朱と交われば

幸せになってほしかった。
理想は彼と、彼を本当はちゃんと愛していたあの爺さんが、お互いに分かり合って、仲直りして、めでたしめでたし、っていうハッピーエンド。
でもあいつの性格とか、拗らせまくってどうにも素直に全てを話せなくなった爺さんのことを考えると、やっぱりそんな最高の結末は迎えられそうになかった。
だから、せめてあいつが大手を振って歩けるように、親子に戻れなくても、ファミリーになれるように。
それが次に理想的な終わり方だった。
そしてそれすらも無理なのであれば、せめて、彼には、夢を諦めてもらわなければならない。
ファミリーのボスを継ぐことを諦め、自分の血を認めて、その後は……。
その後あいつがどうしたいのかはわからない。
ヴァリアーに居続ける?
ファミリーと縁を切る?
例え血の繋がりがなくても、ボスの座を狙い続ける?
いっそ門外顧問の座を狙うのも良いかな。
ザンザスが目覚めてから、色んなことを考えて、色んな可能性を模索して、どうすればあいつが救われるだろうかって、どうすればあいつの為になるのかって、あいつが少しでも幸せになるためにはどうすれば良いんだろうって、考え続けていた。
でもその考えた幾多の結末の中には、自分の姿はどこにもなかった。
自分がいたらあいつが不幸になるとか、そんなんじゃない。
ただ、何事もなかったかのように笑っていられる自分なんて、とてもじゃないけど、想像できなかったんだ。
だから、思ったのだ。
想像できないなら、消えてしまえば良いやって。
死んで、殺されて、自分がすべての汚名を被って消えれば、他の奴らは、楽に動けるんじゃないかって。
ザンザスも、オレなんかに対して、『オレのものにしたい』なんて馬鹿げたこと言ってないで、ちゃんと真っ白で綺麗な誰かと知り合って、きっと、きっと……。



「ーー……」

朝、目が覚める。
柔らかな陽光と温かな布団。
きっと気持ちのいい朝だろうに、自分の体は怠くて重くて痛くって、ろくに動きやしない。
いつの間に寝てたんだっけ。
最近は身体中の痛みで、寝付くこともままならなかったのに、どうしてこんなにぐっすりと……。
寝る前は何をしていた?
ああ、頭が上手く働かない。
そもそもここはどこだろう。
見覚えのない場所だ。
綺麗な場所、外には高い青空が広がって、花の薫りが漂ってくる。
風が白いカーテンを揺らして、部屋に少し冷たくて、でも新鮮で気持ちのいい空気を運び込んできてくれる。

「……起きたか、スクアーロ」
「っ!ぁ……」

聞き馴染みのある声に、反応しようとして、首を動かしたところで激痛が走る。
びりびり、ずきずき、ぎりぎり、骨が軋んで、筋が引き攣って、全身が痛い。
その痛みが、彼の声が、昨日の記憶を持ってきた。
赤い火、橙の火、崩れた校舎、絶望を映す瞳、あいつの腹に刺したナイフの、感触が……。

「あ……ぁ……」
「おい、スクアーロ?」
「あ"……あ"ぁっ……!」
「おい!落ち着け!」

死んでない……。
オレは、死んでないじゃないか。
死んで、死んで死んで死んで死んで全部背負って死んでそして死んで死んで死んで死んで死んでそうじゃなきゃ、心底慕う彼を刺した意味が、ないじゃないか。
なんで、なんで……!

「なんでオレを、殺してくれなかったの」


 * * *


顔を洗って、身形を整えて、久々に部屋の外に出た。
すぐにでも動き出したいが、その前にまず、聞かなければならないことがある。

「XANXUS!」
「ボス!お加減は……」
「良かったわぁ……このまま死んじゃうんじゃないかって気が気じゃなかったんだから……」
「……全員いるな」

部屋には、残った幹部が全員揃っていた。
そして10代目ボンゴレ候補の沢田綱吉。
その守護者の二人。
最強の殺し屋リボーン。
それから……。

「テメーは何故いる。跳ね馬」
「何故って、そりゃーツナ達がヴァリアーのところに向かったって聞いたら、駆け付けるだろ、フツー。オレ達は一応、お前らの監視役でもあるしな」
「監視役?」

ボンゴレよりもずっと格下のマフィアに監視されるなぞ、自分も落ちたものだ。
だがそこは今、たいした問題ではない。
むしろこいつが今ここにいるのは都合が良かった。

「全員、知っていることをすべて話せ」
「え?」
「……ム、それはいったい、どういうことだいボス」

あのノートを読んで、わかった。
事実は非常に近い場所にあった。
少しずつ小分けにされて、気付かれないように巧妙に隠されて、それを知る本人達も、気が付かないようにされていた。
仲間さえも欺いて、全てを闇に葬ろうとしたのだ、あのドカスは。
そのくせあんな日記もどきを残して、間抜けにも全てバレるだなんて。
いい加減オレも、目を覚まさなきゃならない。
あいつはカスだ。
とんでもないドカス女だ。
こっちの都合なんて考えもしない阿呆だ。
だからこそ、全てを知って、そしてあいつの目も覚まさせてやらなきゃならねぇ。

「隠すな、お前らが知っていることを話せ。……レヴィ、お前からだ」
「……!」

いつもと違い、返事はすぐにこなかった。
躊躇うような素振りを繰り返した後に、ようやく口を開く。

「……奴が、ボンゴレ内で酷い扱いを受けていたことは、知ってたのです」
「なっ……んでっ!テメー知っててなんで黙ってたわけ!?」
「奴自身に口止めされていたのだ!」
「っ!」
「ベル、テメーもだ。知っていることがあるだろう」

レヴィの言葉に激昂しかけたベルに矛先を向ける。
ソファーに深く座り、頭を抱えるその様子に、まさか自分の血を流した時のように我を忘れるのではと一瞬危惧したが、奴から零れた声は弱々しく、暴走は杞憂のようだった。

「……味が。何食べても、味がしないって、スクアーロが言ってた」
「味覚障害だな」
「理由はわかんなかったけど、二人で色んな食べ物を試して、でも何食っても、味がしねーって」
「味覚障害の原因は、亜鉛不足やストレス……あと、ごくたまにだけれども、頭を打ったりした後なんかに発症することもある……。スクアーロは恐らく、外傷とストレスが原因ってところ、かな」
「ベルちゃんも何も言わなかった、ってことは、あなたも口止めされてたのかしら」
「っ~!そーだよ!絶対に誰にも言うなって!心配されたり気遣われるのなんて嫌だって言ったから!」

うずくまったベルから視線を逸らし、マーモンに向ける。
意外にも饒舌な術士は、オレの視線を受け、心得ているとばかりに語り始めた。

「幻術を教えてたんだ、スクアーロに」
「え!?あの人幻術も出来んの!?」

ああそう言えば、よく思い起こせばそれらしい記述もあった。
あいつの性格をよく知らない沢田達が驚くのも無理はないだろう。
ハッキリと書いてあった訳じゃねぇからな。

「出来ると言っても、多少の目眩まし程度さ。たぶんアイツは、その目眩ましを自分に掛けて、傷跡や、血の匂いを誤魔化してた。……気付いてはいたんだよ。幻術を使ってるなって。でも、何を聞いても大丈夫だとしか言わないものだから、結局最後まで、踏み入ることが出来なかった」
「……」

もはや誰も、他人を責めることはできない。
皆一様に、気が付いていて、気が付いていなかった。
そして最後に口を開いたのはルッスーリアだった。
こいつが、一番わからない。
『何か』は知っている。
それが何かまでは書かれていなかった。

「……話しにくいわねぇ。でも、私もあの子が酷い目に遭ってたってことは、聞いてたの」
「どこまで知っていた」
「一部よ、本当に一部。気が付いたときには、もうあの子の心はボロボロで、出来ることは少なくて……。その癖助けを求めてきもしないんだから。もうどうしようもなかった」
「……」
「ボスは知ってたわよね。あの子の、一番隠したかったこと」
「っ!」

あいつの一番隠したかったこと。
思い浮かぶのは溢すように打ち明けられた秘密。
自分は女なのだと、苦しげに言ったあいつの顔が思い浮かぶ。

「……知ってるのは、私達だけじゃないわ」
「それ、は……」
「これ以上、私の口からは……」

言わんとすることを察して、絶句した。
いやしかし、当然と言えば当然なのだ。
あの顔で、あの体型で、その上あいつは暴力に抵抗しなかった……出来なかったと言うべきか。
あの馬鹿のことだから、復讐に我を忘れた奴らの暴力を、甘んじて受けていたのだろう。
いや、それ以前に、あいつはずっと、父親からの暴力を受け続けていた。
抵抗するという考えそのものに、辿り着けなくてもおかしくない。
……あの時、あいつを押し倒した時、泣きそうだったのは何も、理解が追い付かなかっただけなんかじゃなかった。
嫌なことを思い起こさせた?
そんなレベルじゃ、なかっただろう。
握り締めた拳の中から、めらりと炎が舌を伸ばす。
叶うことならば、奴を暴いた者共を塵にしてやりたい。
苦しませて、苦しませて、許しを請い、いっそ殺せと願うまで、甚振って、死ぬ一歩手前まで追い詰めて、殺さずに生かし続ける。
ああ、その敵が誰か、すぐにでも調べたいのに。
今の自分にはその手足(ヴァリアー)もない。

「ボス、スクアーロはいったい、何をしようとしていたの?僕達は……どうすれば良かったのかな」

途方にくれたようなマーモンの声に、オレも答えることが出来なかった。
自分がもし封印などされていなくて、あいつの側にいられたのなら。
……きっとオレが側にいたとしても、あいつは怪我をしたし、それを必死で隠して笑っただろう。
どうすれば、良かったのだろう。
オレには、わからない。

「止めなくちゃいけなかったんだよ」

そう言ったのは、沢田綱吉だった。
奴はちらりと、守護者(銀髪の方だ)を見遣り、言葉を続ける。

「例え相手が嫌がっても、嫌われるかもしれなくても、それで相手が後悔するとしたって、その人に生きてほしかったら、声をあげて、止めて、連れ戻さなきゃ……」
「じゅ、10代目……!オレのことをそんなに……!」
「言っとくけど次にまた無茶したらほんとに怒るからね!?」

ああ、なんだ。
そんなことだったのか。

「……止めに行こう」

今のあいつが、死に向かうのを。
間に合わなくても、あいつが拒否しても、嫌われたって構わない。
オレの言葉に幹部どもは頷いて、すぐさまイタリアへ飛び立つ準備をし始めた。
監視役だとかいう跳ね馬が、それを止めることはなかった。
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