朱と交われば

「……で、これは何だ」
「ボンゴレ流クッキングバトル……とか言ってたぞ」

カスザメの口から出た、ふざけた言葉に頭を抱えたくなった。
オレの隣に立ったカスザメは、薄青色のエプロンを着けて、腕捲りをし、気合い十分といった面持ちだ。
オレ達の目の前には、眩い照明に照らされて幾つもの調理台が設置されている。
さらにその向こう、ボンゴレ幹部達に囲まれるようにして、女が数人立っている。
どうやらあれが、カスザメの試合相手のようだ。

「試合は今日を含めて三日間で行われる。今日は料理、そして明日はマナー、明後日は……当日に課題を発表する」

勝負を取り仕切るのはコヨーテらしい。
表面上は淑やかに微笑みながら、その目のぎらつきを抑えきれていない女どもに囲まれて、奴は自信たっぷりの笑顔をカスザメに向けている。
それを受けたカスザメもまた、闘志を露にコヨーテを睨み付けていた。

「今日の料理勝負、作ってもらうのはこれだ!」

コヨーテの助手なのだろうか、横に控えていた雨の守護者、ブラバンダーがボードを掲げる。
そこには、旬の魚を使った料理と書かれている。

「魚はここに用意してある。この中から今が旬の魚を選び、好きなように料理を作ってくれ」
「……随分と大量に用意したなぁ」
「んん?なんだどうした?もしかして旬の魚何てわかんねぇ、とか言うんじゃねーだろうな?」
「それくらい簡単だぁ。そうじゃなくて、こんなに用意して、残った分はどうするんだよ」
「そりゃあ……、余ったら処分になるな」
「贅沢な使い方だな、カスの癖に」

ぼそりと呟いた言葉は、どうやら奴らには届かなかったらしい。
カスザメを馬鹿にするようにガンを飛ばすガナッシュに、カスザメは顔をしかめる。
元々魚料理は奴の好物だ。
わからねぇなんてことは、万が一にもないだろう。
それよりも、奴は食材が余りそうなことを気にしているらしい。
随分と余裕なことだ。

「出場者の中で料理の上手かったもの、5人が選ばれる。ちなみに判定をするのはボンゴレ9代目及びその守護者、そして今回の主役であるXANXUSだ。オレ達それぞれが5点満点で採点をし、合計点数の高さで競う」

採点者が奴らじゃあ、カスザメは相当不利な立場に立たされることになるだろう。
オレは例えカスザメだろうと、奴だけを贔屓して点数を付ける気はない。
奴がどうするのか。
自分の今後がかかっていることだが、楽しませてもらうとしよう。

「では、始め!」

カスザメと、他に女が10人。
競うように魚が置かれた台に駆け寄る女どもは、見ていて醜く思う。
カスザメはその中で一番に台にたどり着き、さっと一匹を取り上げると、すぐに調理場へと戻っていった。
ヴァリアークオリティを変なところで使いやがって、あのバカが。
しかしお陰で良い魚が取れたらしい。
使うのは……タイか。
オレもあれは嫌いじゃない。
肉の方が圧倒的に好きだがな。
奴らに与えられた時間は、1時間半。
そして1時間半後、オレの目の前には色とりどりの料理が並べられていた。


 * * *


「では、審査に移る。出場者は並んで前へ出ろ」

コヨーテの合図に、カスザメ達が一列に揃って前へと出る。
オレの前には数々の料理が盛り付けられた皿が並べられた。
一見美味そうな皿ばかりだったが、僅かに違和を感じた。

「おい、カスザメ」
「ああ」

短い言葉だけで察知して、カスザメが列を抜けて近寄ってくる。
もちろん、それを守護者どもが見逃すはずはなかった。

「おい、お前は大人しく並んでろ!」
「何をする気だ、スクアーロ」
「毒味だぁ。暗殺部隊のボスが、他人の作った料理を毒味もせずに食えるかよ」
「毒味って……暗殺でも疑ってるってのか?ここにいるのは全員、同盟ファミリーの人間だぞ」
「他人は他人だろぉがぁ。それとも、うちのボスが殺されても構わねぇって言うのかぁ?あ"あ?」
「そうは言ってねぇだろうが‼」
「まあ落ち着きなさい、みんな。スクアーロ君に任せようじゃないか」
「くっ……ボスが、言うのなら……」

すごすごと引き下がったカスを鼻で笑う。
今度は聞こえたらしく、ぎろりとこちらを睨んできた。
テメーのボスの息子を睨むとは、躾がなっていないカスだ。
まあ、カスザメも負けじと睨んでいる辺り、こちらも言えたもんじゃねぇがな。

「フォーク、借りるぞぉ」
「ああ」

オレの手元にあった食器を取り上げて、カスザメが一皿ずつ毒味をしていく。
六皿目を口に入れた瞬間、顔をしかめた。

「ぐっ……ごほっ!」
「毒か」
「あ"、あ……。致死毒、らしい。かはっ!げほっ‼」

ナフキンに食べたものを吐き出し、苦しそうに膝をついて咳を繰り返す。
毒はほぼ効かないこいつが、ここまで苦しむってことは、相当強い毒だったと言うことだろう。
目の前にあった水の入ったコップを、カスザメの目の前に押しやる。
一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐにそれを受け取って飲み干す。
ようやく少し落ち着き、立ち上がったカスザメは並んでいた女達の内の一人を睨んだ。
困惑して、怯える女達の中で、そいつだけが目を見開き、冷や汗を流し、じりじりと後ずさっている。

「テメー、嫁候補に紛れてヴァリアーのボスを……いや、ボンゴレのボスや幹部までもを殺そうたぁ、随分と良い度胸してるじゃねぇかぁ」
「わ、私は……そんな、何が何だか……し、知らないのです。毒なんて、身に覚えが、なくて……」
「はっ、なら持ち物検査でもするかぁ?毒を入れた小瓶でも出てきたりしてなぁ」
「そ、そんな、ことは……」

追い詰められていく女を見ながら、奴が毒味していた他の料理をつまむ。
悪くはないが、オレの口には合わなかった。
一番遠くにあった、タイのオーブン焼きを引き寄せ、一口食べる。
シンプルな味付けが、オレの好みのものだった。
やはり、自分の好みをわかった人間の作るものが一番良い。
単純に、奴の料理の腕が良い、という理由もあるのかもしれないが。
オレが料理を食べている間に、カスザメは警備の人間に女を引き渡してきたらしい。
残りの料理を毒味しようと手を伸ばす。
しかし、その手が途中で止まった。
カスザメの顔を窺うと、驚いたような顔をした直後にみるみると顔を紅潮させていく。

「何もたもたしてやがる、カスザメ」
「え……だって、食器が……」
「あ?」
「オレが使ったやつ、使った、のか?」
「はあ?」

恐る恐る聞いてきたカスザメに、オレは手元を見る。
そこには先程飯を食うのに使ったフォークが置いてあった。
オレが食う前には……確かカスザメが使ってたな。

「それが何だ」
「だってオレが使って……そうじゃなくて!それは毒を食べた食器だろうがぁ‼お前体は大丈夫なのかぁ!?」
「テメーが毒を全部舐めたんだろ。平気だ」
「誰が舐めるかぁ!気色悪ぃ!!」
「うるせぇドカス」
「もごっ!?」

喚くカスザメの口に、毒味がまだだった料理を詰め込み黙らせる。
毒はなかったようだが、飲み込みきれずに呻いて転げ回っているのを眺めて楽しむ。
守護者達は、その様子をポカンとしながら見ているだけであった。
9代目だけが、微笑ましいものでも見るような目で、気色の悪い目で、オレ達の方を見ていた。
睨み付けても、ものともしない。
息子を見るような偽善者面が、寒気を感じるほど気味が悪かった。

「どく……ないぞ……」
「はっ、殺し屋は一人だけか」
「あ……ま、まあ無事に見抜けたようで、良かったな。と……とにかく、勝負は続行だ!」
「そうじゃな、それでは、食べるとするか」

顔色の悪いカスザメを置いて、審査が始められた。
数分後に出た審査結果で、圧倒的不利にも関わらず、カスザメは無事に上位5人の中に入った。
そして余った食材を使い、ヴァリアーの奴らへの土産を作って帰ったのだった。
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