朱と交われば

「で、一年間の謹慎期間を、スクアーロの療養期間に当てて、その間を日本で過ごすと」
「ああ」
「ああ、じゃないよ!その間の監視がオレって何!?」
「任せた」
「簡単に任せないでくれない!?」

目の前に座る二人。
あの日、ぐったりとベッドに横たわり身動きひとつ取らなかったスクアーロと、そんな彼の事を知りたいと言ったXANXUS。
二人が元気になって訪れてきたことについて言えば、喜ばしいことである。
だがしかし、『結婚』と言ったか?
というかコヨーテ……さんの娘とも言っていた気が……?
いったい全体、何がどうしてそんなことになったんだ。
それを聞きたくて、まずは二人を自分の部屋に通したけれど、聞いた話にまたも頭を抱えるはめになった。
知り合いのゴールインは良いことだ。
でも待ってほしい。

「え……女の人……?」
「……その、まあ、そう」
「……いつから?」
「さ、最初からだぁ!性転換とかじゃなくて……」
「隠してたんだろ」
「う゛……悪かったな……。隠してたことも……それ以外も……ご、めん……」
「いや、別にそれは良いけど……」

酷く塩らしい様子のスクアーロに、むしろ綱吉の方が申し訳ない気持ちになってくる。
XANXUSが怖い顔でこちらを見てくるのも原因の一つだろうが、なんだか居たたまれない気持ちになってくる。

「でもその、元気になって良かったです……?」
「何で疑問系なんだよ……。つーか、お前よく敵を家に上げたな」
「え!あ、本当だ!」
「……」

スクアーロの据わった目がこちらを見てくるけれど、確かに今更ながら、自分の命を狙っていた男と、その腹心を自分から招き入れている。
今考えたら、いつ殺されたっておかしくない状況だ。

「こ、こんなところで暴れるなよ!?」
「……オレだってそんな無茶苦茶はやらねーよ」
「よ、よかった……」
「ザンザスは知らないけど」
「ひぇっ!」

話を振られたXANXUSが、綱吉の悲鳴ににたりと口角を上げた。
ずざざっと効果音が付きそうな勢いで後退った綱吉がツボに入ったらしく、そのままクツクツと喉を鳴らして笑い出す。
こいつこんな性格だったっけ?と一瞬思うが、笑ってようが怒ってようが、怖いことに代わりはない。
彼の笑い声は、まるで地獄から響いてくるようである。

「そ、それにしても、何で日本?別に休むならイタリアでも……」
「イタリアより日本の方が知り合いが少ない。それに、次期後継者の見張りがある分、9代目も安心するだろぉ」
「9代目ぇ……」

またもや丸投げされた案件に、綱吉はしくしくと痛み始めた胃をさする。
辛い、9代目からの信頼と丸投げが辛い。

「でも、どこに住むの?」
「この家の向かい。ちょうど空き家になってて」
「あ、あ~あそこ……。えっ、本当に真向かいじゃん!」
「……迷惑かける」
「い、いや、迷惑な訳じゃ……。でもオレ、監視なんてなにすれば良いんだ?」

しゅんと肩を縮めたスクアーロに、慌てて手を振って否定する。
しかし迷惑と言っても、自分が何をすれば良いのかすらわからない現状、彼らに対してどう感情を向ければ良いのかすらわからない。

「とりあえず毎日生存確認しとけば良いんじゃねーか?」
「いや適当!か、監視なんでしょ?外出るときに一緒に行く、とか?」
「はあ?鬱陶しいだろうがドカス。ついてくんじゃねぇ」
「監視全否定じゃん!!どうすりゃ良いんだよリボーン!」
「監視なんて格下のやる仕事、オレが知るわけねーだろ」
「それ暗にオレの事格下って言ってるよね!!?」

結局リボーンは全部ほっぽりだして昼寝を始めてしまい、オレは一人で二人と向き合うことになる。

「え、えっと、お茶でも……」
「いや、今回は挨拶に来ただけだぁ。もう帰る」
「そっか。あ、じゃあ家に戻るんだよね!なんか手伝うこと……」
「ツナー!獄寺君と山本君来てるわよ~」
「えっ!」
「10代目~!お邪魔します!」
「上がるぜツナー!」

馴染みの二人の声に、はっと目の前を見た。
この間ぶつかったばかりの敵、×2。
ヤバイ。
特に獄寺君が。
二人が入る直前に、慌ててドアを閉めて背で押さえた。

「ちょっ!ちょちょっ、ちょっと待って!」
「10代目?どうかしたんすか?」
「いま!今ランボが散らかした片付けしてる!」
「ランボさん今日はツナの部屋入ってないもんね!ツナの嘘つき!」
「げっ!ランボ!?」

吐いた嘘が速攻でバレる。
どうしようと目で頼るのは家庭教師だが、彼は絶賛お昼寝中である。
原因の二人へと視線を映す。
スクアーロは非常に申し訳なさそうな顔をしていて、どこか共感さえ覚えた。
XANXUSは面倒くさそうに鼻を鳴らして、スクアーロの手を取って立ち上がった。

「言うことは言った。帰るぞ」
「あ、おい」
「ええええ!ちょ、鉢合わせするんだけど!?」
「知るか、退け」
「うわっ!」

XANXUSに押し退けられてよろけた綱吉を、少し慌てた顔でスクアーロが支える。
ありがとうと言おうとして、綱吉は目の前の光景に意識が飛びそうになった。

「て、テメーXANXUS!?なんで10代目のお屋敷に!」
「XANXUS……それにスクアーロ!元気になったのか!」

山本は元からそこまで強い敵対心は持ってなかった。
心の底から、二人の回復を喜んでいるらしかった。
しかし問題は獄寺である。
XANXUSの姿を認めた瞬間、獄寺は間髪入れずにダイナマイトを構えて戦闘態勢に入る。
そして意外にも、こちら側にヤバイ人物がいた。
絶賛綱吉に手を貸している最中であるスクアーロだ。
どこから出したのか、小振りなナイフを無駄のない動きで振るい、獄寺のダイナマイトをスッパリと切り落とした。
そしてそのままバランスを崩して……というより、傷が痛んだのか顔を歪めて、ふらりと倒れかかる。
XANXUSがそれを支えたところで、ようやく綱吉は制止の声をかけることができた。

「ストーップ!!獄寺君止まって!あとスクアーロも!ていうか大丈夫なの!?」
「……平気だ」
「平気じゃないよね!歯、食い縛ってんじゃん!」
「10代目!どういうことっすか!こいつら何で日本に!」
「説明するからちょっと落ち着いて!ってXANXUSどこ行くの!?」
「帰る」
「マイペース!!」

綱吉のツッコミが冴え渡る。
XANXUSはスクアーロが自力で立ったのを見届けると、一応背中を支えながら階段へと向かっていく。
相変わらず獄寺が威嚇する猫のように敵意を飛ばしてるが、そんなことはまるっと無視する気のようだ。
彼らの前を通り過ぎる時、スクアーロが一瞬立ち止まり、迷うように視線を泳がせてから、目を合わせないまま小さな声で呟いた。

「この、間は、すまなかった」
「……は?」
「お前らを利用して、挙げ句縛り上げたこと、だ。悪かった、な」
「おー、オレは全然気にしてねーって!とりあえず、スクアーロの怪我が治って良かったのな!」
「野球バカ!こいつら敵だってわかってんのか!?」
「でも事情があったんだろ?しかたねーって!」
「おっ……前はー!!」
「獄寺君落ち着いてー!!血管切れるってホント!」

またもやバタバタとした喧騒が訪れる。
でもいつも通りのその喧騒に、どこかホッとしている自分がいた。
スクアーロが、山本の方を見て、やはりあまり大きくない声で話し掛ける。
もしかしたら、大声が傷に響くのかもしれない。

「雨のリング争奪戦で、オレがお前に言ったことは、覚えているか」
「え。ああ……覚えてる」
「……あれだけは、謝らねぇからな」

山本に言ったこと、といえば、終わった後、覚悟がないとか、痛みを知らないとか、甘さを捨てろとか。
思わず言い返そうとした綱吉を制したのは、張本人である山本だった。

「オレも、あれを取り消されたくない」
「……甘さが捨てられねぇなら、剣を捨てろ。2つに1つだ」
「出来ねーな」
「なに?」
「甘かろうが綺麗事だろうが、オレはオレの信じる仲間の為に、剣を捨てない。戦い続ける。その為にも、強くなりたい。……強くなる!」
「……」
「なあ、傷が完全に治ったら、オレと試合してくれよ!スクアーロの剣を、もっと知りたい!」
「ちょっ、山本!」

謝りに来たとは言え、元は敵だし、彼らは暗殺者だ。
あまり馴れ馴れしくするのは、と慌てて止めに入る。
だがそんな心配を他所に、スクアーロはこの日はじめて、薄く笑みを浮かべた。

「……そうだな。治ったら、肩慣らしに付き合え」
「おう!」
「行くぞ、カスザメ」
「ああ、待たせてごめん」

二人が階段を降りていく。
『二人とも元気そうで良かったなー』などとカラカラ笑う山本に、真に凄いのは天然か、と拍手を送りたくなった。
その後二人に説明をし、『10代目のお手を煩わせるなんて……あいつら果たしてきます!』と言って立ち上がった獄寺の説得に夜までかかったが、何だかんだで今日も平和な並盛の一日は、こうして穏やかに過ぎていくのであった。
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