朱と交われば

それは、冬を感じさせる木枯らしが吹く日だった。
小さくくしゃみをした彼女に、自分のコートを被せ、その手を引いて歩く。
見えてきた家の前に立って、インターホンを鳴らした。

「はーい!」

少年の声がそれに答える。
彼女は隠れるように自分の背に立ち、ひっそりと息を潜めていた。

「どちら様です、か……」
「相変わらず間抜け面晒してやがるな、チビが」
「ざ、ざ、ざ……!XANXUSー!!?」

嘲笑うように鼻を鳴らしたオレに、沢田綱吉が飛び上がって驚き、そのまますてんと転けて尻餅をつく。
後から来たリボーンは、いつも通りのポーカーフェイスで二人を出迎えた。

「よく来たな、XANXUS。それに……」
「……スカルラット、ヌガー」

背に隠れたまま、彼女が名前を口にする。
相変わらず、その偽名は不服らしく、その顔にはありありと不満の色が浮かんでいた。

「え、え?どういうこと!?」
「昨日言ったばっかだろツナ。XANXUSが結婚決めて、日本に住むことになったから、お前が二人を監視しろってな」

結婚の言葉に、スカルラットが身を固くしたのがわかった。
自分でも、相当強引に話を進めた自覚はあるが、まだ緊張しているのか。
いい加減に諦めろと視線を向ければ、恨みがましそうな銀色の目とかち合う。

「だってこの人!スク……うわぁ!?」

とんでもないことを言い出そうとした沢田に、思わず勢いよく拳を振るっていた。

「スカルラットだ」
「え、でも」
「スカルラット・ヌガー、だ」
「は、はい……」

沢田が戸惑うのも、無理はないのだろう。
銀色の髪、銀色の目、鋭い瞳に、抜けるような白い肌。
髪を短くさせたとはいえ、そこにいるのは間違いなく、スペルビ・スクアーロその人なのだから。


 * * *


「養子……?」
「ああ、オレの養子になってほしい」

真剣な顔でふざけたことを言ってきたコヨーテに、オレは今度こそ自分の耳がおかしくなったんじゃないのかと疑った。
自分のボスを殺そうとした相手を前に、彼は事もあろうに養子に来いと言っているのだ。

「冗談きついぜ、おっさん」
「オレは本気だ。それに、裏切り者のスクアーロが生きていると知られずに、お前が生活するためには、これは最低条件だ」
「な……」

寝て覚めたら傷が全部治っていたり、忠誠を誓っていたボスから口説かれたり、自分は死んだことになってると聞いたり、立場的に敵とも言える男から養子の誘いを受けたり、いったいオレの世界はどうしてしまったのだろう。
なにも言えずに固まっていると、背後に立っていた男から声がかけられる。

「お前を救えたのに救わなかった、止められたのに止めなかった、その男なりの詫びだ。受け取れ」
「ザンザス、お前……何を企んでいるんだぁ?」

詫びなんて要らない。
ただ、殺してほしくて、最後の最後でこいつを呼んだ。
わざわざCEDEFからの通信に装って、この男を呼びつけたのは、その為だった。
こいつなら、と思って呼んだ、あの時のオレを殺してやりたい。
結局こいつも、オレを殺してはくれなかった。

「9代目の隠した秘密に気が付けず、お前達の暴走を止めてやれなかった。まだお前達が子供だったとわかっていたはずなのに、その優秀さにかまけて、オレ達は大事なところを見なかった。何より、お前を助けてやれなかった。お前の覚悟を邪魔できない、なんて言い訳でしかない。あの時、ぶん殴ってでも助けてやれば良かったと、後悔している」
「……だから、オレに人並みの暮らしを保証するって?そんなの、信じられるか……」
「ヴァリアーは、一年の謹慎期間を挟んで、再びXANXUSが率いることになる。XANXUSはヴァリアーを、ボンゴレ9代目直属の暗殺部隊として改め、今後はその全てを捧げるとした」
「なっ……!」

振り向いてザンザスを見上げる。
しれっとした顔でそっぽを向かれて、なにも言えないまま、再びコヨーテに視線を戻す。

「要するになスクアーロ、お前の事をこうまでしてでも、離したくないんだよ」
「そんな、こと、言ったって……」
「ここまでするのは、惚れた女の為に他ならねぇ。違うか?」
「……っせぇ」
「ふっ、そう拗ねるなよ。なあスクアーロ、オレ達はこの契約の証に、XANXUS本人と、オレの娘……つまりお前を、結婚させたいと思っている」
「……はあ!?」
「細かいことはこちらに任せろ。挙式は出来ねぇが、お前らの今後の生活については、うまくやるさ」

茶目っ気たっぷりに、こちらにウインクを飛ばしてきたゴリラを、オレは生涯憎み続けるだろう。
反論しようと開いた口は、結局言葉を放つことができなかった。
立っていたザンザスが、オレの目の前に膝をつく。

「スクアーロ」
「な、あ……」
「オレの嫁に来い」
「なに、いって……」
「必ず、幸せにする」
「っ~~!!」

不覚にも、顔が真っ赤に染まっているとわかった。
ベッドに座るオレの前で、ザンザスは答えを待って、じっとこちらを見詰めている。
そんな目で見詰めないでほしい。
オレが、オレなんかが、ザンザスと結婚?
それも、オレのために自分の人生を全てボンゴレに捧げるような契約までして。

「馬鹿じゃ、ねーの」

こんなことしても、オレの生存がバレずに過ごせる確証はない。
こんなことしても、他のマフィアからの疑惑の目は免れない。
こんなプロポーズしたって、こんな……こんな……。

「死にたいと、思ったんだぞ」
「聞いた」
「お前の事刺して」
「治ったら覚えとけよ」
「お前らの事裏切って」
「オレ達の為だろ」
「お前が思ってるより、オレは手を汚してる」
「だからなんだ」
「きれいな体じゃない」
「オレはそれでもお前が良い」
「また裏切るかも」
「そんなこと二度とさせるか」
「っ……女らしくもない、無愛想で、魅力もない」
「うるせーぞ、カスザメ」

ザンザスはおもむろに立ち上がったかと思うと、オレの頭を引っ付かんで逃げられないようにする。
彼の顔が目と鼻の先にある。

「このオレが、お前が良いっつってんだろうが。お前はただ一言、ハイと言え」

酷い暴論だ。
ふざけるなと、言い返してやれれば良かったけれど、そんな簡単な言葉が出てこない。
ーー君の理想の結末はなんだい?
どこかでそう問いかけられた気がする。
ーー怖がらずに、一歩を踏み出せ
怖いよテュール。
オレの決断が、未来を歪めてしまう気がするんだ。
それでも、背中を誰かに押された気がした。
喉は痛いくらいカラカラに干からびていて、たった一言を絞り出すのも辛かった。
良いんだろうか。
おとなしく死ねば、もう誰も傷付けることは無いんじゃ?
でも、それでも、オレの望む、結末は……。

「は、い……」
「聞こえねえ」
「はい……はい!オレ、で、良いって、ザンザスが、言ってくれる、ならっ……オレは、っ、ふっ……オレ、あんたに一生、ついていきたい……!」

突然横からなにかが突進してきた。
視線を下げると、金髪とティアラ、そして小さなフードの塊。
さらに部屋の入り口に目を向けると、顔を覆って泣く大男とモヒカンが。

「スクアーロ」

呼ばれて見上げた先には、真っ赤な瞳が燃えていた。

「……ありがとう」

馬鹿、だな。
それは、オレの台詞なのに。
オレはまた、ザンザスに手を取られて体を近づける。
捕まれた腕はやっぱり少し痛いくらいで、でもその痛みすらも、温かく感じてしまうのだから不思議だ。
オレは、降ってきた口付けを、目を閉じて受け入れた。
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