」
「やだ」
「んだよケチー」
タオルと着替えを受け取る。
そう言えば、いつからかこの部屋にオレ用の着替えやら、シャンプーやらと、私物が増えていた。
机に並ぶコップも、色違いのセットになってて、ある日遊びに来たら用意されてたやつだった。
「……出た」
「おー、先寝てて良いからな~」
特に何か話すわけでもなく、ディーノは仕事をして、オレは髪を乾かして、それぞれの時間を過ごしてる。
何気ない時間を共有して、小さな生活の痕跡を積み重ねていって、まるで暗殺も暴力も初めからなかったみたいな、平穏な生活。
「ん?どした?」
「何でも、ないけど」
ディーノの背中に寄り掛かる。
確かな熱と息遣いが、夢じゃない、現実の事だと自覚させてくれる。
幸せ、というものに不安になってしまうことも、臆病になってしまうのも、自分の悪い癖なのだとわかっているつもりではある。
「今日は甘えただなぁ」
「……ごめん」
「何言ってんだよバーカ。普段そういうのがない分、こういうたまの甘えが可愛いんだろ?」
生意気なことを言いやがる。
手を引かれて、腕の中におとなしく収まる。
心臓の音と、温かさと、優しく撫でてくれる手のひら。
不安になってしまうオレに、こいつはいつだって辛抱強く付き合ってくれるし、こうして温かく包み込んでくれる。
この平穏も、温もりも、新しい命も、オレは与えてもらうばかりで、何も返せていないんじゃないか。
「……本当は、スペルビが子どもをおろすって言うんじゃないかと思ってた」
「それは……」
思わなかったと言えば、嘘になる。
皆が喜んでくれて、自分でも何だか頭が痺れたようになって、ただ反射的に祝う言葉へ感謝を返していた。
おめでたいことなのだから、嫌だと思うことはおかしいと、その存在を拒否することは許されないと、思った部分もある。
「辛くはないか?」
「辛くなんかない」
心配そうな顔に、真っ直ぐ視線を向ける。
そうだよ、怖いよ。
子が出来た事だけじゃなくて、その未知の存在が、自分に及ぼす影響が怖くて不安で仕方ない。
「怖いけれど、お前が支えてくれると言った。だから、産める」
ディーノだけじゃない。
昔のオレには出来なかったかもしれないけれど、今はちゃんと、仲間達がオレを支えてくれると、信じて戻りを待ってくれると、理解できる。
「辛くない。望んで、選んだことだ。……オレは、お前に頼りきって、与えてもらうばかりで、情けないけど、頑張る。頑張って、産んで、『母親』って奴になってやる」
「与えてもらうばかりって……お前なぁ。子ども出来たことも、産むことも、お前がいなきゃ出来なかったことだぜ?二人いたから、家族が出来たんだ。そんな一方的な関係なわけないだろ」
「っ!そ、それは、そうかも……だな」
「まだ不安か?」
「だい、じょうぶ」
「よし、じゃあ、夜更かししないで、早く休め。一人で寝れるか?」
「ガキ扱いにすんじゃねぇ。お前のベッドなんてオレ様が占領してやるバーカ」
ムカついて尖らせた口を、むにっと摘ままれる。
八つ当たり気味に頭突きをかまして、宣言通り奴のベッドを奪ってやった。
まずはザンザスに報告する。
子供が出来たので仕事にも影響が出る、と伝えたところ、『……お前、そんな仲の女がいたのか?』と言われる。
違う、オレが産むんだよ、オレが母親の方なんだよ。
言った後でザンザスも気が付いたらしく、一瞬頭上にクエスチョンマークを浮かべた後に、五度見くらいされた。
そんなに見られても困るのだが。
「お前が?」
「ん"?」
「ガキ?」
「あ"あ」
「……世も末だな」
「オレも思わないでもないが酷くねぇかぁ?」
そんなこんなはあったものの、ザンザスにも無事報告し終わり、幹部連中にも伝えることになった。
言った瞬間に十度見くらいされた。
酷くねぇ?
でもちょっと分かってしまう自分もいる。
『え?お前そんな機能あったの?』くらいには思う。
でもあったのだ。
出来たのだ。
出来てしまったのだ。
おめでとう、おめでとうございます、良かったですね。
そんな言葉を浴びながら、1日の仕事を終わらせてアジトを出る。
今日はキャバッローネで、今後の話し合いをする予定になっていた。
運転手の申し出を全部断り(部下全員?から言われたのはぶっちゃけ引いた)、一人で車を走らせた。
幸いにも部下がキャバッローネに乗り込むような事にはならず、オレ達の好きなようにさせてもらえるみたいだ。
送り出すときも比較的平和的に送り出せてもらえた。
「おめでとう、かぁ」
おめでたいこと、なんだろう。
人と人が愛し合って、命が宿って、愛されて……。
おめでたいことのはずなのに、頭を過るのは自分の家族の事ばかりだった。
母親は自分を生んで死んで、兄貴は自分が生まれるよりも前に勝手に死んで、父親は……。
キャバッローネの門を通してもらい、車を止めて屋敷に入れてもらう。
父親は、あの人は壊れてた。
頭ではそうとわかっていたけれど、あの人の育児なんてとても呼べない、酷い行いの数々が思い浮かんで止まないのだ。
一体どれ程殴られただろう。
一体何度罵倒されただろう。
案内を断って一人でディーノの部屋に向かった。
木の重厚なドアを開けて、部屋に入れば、そこにはお待ちかねと言った様子のディーノが座っていた。
「よ、お疲れさんだなスペルビ。体は大丈夫か?わりーな、こっちに来させちゃって」
「おー」
立ち上がろうとするディーノを制して、その隣に腰かけた。
「ん?どうかした?」
「……隣にいても良いか?」
「もちろん」
迷惑になるかもしれないのに、心が重たくて仕方がない。
目を閉じると父が語りかけてくるのだ。
お前にそんな機能は要らないと。
あー、ああ、まずいまずい。
本格的に、自信が、なくなる。
「ディーノ」
「ん?」
「オレ、ダメかも」
「……なんで?」
「父親がさ、あれだろぉ」
「うん」
「オレも、子供の事殴ったりするかも」
「子供のお前を殴ったのは、お前の親父だろ?お前じゃない」
あやすように頭を撫でる手は、自分のものより大きくて暖かい。
安心するそれを求めて、気付けば肩にすり寄っていた。
「お前がそんなことしそうになったらオレが止めるよ。オレが危険なことしそうになったら、お前が止めてくれよな?」
「……任せろ」
「よし、なら大丈夫!な?」
頭を撫でていた手が、するりと首筋まで落ちてくる。
ディーノと見詰め合う形に固定されて、真っ直ぐな目でそう言われたら、本当に大丈夫な気がしてくる。
オレが一つ頷けば、ディーノは触れるだけのキスをして、そのまま少し離れた。
「……ずりぃ」
「なにが?」
「そんなんされたら、普通に好きになんだろ。お前はずるい」
「ほー、惚れ直した?」
「うるさい!」
絡んでこようとする馬鹿を手のひらで押し返して、飲み物でも用意しようと席を立った。
ディーノが机の上に広げた書類の横にカップがあったけれど、既に中は乾いてしまっている。
「あ、飲み物ならオレがやるって!お前は座ってろ……」
「これくらい平気に決まってんだろうがぁ!少しくらい動かせろよ。本当にダメそうならちゃんと休む」
「む、それならまあ」
どいつもこいつも過保護になってくるのだけは、どうにも面白くなくて、今日なんてただでさえ外の仕事をさせてもらえなかった上に、内勤も粗方取り上げられてしまい、一日中本当にオレしかできないような些末な仕事しか出来なかったのだ。
つまらない、というか、少し寂しかった。
これくらいは自分でやりたいのだ。
というか飲み物淹れることすらさせてもらえないなら、オレは逃げ出す。
動けないと鮫は死んじまうんだぞ、もっと気を使いやがれ。
「ん、ありがとな。やっぱお前に淹れてもらうのが一番美味いや」
にへらっと笑ったディーノに満足して、オレもコーヒーを啜る。
「うっしゃ、仕事も一段落付いたし、そろそろ本題に入るか」
「あ"あ、対外的な発表の内容と、」
「今後のヴァリアーでの仕事について、後は……」
一つ一つの事柄を慎重に話し合う。
一歩間違えば、裏社会全体に影響が出かねない。
今更ながら、とんでもないことになったと実感した。
嵐のようなスピードで世界が変わっていってしまう。
手のひらの下にある生命は、まだ小さすぎて本当にいるのかさっぱりわかんねぇが、少なくとも自分の周囲を一変させる程度の影響力があるのだ。
「あ、そうだ。一つ相談があってさ」
そんな台詞にはっと顔を上げた。
目で続きを促すと、こちらを安心させるように一つ頷き、相談内容を口にした。
「ツナ達には、オレらの口で直接伝えたいんだ」
「……オレも、かぁ?」
「当たり前だろー?お前だってツナ達とは仲良くしてるんだし、直接言っておきたいだろ?」
「別に仲が良い訳じゃ……」
ないけど、確かに一理ある。
世話になった相手は他にもいるけれど、イタリアにいる奴らには既に、可能な限り話はしてある。
他の国にいる知り合いで、そういう話をしても大丈夫な相手には、メールや手紙で知らせてはいる。
沢田達にも、そうして知らせるつもりだった。
だが、アイツらには随分と世話になったし、何だかんだで関わりが深い。
「そう、だなぁ。でも、この時期に飛行機に乗るのは」
「だから、ツナ達のことをこっちに招待してーなぁ……と」
「ああ、そういうことか」
わざわざ来てもらうのは悪いけれど、アイツらが迷惑でないのならば、オレ達は精一杯もてなして、しっかり報告するだけだ。
そう、報告を……。
「は……はずかし……」
「あはは、確かにちょっと照れるよな」
今さら面と向かって何て話せば良いんだか……。
「アイツらに何て話すかは、また明日話そう。……さて、もう遅いし今日は休め。泊まってくだろ?」
「あ"?もうこんな時間かぁ。そだなぁ、明日休めって言われたし、泊まってく」
言われてみて腕時計を確かめると、既に11時を回っている。
「シャワーまだだろ?ほら、タオルと着替え」
「ん"ー、お前は?」
「オレはまだ仕事残ってるから」
「先入っちまえば良いのに」
「お?一緒に入るか~?」
「やだ」
「んだよケチー」
タオルと着替えを受け取る。
そう言えば、いつからかこの部屋にオレ用の着替えやら、シャンプーやらと、私物が増えていた。
机に並ぶコップも、色違いのセットになってて、ある日遊びに来たら用意されてたやつだった。
「……出た」
「おー、先寝てて良いからな~」
特に何か話すわけでもなく、ディーノは仕事をして、オレは髪を乾かして、それぞれの時間を過ごしてる。
何気ない時間を共有して、小さな生活の痕跡を積み重ねていって、まるで暗殺も暴力も初めからなかったみたいな、平穏な生活。
「ん?どした?」
「何でも、ないけど」
ディーノの背中に寄り掛かる。
確かな熱と息遣いが、夢じゃない、現実の事だと自覚させてくれる。
幸せ、というものに不安になってしまうことも、臆病になってしまうのも、自分の悪い癖なのだとわかっているつもりではある。
「今日は甘えただなぁ」
「……ごめん」
「何言ってんだよバーカ。普段そういうのがない分、こういうたまの甘えが可愛いんだろ?」
生意気なことを言いやがる。
手を引かれて、腕の中におとなしく収まる。
心臓の音と、温かさと、優しく撫でてくれる手のひら。
不安になってしまうオレに、こいつはいつだって辛抱強く付き合ってくれるし、こうして温かく包み込んでくれる。
この平穏も、温もりも、新しい命も、オレは与えてもらうばかりで、何も返せていないんじゃないか。
「……本当は、スペルビが子どもをおろすって言うんじゃないかと思ってた」
「それは……」
思わなかったと言えば、嘘になる。
皆が喜んでくれて、自分でも何だか頭が痺れたようになって、ただ反射的に祝う言葉へ感謝を返していた。
おめでたいことなのだから、嫌だと思うことはおかしいと、その存在を拒否することは許されないと、思った部分もある。
「辛くはないか?」
「辛くなんかない」
心配そうな顔に、真っ直ぐ視線を向ける。
そうだよ、怖いよ。
子が出来た事だけじゃなくて、その未知の存在が、自分に及ぼす影響が怖くて不安で仕方ない。
「怖いけれど、お前が支えてくれると言った。だから、産める」
ディーノだけじゃない。
昔のオレには出来なかったかもしれないけれど、今はちゃんと、仲間達がオレを支えてくれると、信じて戻りを待ってくれると、理解できる。
「辛くない。望んで、選んだことだ。……オレは、お前に頼りきって、与えてもらうばかりで、情けないけど、頑張る。頑張って、産んで、『母親』って奴になってやる」
「与えてもらうばかりって……お前なぁ。子ども出来たことも、産むことも、お前がいなきゃ出来なかったことだぜ?二人いたから、家族が出来たんだ。そんな一方的な関係なわけないだろ」
「っ!そ、それは、そうかも……だな」
「まだ不安か?」
「だい、じょうぶ」
「よし、じゃあ、夜更かししないで、早く休め。一人で寝れるか?」
「ガキ扱いにすんじゃねぇ。お前のベッドなんてオレ様が占領してやるバーカ」
ムカついて尖らせた口を、むにっと摘ままれる。
八つ当たり気味に頭突きをかまして、宣言通り奴のベッドを奪ってやった。