朱と交われば

「しかし、どうしたものかな」

マーモンの言葉に、一堂は揃って難しい顔をする。
スクアーロへ(拳つきで)説教をしてやろう、と意気込んだは良いものの、現在完全に昏睡状態となっている人物を相手に、説教も何もあったもんじゃない。
起こす……にしたって、このまま叩き起こしたりなぞすれば、傷が悪化してそのまま……ということにだってなりかねない。

「そりゃ、待つしかないんじゃねーか」

リボーンの言葉に、それが一番妥当だろうと、コヨーテもまた頷いた。

「とりあえず、今晩の宿くらいは貸してやる。全員、泊まっていきなさい。そして、今後のことをゆっくりと考えれば良い」
「そうねぇ、お言葉に甘えさせていただこうかしら」
「少なくとも、王子はスクアーロがここにいる限りは出てかねーし」
「……だ、そうですが、どうなさいますか、ボス」

ヴァリアーは全員、泊まっていく様子らしかった。
綱吉達もまた、今日は泊まらせてもらおうとコヨーテへ頭を下げている。
XANXUSは、彼らをぐるりと見回した後、ポツリと一言、呟いた。

「ここにいる」

それだけ言うが早いか、近くの椅子を引っ掴み、ガタガタと引き摺ってベッドサイドへと戻る。
そのまま豪快に腰を下ろすと、脚を組んで、目を閉じて、動きを止めた。

「ボ、ボス?まさかここで一夜を明かす気ですか!?」
「風邪引いちゃうわよボス!それに、自分の為にボスに無理させたなんて知ったら、スクちゃん物凄く怒ると……」
「……勝手に死のうとした奴に、怒られる筋合いはねー」
「た、確かに……」

それきり口もきかなくなったXANXUSを見て、綱吉は周りの者達を促した。

「行こう。今日だけでも、二人きりにしてあげない?」
「……ちぇ、王子だって看病してーのに」
「あらまぁ、ベルちゃんったらいつからそんなお利口さんになっちゃったのかしらぁ?」
「うっせカマ!」
「ボス、御用があればこのレヴィをお呼びください!」
「じゃ、ボクらは出ようか。あまりぐだぐだしてると、ボスが怒って消されかねないしね」

全員が出ていく。
ドアが静かに閉まった。
部屋は夕暮れの柔らかな日差しが射し込み、赤みがかった橙色に染まっている。
少し、部屋が冷えてきた。
XANXUSは徐に立ち上がると、部屋の窓を閉め、カーテンを引く。
ベッドの上を見れば、無造作に投げ出された傷だらけの手が目についた。
指先は蒼白で、酷く寒そうに見える。
自らの手で包み込めば、その冷たさがハッキリと伝わってきた。

「……細い手だな」

握れば、壊れてしまいそうなか細い指、薄い手のひらに、何本か剥がされてしまっている薄い爪。
厚みのある、がっしりとした自分の手とは全然違う。
XANXUSが触れてもピクリともしない手を包み込んで、自分の熱を移すように、痛くないよう加減をしながら力を込めた。
半分以上が隠れている顔を見れば、苦しそうに息をしているのが見えた。
額にかかる髪を払う。
最後に見たときよりも、随分と窶れて見えた。
隈も酷いし、幻術で隠していたのか、頬には大きな痣がある。
寝ている彼女を眺めながら、XANXUSは物思いに耽る。
氷から解き放たれたあの時は、二人の立場は逆だった。
XANXUSは寝込んでいて、スクアーロは起きるのを待っていた。
今は、スクアーロが目覚めるのを、XANXUSが待っている。

「なあ、カスザメ。オレはお前ほど、我慢強くねーんだよ」

頼むから、早く目覚めてくれ。
だが、例えいつまでも目覚めなかったとしても、待ち続けたいと思っていた。
スクアーロのことを、8年も待たせていたのだ。
苦しい思いをしながらも、8年待った彼女に比べたら、傍で手を握って待つことのできる自分はきっと運が良い。
ベッドの縁にもたれ掛かる。
そう言えば、XANXUSが朦朧としたまま一瞬目を覚ました時に、足元に重たさを感じた気がする。
あれはスクアーロが、こうして自分を待ってた重さなのだろうか。
スクアーロの腕から、ふわりと薬草の臭いが漂ってきた。
彼女にもらった軟膏は、きっと普段から使っていたものなんだろう。
彼女の手を握ったまま、持ってきていた日記を開く。
開いたページは比較的最近のものだ。
オッタビオの事が書いてあった。
あいつが、XANXUSの血筋のことを黙っていたのは、まだどこかに情があったからかもしれない。
オッタビオとスクアーロは、会えば話をする程度の親交しかなかった。
それでも、どこか近しい感情を抱いている気がすると書いてあった。
どちらも、XANXUSに深い感情を抱いていた。
オッタビオが死ぬ瞬間に見せた表情の変化。
あの時あいつは、XANXUSの背後にスクアーロ(自分)を見たのかもしれない。
裏切らずに側に居続けたら、あいつも隣に立っていたのかもしれない。
日記には、様々な出来事が記されていた。
XANXUSが目覚めた後も、スクアーロはずっと影で暗躍し続けていた。
自分がいなくなった後に役立つだろう、ヴァリアーのパトロンがいた。
怪我をした仲間の引き受け先として、跳ね馬と交渉していた。
今回の戦いの責任が全て自分に集まるように、ありとあらゆる証拠を作っていた。
継承者争いがあったことを他のマフィアに悟られないように、情報の揉み消しや人避けの仕掛けを隙なく行っていた。

「ドカスが……。こんなこと、お前一人でやる必要はねーだろうが」

ぽつりと零れた言葉に返す者はいない。
それでも、言ってやらなければ気がすまなかった。

「何故、オレにも背負わせなかったんだ……」

こんなボロボロの体で、背負いきれるわけないのに。

「だが、……よくやったな、スクアーロ」

思い出す全ての行いから、記された繊細な文字の群れから、どれ程一生懸命だったのか、どれ程それらを大切に思っていて、護りたかったのかが、伝わってきた。
今度こそは、次こそは、必ず言葉で伝えなければならない。
変に頑固でわからず屋の彼女に伝えるのは、きっと骨が折れるだろうが、どれ程時間が掛かっても、伝えなければならないと思った。
蒼白な顔を覗き込む。
ぴくりとも動かないその瞼に、恐る恐る口付けを落とす。
早く、早く起きてくれ。



ーーXANXUSがスクアーロの病室に引きこもって数週間、彼女はいまだに目を覚まさない。
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