白金の福音

「おめでたです」
「……オ、メデタ」
「はい」
「……え、新しい病気?」
「いや、だから」
妊娠してます。
おめでとうございます。
その言葉をやっとの思いで噛み砕き、飲み込み理解して、オレはそっと意識を手放した。
オレは今……お母さんと言うものになっている。



 * * *



そうなる可能性がなかった訳じゃない。
まあ恋人同士だし?
お互い若いわけだから、まあベッドでニャンニャン……あ?古い?うるせぇわかりやすくて良いだろうが。
とにもかくにも、俺達は世に言う『ヤればデキる』ってもんを為しちまったって事のようで。
おかしいな?一応避妊はしてたはずなんだが……?
うん、現実を認めたくなくて、ここに来るまで何度か現実逃避を繰り返した。
そして目の前の光景に繋がるわけだ。
「スペルビ、オレと結婚してくれ」
「……」
「スペルビ?」
「――現在この電話は使われておりません。番号を確認して」
「おーい目の前目の前!」
ciao!オレの名前はスクアーロ!こっちは黒猫のディーノ!
ちょっとお茶目なイタリアの普通のマフィア幹部なの!
「現実逃避をしない!ちょっと落ち着けっつーか……ああいや、いきなり色々あって混乱してるのはよくわかるんだが」
「混乱なんてしてない。ただオレはこれから魔女になるために修行の旅に出なくちゃならないんだ」
「おおおい!キャラ、キャラ!わかったから一旦落ち着いてコーヒーでも飲もう!オレが悪かったから!」
強引にソファーに座らされて、すぐに目の前にコーヒーが差し出される。
熱々のそれを、砂糖もミルクも入れずに一口飲んで目の前を見た。
当たり前だが目の前の男は黒猫でもなければ魔女の相棒でもないへなちょこディーノである。
「……オレ魔女じゃなかった」
「知ってる」
神妙な顔で頷いたディーノに、自分が相当追い詰められていたらしいことを自覚する。
なんだよ魔女って、なんだよ普通のマフィアって。
ああ違う違う、そんなことよりも、今こいつは何て言った?
「落ち着いた?」
「……あ"あ」
「現実には帰ってきたな?」
「まあ」
「具合悪いとかはないな?」
「平気だぁ」
「さっきの話なんだけどさ」
「……おう」
さっきの話ってのはやっぱり、『結婚してくれ』っていう、あれのことだ。
結婚、けっこん、ケッコン……。
自分の人生に関わってくるとは思いもしなかった言葉に、またもや思考が停止しかけるが、乱暴に頭を振って阻止する。
「本当はもっと早く言わなきゃならなかった……。まあ、言ってはいたけど、お前はその話題避けてたみたいだし、オレもつい……ごめんな」
「お前は悪くねぇだろぉが!……オレが、逃げてた。……わりぃ」
気まずい沈黙が流れる。
そうなのだ、今までその話題が上がることがなかった訳じゃない。
ディーノは真剣にオレとの付き合いを考えてくれていたし、それを言葉にもしてくれていた。
向き合えないでいたのはオレの方なのだ。
自分がこいつの隣に立つことが、悪い物事を呼び込むことに繋がるんじゃ?
そもそもオレは暗殺者なのだ。
相手もマフィアとはいえ、曲がりなりにもボスで、表社会にも立つ身なのだ。
きっと釣り合っていない。
そんなことディーノだって覚悟の上だったのだろうに、見苦しく言い訳して逃げ続けていた。
きっとここが潮時なのだ。
今この時だけは、ちゃんと逃げずに、向き合わないといけない。
「遅くなっちまったけどさ、オレの隣に、ずっといてほしい。オレのことを支えてくれ。オレに、支えさせてくれ」
「……念のために聞くが」
「うん?」
「現役の暗殺者を……それも裏じゃ名の知れた、別組織の暗殺者を、自分の一番近い場所に置くことの意味を、ちゃんと考えているんだな?」
「当たり前だ。オレだって馬鹿じゃない。身分を隠してもらわないとならないかもしれねぇし、酷い言葉を掛けられたり、酷い扱いを受けることもあるだろう。……でも、何があろうと、オレが守る」
「……馬鹿野郎がぁ、オレは大人しく守られてやるほど可愛い性格してねぇよ」
「ふふ、まあそんなとこにオレは惚れたんだよ。お前となら、大丈夫だって思った。そんなお前と共にいたいと思った。だから、オレと結婚してほしい」
「……子供産むだけなら、わざわざ婚姻を結ぶ必要はないんだぞ。このままの関係でも、構わないんじゃあないか」
「これはあくまで切っ掛けなんだ。オレは、これからの人生を、お前と二人で共有して生きていきたい」
こいつは、オレの心配ばかりをしていやがって、オレと結婚することでキャバッローネのブランドが落ちることとか、自分が心ない言葉を浴びせられる可能性とかを考慮していないんだろうか。
……いや、考えてない訳じゃないのか。
考えて、でも大した障害とは思っちゃいないんだ。
それよりも、ああもう、ちくしょう、ここまで言われて、ここまで想われて、断るのなんて出来ねぇよ。
「……する」
「ほ……ホントか!?」
「こんな状況で嘘つくかよ……。結婚、する。お前の、これからの人生の半分になってやる」
興奮して立ち上がりそうになったディーノに、ピッと人差し指を突き付けた。
「後悔すんなよぉ?」
にっと笑って脅してやるのは、オレの精一杯の強がりだった。
「するわけねーだろ!うん、うん……やっべ、めちゃくちゃ嬉しい……」
涙ぐんで立ち上がり、顔一杯に嬉しそうな笑みを浮かべるディーノに、自分が本当に結婚するんだとじわじわ実感が広がってくる。
嬉しそうにオレの手を取って、ニコニコと笑みを絶やさない彼に、オレはふと思い付いたことを口にした。
「そう言えば、オレ、ヴァリアーの連中にまだ何も言ってねぇんだが」
「ん?うん」
「上手い言い方考えねぇと、部下がお前のこと殺しに来るかもしれねぇ……」
「うん……うん?はあ!?」
いや、アイツら最近過保護に磨きがかかってきたっつーか、オレのことをなんだと思っているのかわからねぇが、どうにもガキ扱いしてくると言うか、オレと恋人関係にあるディーノのことを敵視して止まないのである。
アイツらやべぇよ、だってディーノの来る日にウチの廊下に大量のトラップしかけられてたんだぜ。
アイツらやべぇよ。
変な説明したら潔癖の気があるアイツらに殺されかねないだろ。
アイツらやべぇよ……。
オレのことを何も知らない幼女か何かだとでも思ってるんじゃないか。
「お前の部下なんなの?モンペ?」
「ペアレント(親)じゃないけどな。オレもたまにそうなんじゃねぇかと思っちまう……」
その後めちゃくちゃ上手い説明を考えた。
説明は……たぶん上手くいったと思う。
2/23ページ
スキ