朱と交われば

「え……コヨーテさんがスクアーロを匿ってる!?」
「うるせぇぞドカス。その可能性があるってだけだ」

XANXUSの立てた、楽観的とも言える仮説に、綱吉は声を裏返す。
だが彼の反応を見るに、あながち検討違いということもなさそうだ。
彼らは今、自宅へと帰るらしいコヨーテの跡を追い、一台の車にぎゅうぎゅう詰めになって移動していた。
そう、一台の……XANXUSが運転している車に。

「ボボボボボススススおおおおオレが運転をををを代わりますすすす」
「あばばばばゆゆ揺れまくっっっててて」
「じっ!舌噛んら……っ!」
「んぎぎぎぎ乱暴すぎぎぎるるる」
「ちょっ!ちょっとスピード落とせ!!!」
「チッ!うだうだ文句言ってんじゃねぇ。オレの運転だぞ、感謝しろ」

そうは言いつつも、わずかに落ちたスピードにほっとする。
決して運転が下手なわけではないが、ひどく乱暴な運転であり、シートベルトをつける余裕もないぎゅうぎゅう詰めの後部座席は凄惨な有り様であった。
ラッキーにも助手席に座れた綱吉は、膝の上のリボーンを支え直しながらXANXUSへ視線を戻す。

「でもそれなら、何でXANXUS達にそう言ってくれなかったんだろ」
「……可能性は二つ。一つは、カスザメ本人がオレ達に会うのを拒否している」
「あ……」

その可能性は、普通に考えればかなり高そうな気がした。
あそこまでして戦って、ひとりぼっちで戦い抜いて、スクアーロはヴァリアーとXANXUSを少しでも護ろうとした。
ここで会ってしまっては全てが台無しになると、そう考えていてもおかしくはない。

「えっと、じゃあ二つ目は?」
「……カスザメが人に会える状態じゃない」
「え?」
「まあ、無くはないだろうな。あやつはボスがお目覚めになられる前から、かなりのダメージを負っていた。今回の戦いで、意識不明の状態となっていたとしてもおかしくはない……」

後部座席からのレヴィの補足を聞いて、さっと顔が青ざめた。
そうだ、大空戦の後に、シャマルも話していた。
スクアーロの傷を直接診た訳じゃないから、確かなことは言えないけれど、間違いなく普通なら死んでいてもおかしくないような状態だったって。

「でもスクアーロだろ?確かに怪我は酷かったかもしんねーけどさ、しばらくしたら絶対治るだろ」
「ム、どうかな。確かにあの子は悪運が強いというか、やたらと怪我をするわりに生き汚いというか、生命力がゴキブリ並みなところがあったし。命については、何とか無事な気はするけれど」
「お前らの基準おかしくねーか?」
「スクアーロだって一応人間なんだし、致命傷負ったら回復できないかもしれないのなー」

確かに、彼らの話す通り、スクアーロが意識不明だったとしても、今後意識が回復するかどうかはわからないし、回復しなかったところで、コヨーテさんがXANXUS達を会わせない理由がよくわからない。

「人に会える状態じゃない、と言ってるだろうが」
「へ?どういう意味かしら?」
「……スクアーロが、おかしくなっちゃった、とか?」
「可能性は、あるだろ」

XANXUSの口振りに、思い浮かんだことをそのまま口に出せば、どうやらそれはXANXUSの推測と合致したらしい。
ぐぉんと唸った車が、コヨーテさん達を追って一本道にはいる。
相手はきっと気付いている。
だがそれでも、撒こうともせず、止めることもないのは、彼も内心、会わせたいと思っているから、なのだろうか。
『おかしくなった』という可能性について、ヴァリアーの面々はどうにもしっくり来なかったらしく、難しい顔で唸り始める。

「スクアーロが……?確かに争奪戦の時おかしかったけど。しし、あれはオレらのこと欺くための演技だろ?」
「おかしい、おかしくない、で言うならアイツはヴァリアーに入ったときからおかしかっただろう。普通どぶ水頭から被って平然としていられないだろうが」
「そこからさらにヤバくなっちゃってるってことでしょぉ?でも、ヤバくなるって言ってもあんまり想像できないわぁ。ただもし、スクちゃんがおかしくなるとするなら……」
「……虚無、かな。何もない、空っぽの人形みたいになってしまいそうだ」
「そう、ねぇ……」

仮にその話が真実だとして、空っぽになったスクアーロを見たとき、彼らはどうするのだろう。
まるで信じていなさそうなベルフェゴールは?
これ以上おかしくなるなんて、と不快そうなレヴィは?
哀れむように顔を伏せているルッスーリアは?
想像して、ふるりと肩を震わせたマーモンは?
……こんなに必死になってスクアーロを探している、XANXUSは?

「例え」

XANXUSの口は重たそうだけれども、今日は大空戦の時のように、僅かながら軽くなっているようだった。
そう切り出して、XANXUSは一度口を閉じ、そして唇を舐めてもう一度話し出す。

「例えあのドカスが狂って、人形のようになっていたのだとしても、あいつを一発ぶん殴ることに変わりはねぇ」
「いや死んじゃうから!!?」
「死なねぇように殴る。それから、……話をする。今までのことを、話す。あまりにも、言葉が足りなさすぎた」
「ああ……うん。それはね、大事だと思う」

なんせ、XANXUSはスクアーロのことをこんなに大事にしたがっているのに、当の本人は全くそんなことを気が付いてないんだから。
もっと、もっと大事にされてほしい。
スクアーロを大事に想う人達から、思いっきり甘やかされて、息がつまるくらい丁寧に扱われて、自分がどれ程大切な存在なのか、思い知ってしまえば良いのだ。
ちらりと獄寺を見る。
目があった彼は、こちらの意図など知りもせずに、嬉しそうにキラキラと目を輝かせている。
全く、大事に想われている自覚のない人と言うのは、気軽に死にに行こうとするんだから、嫌になってしまう。

「……、着いたな」

XANXUSの言葉に、はっとして前を向く。
町の喧騒から離れた、緑に囲まれた美しい丘の上。
湖の畔にポツリと建つのは、白を基調とした、城とでも呼びたくなるような豪奢な邸宅だ。

「う、わ。大きい……」
「ごちゃごちゃ言ってんなカスガキどもが。コヨーテの野郎が降りた。追うぞ」
「はっ!」
「しし、任せてボス」

邸宅の前で車を止めて、ゆったりとした動作で降りたコヨーテは、こちらを見ながら難しい顔をしている。
スクアーロは、どうしてしまったんだろう。
答えは、この先にある。
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