朱と交われば

今さら隠れる気などなく、堂々正面からコヨーテへと近付く。
苦い顔のコヨーテが大きなため息を吐いたことがわかった。

「やはり、来ちまったか」
「当たり前だ」
「……オレが、嘘をついていると気が付いたわけだな。はっ、まったく、勘の良さはボンゴレ血統並みか」

挑発するような言葉に、腸が煮え立った。
それでも、辛うじて飲み下して奴を睨み付けた。
抑えろ、抑えろ、今は暴れている場合じゃない。

「その言葉、やっぱりスクアーロを匿ってたんですね」
「しし、とっととスクアーロ出せよ」
「中にいるんだろ?こんな奴放っておいて、僕達で迎えに行こうよ」
「!待て!」

イラついた様子で飛び出そうとしたマーモンが、コヨーテの声に怪訝そうな顔で止まった。
珍しく切羽詰まったような、そんな声。
奴は苦虫を噛み潰したかのような顔で髪を掻きあげ、また大きなため息を吐く。
その様子は、どこか迷っているようにも見えた。

「わかった、わかった。スクアーロには会わせてやる。だが先に説明を聞いてもら……いや、まずは見てもらった方がいいか?」
「は?」
「しし、よくわかんねーけどスクアーロに会えんだろ!とっとと案内しろよ!」
「……っ、誰かこの切り裂き王子押さえといてくれよ」
「あ、じゃあオレが」
「はあ!?」

跳ね馬ディーノがベルの隣に張り付く。
部下がやれやれと頭を振りながらその後を着いていった。
着いてくるように促すコヨーテの背中を追って、屋敷の中へと踏み入った。
奴の言葉に、捉えようのない不安と、気持ちの悪さが広がっていく。
胸が五月蠅い。
この先に何が待っているのか、見たくない気持ちが強い。
本当は、全部投げ出して帰ってしまいたい。
何も見ないで、何も聞かないで、何にも気付かなかったことにしたまま、逃げ帰ってしまいたい。
だが、帰ったところでアイツは居ないんだ。
アイツがいないのなら、帰ったところで意味はない。
そも、アイツがいない場所なんて、きっととても、詰まらない。

「そろそろだ。お前ら暴れたりするなよ」
「んでそんな慎重なんだよ?」
「……それだけ深刻な事態、ってことか?」
「……」

早く会いたい気持ちと、会うのが怖い気持ちが同居している。
立ち止まったコヨーテを追い越して、廊下の角へと足を早めた。
曲がった先に部屋が見える。
白い家具、レースのカーテン、若草色のカーペット。
医者らしき女が部屋から出てくるのを見て、そこにあいつがいるのだと確信する。

「スっ……!」

名前を呼ぼうとしたのに、姿を見た途端に声が出なくなった。
大きな部屋がだった。
窓が開け放たれていて、湖を望む景色がよく見えるようになっていた。
綺麗な部屋の中には、酷く不似合いな医療機器が立ち並んでいた。
それらに見守られるように、大きなベッドの上に横たわる人影があった。
真っ白な髪がシーツに広がっている。
落ち窪んだ眼窩、顔の半分を隠す酸素マスク、首や手や身体中の至るところを覆う包帯……。
そこにいたのは、オレの知るスクアーロではなかった。


 * * *


「XANXUS!どうした、の……ぅ、わ……」

ほとんど走るようにして部屋に飛び込んだXANXUSを追って、ヴァリアーの連中が部屋に飛び込んだ。
しかし誰もが、入り口辺りで固まったまま動かなかった。
慌てて彼らの隙間に顔を突っ込んだ綱吉の目には、痛々しい姿で眠るスクアーロの姿が映った。

「もうずっと、目を覚ましていない」
「ずっと……って、大空のリング争奪戦からずっと、ですか?」
「……いや、一度だけ目を覚ましたんだ。その、酷く錯乱してな。XANXUSを刺したことを思い出して……、『なんでオレを殺してくれなかったの』ってよ」

コヨーテの言葉は、XANXUSの耳にも届いているはずなのに、彼は微動だにせずスクアーロを見詰め続けていた。
何故殺さなかったのか、それを問うたということは、やはりこれは、この裏切りは狂言だったということなのだろう。

「こいつの考えはわかっていた。XANXUSが戻ってきて、ボンゴレを相手に再び何かを起こすことがこいつにはハッキリとわかっていたはずだ。だがこいつは、それを否定しない。止めない。逃げることもない。……XANXUSのする事に否は絶対に唱えない。それがこいつの、腹心としてのあり方だった」
「……狂ってやがる」

獄寺がそう言ったのに、山本もまた頷いた。
二人の顔は青い。
目の前の光景は、慕う相手へと我が身を省みずに磨り減らし続けてきた者の末路だ。
ある意味、二人にとっても他人事ではない。

「狂ってるか。確かにな。だがこいつにはそれ以外の道なんて思い付かなかっただろうなぁ。こいつはずっと、自分の欲に、自分の怒りに、どこまでも忠実に動く迷いのない男に惚れ込んで、地獄までついていくと決めたのさ。XANXUSが怒り、進み続ける限りは、こいつはそれを止めることはない。……流石に、その結果死ぬってのは嫌だったらしいがな。だからこそ、自分を擲って守ろうとしたんだろうさ」
「え?」

コヨーテの言葉に、綱吉は引っ掛かりを感じる。
思わず首を傾げた彼を、獄寺達が不思議そうに見る。
違うと思ったのだ。
ハッキリとした理由があるわけではないけれど、なんとも言えない違和感があった。
例えば、母によるとXANXUSを友達と呼んだこと。
例えば、クーデターの罰を一人受け続けたこと。
例えば、罰を抵抗もせずに受け続けたこと。
例えば、誰も殺さずに全てを終わらせようとしたこと。
例えば、XANXUSを見詰めていたときの瞳。
例えば、ヴァリアーの心を叩きおるような裏切り方をしたこと。
何より、零地点突破の氷が溶けて現れたXANXUSを抱き留めた時の、苦し気な顔が、綱吉の脳裏を掠める。

「そうじゃないよ。スクアーロは、初めは確かにXANXUSのそう言うところに憧れたのかも知れないけど、でもきっと、XANXUSが強いばかりじゃないことも知ってた。怒るばかりじゃなくて、こうして誰かを助けに駆けつけられる人だって知ってたはずだ」

ただ、自分のことを助けに駆け付けることは、全く考えてはいなかったようだが。
というか、彼の優しさが今のところスクアーロにしか働いていないことも、気が付いてなさそうな気がする。

「大切だったんだよ、きっと。XANXUSのことが。ううん、XANXUSだけじゃない。ヴァリアーが、皆の事が大事で、皆が傷付くことが耐えられなくて、自分が傷付くことに『逃げた』んだ」

そうだ、それは逃げだった。
共に戦い、共に傷付くことを怖がって、自分一人が傷付く道を選んでしまった。
スクアーロにとっては自分が傷を負うことよりも、他人の傷を見ることの方がずっと、痛くて、辛かったのかもしれない。

「スクアーロはXANXUSの事が、ファミリーの事が、自分が死んでも良いくらい、大好きだったんだろうね。良いとこも、悪いとこも、全部含めて好きだったんじゃないかな」

そうじゃなきゃ、誰も殺さずに済ませたりしない。
そうじゃなきゃ、あんなに優しい日記は書かない。
嫌なとこも受け入れていなきゃ、あんなに献身的になんてなれやしない。

「でも、酷いよ。勝手だと思うよ。自分勝手だ。オレはそんなの許せない。皆がスクアーロを心配していたのに、『殺してくれなかった』なんて文句言ってくるのは、ふざけてる」

そんなのは優しさなんかじゃない。
何も教えずに一人で痛みを背負って、勝手に死にに行こうとするなんてのは、身勝手な親切の押し売りでしかない。

「さっきは、怪我人殴るなんてって思ったけどさ。……叩き起こして、殴ってやろう。そうでもしなきゃ、きっとスクアーロは、また同じことをする」

綱吉が顔を上げた。
獄寺が下唇を噛んでいた。
山本がいつもの笑顔で頷いた。
リボーンが珍しく感心したような顔で帽子の鍔を上げた。
彼らに背中を向けていたXANXUSが、だらりと体の横に下げていた手を握り締めた。

「そんなのは、お前の妄想だろうが」
「あ……うん、そうだよね。確かに……」

スクアーロに、一歩、二歩と近付いた。

「こいつが何で、こんなことしたのかなんて、聞いてみなきゃわかんねぇだろうが」
「うん」

脚を止めた。
もう、手の届くところまで来ている。

「……知りたい」
「うん」
「今のこいつを、オレは知らなかった。知りたい。こいつの口から、聞きたい」
「っ!うん!」

傷だらけの手が、傷だらけの頬を撫でた。
顔をあげたXANXUSの目には、怒りとは違う、強い覚悟の炎が灯っているように見える。

「それとは別に、こいつを一発殴ることには賛成だ。ドカスのわりに、良いことを言った」
「……誉められてる?」
「貶されてますよ10代目!テメー沢田さんに向かってなんつー口の聞き方を!!」

あわやこの部屋の中で戦争が起きるかとも思われるような状況だったが、綱吉は少しだけ嬉しかった。
きっと、XANXUSが今浮かべた表情を、スクアーロはまだ、知らない。

「……とは言っても、どうやって起こすつもりだ?ずっと昏睡状態だし、何よりこの状態で叩き起こそうものならそのまま永眠しかねないぞ」
「「あ……」」
「やっぱりダメツナだな」

肝心なところを忘れていた二人が、ポカンと口を開く。
さて、どうすれば良いだろうか。
呆れて器用に肩をすくめたリボーンに唇を尖らせて、綱吉は唸りながら頭を動かし始めた。
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