朱と交われば
ヴァリアーとイタリアで別れて早一ヶ月。
綱吉達は日本での日常を取り戻しつつあった。
あれから彼らに関する情報はまるでない。
リボーンならば何か知っているのかもしれないが、大きな情報ならばたぶん伝えてくれるだろう。
……たぶん。
「なあリボーン。ヴァリアーの連中のこと……」
「ダメツナが、今はねっちょり勉強タイムだぞ」
「だからねっちょりはやだってば!」
それでも手を止めない辺り、綱吉にも随分と、リボーンの教え子としての性が染み付いて来ているらしい。
どこからか取り出してきたハリセンで、思いきり殴られて涙目になりながらも、綱吉はまだ例の彼らのことが頭から離れなかった。
一ヶ月、スクアーロの目が覚めたとか、ボンゴレでなんかがあったとか、そういう話は全く聞かない。
ボンゴレのボスの座なんて正直どうでも良いし、聞きたくもないけれど、それでも直接聞いて、触れて、知ってしまった彼らのことを、放ってはおけなかった。
「しかたねーな。最新情報をやるから、聞いたら大人しく勉強に戻れよ」
「さ、最新情報!?何かあったの?」
リボーンの小さな口がにっと三日月型につり上がる。
綱吉の脳内では、すぐさま警報が鳴らされ出した。
リボーンがこういう顔をするのは、綱吉が驚くか、怒るか、逃げ出そうとするような、ビッグニュースを持ってきたときだ。
嫌な予感に腰が浮く。
今すぐにも逃げたい。
だがその企みはリボーンの早撃ちで早々に挫かれ、綱吉は顔を真っ青にしながら正座をするはめになる。
「XANXUSの奴、コヨーテの娘と結婚して日本で暮らすらしーぞ」
「……な」
「ちなみにツナには、二人の監視をするように9代目から指令が届いてたぞ」
顎が外れそうな程に、あんぐりと口を開くことしかできないツナに、リボーンはしたり顔でサムズアップする。
暫くの沈黙の後、怒りとも恐怖ともつかない絶叫が並盛町に響いた。
* * *
「……スクアーロ?」
ふと、固く閉じたままだった瞼が動いた気がして、彼女の傍に駆け寄った。
手を握り、声を掛けるが、目を覚ます気配はないし、特に反応が返ってくることもなかった。
もう、こんなことを何度も繰り返している。
スクアーロの傷はあの日と変わらず、身体中を覆い尽くしてその命を蝕んでいる。
ヴァリアーの幹部達は、盛大に愚痴を吐きながらも、一時的にアジトへと帰っていた。
あの戦いの後処理は、ほとんどが事前にスクアーロが手配していたために、たいした仕事にはならなかったが、一度は復活を遂げたヴァリアーを放置しておくことも出来ず、組織の建て直しと運営のために、傷の癒えた者から戻らざるを得なかったのだ。
今は、コヨーテも本部へと出ており、この邸宅にいるのはXANXUSと、スクアーロ。
そして数人の使用人や医者だけだ。
「……髪、傷んできたな」
さらさらと流れる星色の髪は、今は見る影もなく傷んでしまっていた。
ルッスーリアが持ってきた櫛ですいてやろうとしたが、どうにも上手くいかないで、途中で諦める。
持ち込んだ本は読み尽くした。
ベルにもらったゲームは面白くなかったし、レヴィが運び込んだトレーニング器具を使う気分ではない。
伏せるスクアーロの横に肘をついて、祈るようにその手を握り締める。
もしスクアーロが起きたら、こんなオレを見て何て言うんだろうか。
いや、見る前にまず、あいつなら
「手、握りす、ぎ……痛ぇ……」
ああそうだ、まずそんな空気読めねーことを言って来そうだ。
……。
……?
「はっ……ぅ……ここ、どこ……げほっ」
銀色の瞳が見えた。
苦しそうに咳き込む唇が見えた。
目尻を伝い落ちる、涙の粒が見えた。
掠れきってよく聞き取れない、懐かしい声が聞こえた。
手の中で蠢く指を感じた。
「す、く……」
「はあっ、はっ……かはっ……ぅ、あ……」
「っ!い、医者!おい!」
初めの言葉は、ほとんど寝言のようなものだったのかもしれない。
意識の朦朧とした様子で咳き込む姿を見て、慌てて医者を呼びつけた。
自分が、どうすれば良いのかわからない。
医者が駆けつけるまでの間に、スクアーロの隣に立ち竦んで、真っ白になった頭を必死に働かせようとした。
ぜえぜえと苦しそうな呼吸を見て、まずは落ち着かせなければと思った。
肩に手をかけようとした。
背中を撫でてやれば良いだろうか。
体は起こした方がいいのか?
それとも寝たまま大人しく待っていた方が?
混乱のまま、肩に触れようとした手が、強い力ではたき落とされた。
「さ、触るな」
「は……?」
「さわる、な……!」
身を守るように縮こまったスクアーロが、いつの間にか遠くにいた。
怯える動物のような姿に、かつての自分が重なる。
まったく、本当に立場が逆転してしまったらしい。
目覚めてすぐにスクアーロを突き飛ばした自分と、突き飛ばされて呆然としていたスクアーロ。
彼女はその後、自分が生き続ける選択肢を捨てて、XANXUSへと尽くした。
だが、だが、だが……!
「触るに、決まってんだろうがカスザメ!」
「っ!?」
ベッドの隅に蹲る影の腕を掴んで、加減も忘れて引っ張り出した。
勢い余って自分の胸の中まで飛び込んできた彼女の肩を強く引き寄せて、XANXUSは酷く落ち着いた声色で話す。
「二度と、離す気はねぇ」
「え」
「そんなに死にてぇなら、まずはオレを殺してからだ」
「ざん」
「死ぬことも、離れることも、オレは絶対に許さねえ」
「ざ、す」
顔を上げたスクアーロと、見下ろすXANXUSの視線が合う。
次の瞬間、その銀色の目は再びまぶたの奥に消え、そして彼女の体から突然力が抜ける。
「……カスザメ?」
「ちょ、ちょっと何をしているの!目が覚めたばかりの患者を絞め殺す人がありますか!」
「ああ!?」
医者の怒声に固まったXANXUSの腕からスクアーロが回収されて、ベッドの上に寝かされる。
起き抜けに激しく動いたせいで、まだ回復していない傷が痛んだのかもしれない。
苦しそうな顔で横たわる彼女を、医者達が慌ただしく取り囲んで傷の具合を見始めた。
「こ、これは……?」
「先生、この傷……!どうして……」
「先生!こちらの傷を見てください!」
「ど、どう言うことなの!?」
「おい、どうした」
スクアーロの服をめくった医者達が、俄にざわめきたつ。
尋常でないその様子に、苛立たしげな声で訊ねた。
何か不味いことでもあったのか。
だが、医者から返ってきたのは予想もしなかった答えだった。
「傷が……傷がすべて、治っているんです!」
「……どう言うことだ」
「それが我々にも……。今朝の時点では確かに、身体中を傷が覆っていたのに、それらの傷がすべて塞がっています。跡が酷いですし、深い傷は中まで治っているか詳しく検査してみなければわかりませんが。……まるで、時間が早送りされたみたいに、傷が塞がっています」
医者の言葉に、絶句した。
いったい何がどうして、こんな不可思議な現象が起きたのだろう。
「……傷は、少なくとも表面上は治っているようです。ですが内臓に負っていたダメージが消えているのかはわかりませんし、熱がかなり高い。今は一時的に眠っているようですが、起きたときには、かなり苦しむでしょう。……そばに、ついていてあげてください」
言われて、反射的に頷いた。
詳しい検査は起きて熱が落ち着いてからすると言う。
いくつか書類にペンを走らせた医者が、XANXUSに頭を下げて部屋を出ていく。
ベッドの上のスクアーロは、額に汗を浮かべて苦しげに息を吐き出していた。
首筋に手を当てると、体温が異常に高いことがわかる。
ナースが、氷嚢や冷却シートを持ってきた。
額にシートを張られても、首筋を冷やされても、スクアーロの顔色は良くならない。
触れるなと宣ったスクアーロを、強引に抱き寄せたあの瞬間、XANXUSを見上げた彼女の瞳に映ったのは、見ているこちらが泣きたくなるほどの悲哀だった。
どうしてそんな目をするのだと、問い詰めてやりたかったが、きっとそんなことをしてもスクアーロは何も言わない。
柔らかな髪を何度か撫でる。
その内、XANXUSにも睡魔が襲い掛かってきた。
そのまま、彼は彼女に寄り添うように、椅子に座ったまま眠りについた。
綱吉達は日本での日常を取り戻しつつあった。
あれから彼らに関する情報はまるでない。
リボーンならば何か知っているのかもしれないが、大きな情報ならばたぶん伝えてくれるだろう。
……たぶん。
「なあリボーン。ヴァリアーの連中のこと……」
「ダメツナが、今はねっちょり勉強タイムだぞ」
「だからねっちょりはやだってば!」
それでも手を止めない辺り、綱吉にも随分と、リボーンの教え子としての性が染み付いて来ているらしい。
どこからか取り出してきたハリセンで、思いきり殴られて涙目になりながらも、綱吉はまだ例の彼らのことが頭から離れなかった。
一ヶ月、スクアーロの目が覚めたとか、ボンゴレでなんかがあったとか、そういう話は全く聞かない。
ボンゴレのボスの座なんて正直どうでも良いし、聞きたくもないけれど、それでも直接聞いて、触れて、知ってしまった彼らのことを、放ってはおけなかった。
「しかたねーな。最新情報をやるから、聞いたら大人しく勉強に戻れよ」
「さ、最新情報!?何かあったの?」
リボーンの小さな口がにっと三日月型につり上がる。
綱吉の脳内では、すぐさま警報が鳴らされ出した。
リボーンがこういう顔をするのは、綱吉が驚くか、怒るか、逃げ出そうとするような、ビッグニュースを持ってきたときだ。
嫌な予感に腰が浮く。
今すぐにも逃げたい。
だがその企みはリボーンの早撃ちで早々に挫かれ、綱吉は顔を真っ青にしながら正座をするはめになる。
「XANXUSの奴、コヨーテの娘と結婚して日本で暮らすらしーぞ」
「……な」
「ちなみにツナには、二人の監視をするように9代目から指令が届いてたぞ」
顎が外れそうな程に、あんぐりと口を開くことしかできないツナに、リボーンはしたり顔でサムズアップする。
暫くの沈黙の後、怒りとも恐怖ともつかない絶叫が並盛町に響いた。
* * *
「……スクアーロ?」
ふと、固く閉じたままだった瞼が動いた気がして、彼女の傍に駆け寄った。
手を握り、声を掛けるが、目を覚ます気配はないし、特に反応が返ってくることもなかった。
もう、こんなことを何度も繰り返している。
スクアーロの傷はあの日と変わらず、身体中を覆い尽くしてその命を蝕んでいる。
ヴァリアーの幹部達は、盛大に愚痴を吐きながらも、一時的にアジトへと帰っていた。
あの戦いの後処理は、ほとんどが事前にスクアーロが手配していたために、たいした仕事にはならなかったが、一度は復活を遂げたヴァリアーを放置しておくことも出来ず、組織の建て直しと運営のために、傷の癒えた者から戻らざるを得なかったのだ。
今は、コヨーテも本部へと出ており、この邸宅にいるのはXANXUSと、スクアーロ。
そして数人の使用人や医者だけだ。
「……髪、傷んできたな」
さらさらと流れる星色の髪は、今は見る影もなく傷んでしまっていた。
ルッスーリアが持ってきた櫛ですいてやろうとしたが、どうにも上手くいかないで、途中で諦める。
持ち込んだ本は読み尽くした。
ベルにもらったゲームは面白くなかったし、レヴィが運び込んだトレーニング器具を使う気分ではない。
伏せるスクアーロの横に肘をついて、祈るようにその手を握り締める。
もしスクアーロが起きたら、こんなオレを見て何て言うんだろうか。
いや、見る前にまず、あいつなら
「手、握りす、ぎ……痛ぇ……」
ああそうだ、まずそんな空気読めねーことを言って来そうだ。
……。
……?
「はっ……ぅ……ここ、どこ……げほっ」
銀色の瞳が見えた。
苦しそうに咳き込む唇が見えた。
目尻を伝い落ちる、涙の粒が見えた。
掠れきってよく聞き取れない、懐かしい声が聞こえた。
手の中で蠢く指を感じた。
「す、く……」
「はあっ、はっ……かはっ……ぅ、あ……」
「っ!い、医者!おい!」
初めの言葉は、ほとんど寝言のようなものだったのかもしれない。
意識の朦朧とした様子で咳き込む姿を見て、慌てて医者を呼びつけた。
自分が、どうすれば良いのかわからない。
医者が駆けつけるまでの間に、スクアーロの隣に立ち竦んで、真っ白になった頭を必死に働かせようとした。
ぜえぜえと苦しそうな呼吸を見て、まずは落ち着かせなければと思った。
肩に手をかけようとした。
背中を撫でてやれば良いだろうか。
体は起こした方がいいのか?
それとも寝たまま大人しく待っていた方が?
混乱のまま、肩に触れようとした手が、強い力ではたき落とされた。
「さ、触るな」
「は……?」
「さわる、な……!」
身を守るように縮こまったスクアーロが、いつの間にか遠くにいた。
怯える動物のような姿に、かつての自分が重なる。
まったく、本当に立場が逆転してしまったらしい。
目覚めてすぐにスクアーロを突き飛ばした自分と、突き飛ばされて呆然としていたスクアーロ。
彼女はその後、自分が生き続ける選択肢を捨てて、XANXUSへと尽くした。
だが、だが、だが……!
「触るに、決まってんだろうがカスザメ!」
「っ!?」
ベッドの隅に蹲る影の腕を掴んで、加減も忘れて引っ張り出した。
勢い余って自分の胸の中まで飛び込んできた彼女の肩を強く引き寄せて、XANXUSは酷く落ち着いた声色で話す。
「二度と、離す気はねぇ」
「え」
「そんなに死にてぇなら、まずはオレを殺してからだ」
「ざん」
「死ぬことも、離れることも、オレは絶対に許さねえ」
「ざ、す」
顔を上げたスクアーロと、見下ろすXANXUSの視線が合う。
次の瞬間、その銀色の目は再びまぶたの奥に消え、そして彼女の体から突然力が抜ける。
「……カスザメ?」
「ちょ、ちょっと何をしているの!目が覚めたばかりの患者を絞め殺す人がありますか!」
「ああ!?」
医者の怒声に固まったXANXUSの腕からスクアーロが回収されて、ベッドの上に寝かされる。
起き抜けに激しく動いたせいで、まだ回復していない傷が痛んだのかもしれない。
苦しそうな顔で横たわる彼女を、医者達が慌ただしく取り囲んで傷の具合を見始めた。
「こ、これは……?」
「先生、この傷……!どうして……」
「先生!こちらの傷を見てください!」
「ど、どう言うことなの!?」
「おい、どうした」
スクアーロの服をめくった医者達が、俄にざわめきたつ。
尋常でないその様子に、苛立たしげな声で訊ねた。
何か不味いことでもあったのか。
だが、医者から返ってきたのは予想もしなかった答えだった。
「傷が……傷がすべて、治っているんです!」
「……どう言うことだ」
「それが我々にも……。今朝の時点では確かに、身体中を傷が覆っていたのに、それらの傷がすべて塞がっています。跡が酷いですし、深い傷は中まで治っているか詳しく検査してみなければわかりませんが。……まるで、時間が早送りされたみたいに、傷が塞がっています」
医者の言葉に、絶句した。
いったい何がどうして、こんな不可思議な現象が起きたのだろう。
「……傷は、少なくとも表面上は治っているようです。ですが内臓に負っていたダメージが消えているのかはわかりませんし、熱がかなり高い。今は一時的に眠っているようですが、起きたときには、かなり苦しむでしょう。……そばに、ついていてあげてください」
言われて、反射的に頷いた。
詳しい検査は起きて熱が落ち着いてからすると言う。
いくつか書類にペンを走らせた医者が、XANXUSに頭を下げて部屋を出ていく。
ベッドの上のスクアーロは、額に汗を浮かべて苦しげに息を吐き出していた。
首筋に手を当てると、体温が異常に高いことがわかる。
ナースが、氷嚢や冷却シートを持ってきた。
額にシートを張られても、首筋を冷やされても、スクアーロの顔色は良くならない。
触れるなと宣ったスクアーロを、強引に抱き寄せたあの瞬間、XANXUSを見上げた彼女の瞳に映ったのは、見ているこちらが泣きたくなるほどの悲哀だった。
どうしてそんな目をするのだと、問い詰めてやりたかったが、きっとそんなことをしてもスクアーロは何も言わない。
柔らかな髪を何度か撫でる。
その内、XANXUSにも睡魔が襲い掛かってきた。
そのまま、彼は彼女に寄り添うように、椅子に座ったまま眠りについた。