朱と交われば
頭を撫でられている。
額の上に、柔らかい感触。
いつぶりだろうか。
いや、そもそも、そんな経験はもう、記憶に残ってすらいない。
「ん……」
瞼をゆっくりと開くと、目の前にお馴染みの銀色が見えた。
「はよ、ザンザス。熟睡してたとこわりぃんだけど、ちょっと問題が……」
「……カスが、てめぇでどうにか出来ねぇのか」
「その……、お前を出せって五月蝿くて……」
「……ああ?」
どうやら、頭を撫でられていた訳じゃなくて、単純に起こそうとしていただけのようだ。
不機嫌に睨み付けるオレに、困り果てた顔のカスザメはその客人の名前を口にした。
「ボンゴレ9代目守護者の、コヨーテ・ヌガーが来てるんだ……」
* * *
久々に隊服をきっちりと身に纏い、茶色の革張りのソファーにどっかりと腰掛ける。
目の前の男はピクリと眉を跳ね上げたが、特に何も言うことはなかった。
一歩遅れて入ってきたカス……レヴィが、音もなくオレの横に立ち、カスザメはドアのすぐ横に立って、コヨーテ・ヌガーへと鋭く視線を向けた。
「どうぞ、お茶です」
ヴァリアーに勤めて長いメイドが、紅茶と菓子を給仕して、すぐに出ていく。
労うようにカスザメが肩を叩き、その背中からすっと力が抜けたように見える。
熟練のメイドでも緊張するほどの張り詰めた空気が、この部屋には満ちている。
「で、何の用で来た」
コヨーテが紅茶を一口啜り、カップをソーサーに置くと同時に、そう問うた。
オレ達ヴァリアーは……いや、オレは、ボンゴレに強く反感を抱いている。
その事を隠す気はなかったし、恐らく9代目とその周囲の人間はその事に気がついている。
オレ達の言葉が厳しくなるのも、必然であった。
「まあそう急くなよ、XANXUS。一つ9代目に頼まれたことがあってな」
「頼まれた……?」
「ちょっと早いかもしれねぇが、そろそろお前も身を固めたらどうかってよ」
「ああ?」
「だから、嫁を紹介したいんだとよ」
「帰れ」
「おいおい、話くらい聞いていけって」
何事かと思ったら、そんなくだらないことでオレの安眠を妨げやがったのか。
席を立って出ていこうとするオレを、コヨーテのカスが呼び止めるが、オレにそれを聞き入れてやる義理はない。
困り顔でオレを見てきたカスザメに、アゴをくっと動かして追い出すように指示をする。
こくっと頷いたカスザメがコヨーテの前に立って声をかけようとしたとき、突然奴から殺気を感じた。
カス二人が咄嗟に身構える。
オレもまた、ぎろりとコヨーテを睨み付けた。
このオレに、テメーのボスの息子であるオレに、喧嘩を売ろうというのか?
にっと笑ったコヨーテは、カスザメを押し退けるようにして立ち上がる。
「XANXUS、いいか?これは9代目からのラストチャンスだ。9代目もオレ達も、最近のお前らの動向に疑いを持っている」
「……」
「ここで申し出を受けりゃあ、9代目の信用だって少しは戻って来るだろうな」
「……」
信用?信用だと?
散々人を騙して、利用しておいて、今更その口で信用だなどという言葉を口にするのか?
自然と、眉間にシワが寄る。
身体中がじわじわと熱くなっていく。
掌に熱が集まり、ぽうっと炎が点る。
この男を消してやる。
怒りに任せて、手を振り上げた瞬間、オレの手首を黒い手袋をはめた手が掴んで止めた。
「落ち着けザンザス……!」
「……どけ、カスザメ」
「駄目だぁ。少し冷静になれ」
「……」
ここで奴に逆らい、あまつさえ殺そうものならば、クーデターを起こすなどと言ってる暇もなく、ヴァリアーはボンゴレに消されることになるだろう。
それくらいのことは、言われなくたってわかっている。
……わかってはいても、抑えられるものじゃない。
オレの腕を掴む手を、逆の手で握る。
みしりと軋んだ手に、カスザメが苦しそうに呻き、顔を歪ませた。
「ボ、ボス!恐れながらオレからもお願い致し……がはぁっ‼」
「……チッ!カスどもが」
「レヴィ!?」
拳を振った先にたまたまいたドカスが汚い悲鳴を上げて倒れる。
それを受け止めようとして手を伸ばしたカスザメを引きずって、オレはコヨーテの目の前に付き出した。
「その申し出、受けてやる。ただし、こちらからも注文がある。」
「ん?なんだ、こちらで出来ることならなんでも……」
「このカスザメよりも性能が良いのを寄越せ。そしたら結婚でも何でもしてやる」
「はあ"!?」
「こいつよりも、か……?まあ、こちらも優秀で美人揃いだし、きっと気に入った娘が出てくると思うが……。こいつより強い女の子なんていないぞ?」
「強さじゃねぇ。オレを補佐する能力だ」
「ほぉ……そりゃまあボスの妻になるんなら、必要なことだろうが……」
どうやら候補は何人かいるらしい。
だがその中に、この無駄に有能なカスを凌ぐ女がいるとは思えない。
捨てられた仔犬のような目で見てくるカスザメの襟首を引っ掴んで、耳元で囁く。
「全員蹴散らしてこい」
「お、お"う……!」
そのまま、カスザメをコヨーテの前にぶん投げた。
「どう決めるかはテメーらに任せる。カスザメは持っていけ」
「……わかったよ、そうさせてもらう。おい、スクアーロ、とりあえずお前はしばらくボンゴレ預かりだ。嫁さん候補と会ってもらって……細かいことは後から決めるか」
「わかった」
猫の子のように首根っこを掴まれたカスザメと、コヨーテがヴァリアーを出ていく。
しばらくはカスザメも仕事が出来なくなるだろう。
奴がいないとなると、果たしてヴァリアーの仕事は回るのか。
とにもかくにも、翌日にはボンゴレから、スクアーロvs女達という異色の決闘の招待状が送られてきたのだった。
額の上に、柔らかい感触。
いつぶりだろうか。
いや、そもそも、そんな経験はもう、記憶に残ってすらいない。
「ん……」
瞼をゆっくりと開くと、目の前にお馴染みの銀色が見えた。
「はよ、ザンザス。熟睡してたとこわりぃんだけど、ちょっと問題が……」
「……カスが、てめぇでどうにか出来ねぇのか」
「その……、お前を出せって五月蝿くて……」
「……ああ?」
どうやら、頭を撫でられていた訳じゃなくて、単純に起こそうとしていただけのようだ。
不機嫌に睨み付けるオレに、困り果てた顔のカスザメはその客人の名前を口にした。
「ボンゴレ9代目守護者の、コヨーテ・ヌガーが来てるんだ……」
* * *
久々に隊服をきっちりと身に纏い、茶色の革張りのソファーにどっかりと腰掛ける。
目の前の男はピクリと眉を跳ね上げたが、特に何も言うことはなかった。
一歩遅れて入ってきたカス……レヴィが、音もなくオレの横に立ち、カスザメはドアのすぐ横に立って、コヨーテ・ヌガーへと鋭く視線を向けた。
「どうぞ、お茶です」
ヴァリアーに勤めて長いメイドが、紅茶と菓子を給仕して、すぐに出ていく。
労うようにカスザメが肩を叩き、その背中からすっと力が抜けたように見える。
熟練のメイドでも緊張するほどの張り詰めた空気が、この部屋には満ちている。
「で、何の用で来た」
コヨーテが紅茶を一口啜り、カップをソーサーに置くと同時に、そう問うた。
オレ達ヴァリアーは……いや、オレは、ボンゴレに強く反感を抱いている。
その事を隠す気はなかったし、恐らく9代目とその周囲の人間はその事に気がついている。
オレ達の言葉が厳しくなるのも、必然であった。
「まあそう急くなよ、XANXUS。一つ9代目に頼まれたことがあってな」
「頼まれた……?」
「ちょっと早いかもしれねぇが、そろそろお前も身を固めたらどうかってよ」
「ああ?」
「だから、嫁を紹介したいんだとよ」
「帰れ」
「おいおい、話くらい聞いていけって」
何事かと思ったら、そんなくだらないことでオレの安眠を妨げやがったのか。
席を立って出ていこうとするオレを、コヨーテのカスが呼び止めるが、オレにそれを聞き入れてやる義理はない。
困り顔でオレを見てきたカスザメに、アゴをくっと動かして追い出すように指示をする。
こくっと頷いたカスザメがコヨーテの前に立って声をかけようとしたとき、突然奴から殺気を感じた。
カス二人が咄嗟に身構える。
オレもまた、ぎろりとコヨーテを睨み付けた。
このオレに、テメーのボスの息子であるオレに、喧嘩を売ろうというのか?
にっと笑ったコヨーテは、カスザメを押し退けるようにして立ち上がる。
「XANXUS、いいか?これは9代目からのラストチャンスだ。9代目もオレ達も、最近のお前らの動向に疑いを持っている」
「……」
「ここで申し出を受けりゃあ、9代目の信用だって少しは戻って来るだろうな」
「……」
信用?信用だと?
散々人を騙して、利用しておいて、今更その口で信用だなどという言葉を口にするのか?
自然と、眉間にシワが寄る。
身体中がじわじわと熱くなっていく。
掌に熱が集まり、ぽうっと炎が点る。
この男を消してやる。
怒りに任せて、手を振り上げた瞬間、オレの手首を黒い手袋をはめた手が掴んで止めた。
「落ち着けザンザス……!」
「……どけ、カスザメ」
「駄目だぁ。少し冷静になれ」
「……」
ここで奴に逆らい、あまつさえ殺そうものならば、クーデターを起こすなどと言ってる暇もなく、ヴァリアーはボンゴレに消されることになるだろう。
それくらいのことは、言われなくたってわかっている。
……わかってはいても、抑えられるものじゃない。
オレの腕を掴む手を、逆の手で握る。
みしりと軋んだ手に、カスザメが苦しそうに呻き、顔を歪ませた。
「ボ、ボス!恐れながらオレからもお願い致し……がはぁっ‼」
「……チッ!カスどもが」
「レヴィ!?」
拳を振った先にたまたまいたドカスが汚い悲鳴を上げて倒れる。
それを受け止めようとして手を伸ばしたカスザメを引きずって、オレはコヨーテの目の前に付き出した。
「その申し出、受けてやる。ただし、こちらからも注文がある。」
「ん?なんだ、こちらで出来ることならなんでも……」
「このカスザメよりも性能が良いのを寄越せ。そしたら結婚でも何でもしてやる」
「はあ"!?」
「こいつよりも、か……?まあ、こちらも優秀で美人揃いだし、きっと気に入った娘が出てくると思うが……。こいつより強い女の子なんていないぞ?」
「強さじゃねぇ。オレを補佐する能力だ」
「ほぉ……そりゃまあボスの妻になるんなら、必要なことだろうが……」
どうやら候補は何人かいるらしい。
だがその中に、この無駄に有能なカスを凌ぐ女がいるとは思えない。
捨てられた仔犬のような目で見てくるカスザメの襟首を引っ掴んで、耳元で囁く。
「全員蹴散らしてこい」
「お、お"う……!」
そのまま、カスザメをコヨーテの前にぶん投げた。
「どう決めるかはテメーらに任せる。カスザメは持っていけ」
「……わかったよ、そうさせてもらう。おい、スクアーロ、とりあえずお前はしばらくボンゴレ預かりだ。嫁さん候補と会ってもらって……細かいことは後から決めるか」
「わかった」
猫の子のように首根っこを掴まれたカスザメと、コヨーテがヴァリアーを出ていく。
しばらくはカスザメも仕事が出来なくなるだろう。
奴がいないとなると、果たしてヴァリアーの仕事は回るのか。
とにもかくにも、翌日にはボンゴレから、スクアーロvs女達という異色の決闘の招待状が送られてきたのだった。