朱と交われば

日記の日付は途切れ途切れで、それはもしかしたらただの覚え書きとかメモとか、そんなものとして使っていたのかもしれない。
初めのうちは、その日の部隊編成であったり、書類の仕分け方のメモや気が付いたことが並んでいた。
その内、その羅列の中に人の名前が増えていく。
それは全て、任務で死んだ仲間の名前のようで、ページが進めば進むほど、殴り書きのような弱音が増えていく。
『自分のせいだ』
『また死なせた』
『きっと恨んでいる』
『自分が死ねば良かったのに』
徐々に乱れていく字が、千切れる心を表しているようにも見えて、リボーンは眉間にシワを寄せた。
この時彼は、まだツナ達と同い年だったはずだ。
人の死の重みを受け止めるには、些か幼すぎる。

「リボーン?何て書いてあるんだ?」

綱吉の問い掛けに、一瞬どう答えるべきか迷った。
そのままを答えて、彼らはどう受け止めるだろう。

「一冊目はほとんどヴァリアーでの仕事の事だな。まあ詳しい標的の名前なんかは書いてねーが」

断片的に伝えれば、綱吉の顔色が悪くなったのがわかった。
仕事の内容でも想像したのかもしれない。
更にノートを読み進めていく。
少し進んだところで、とある言葉が引っ掛かった。

「『きっとテュールが生きていたら、こんな体たらくは晒さなかっただろう』……か。剣帝テュールの事だな」
「テュールって確か……ヴァリアー入るときに、スクアーロが倒した人?」
「剣帝かぁ~、強かったんだろうなぁ」
「んなこと言ってる場合じゃないだろ野球バカ!……リボーンさん、スクアーロは剣帝を殺したんすよね?なのにそう書くのって、何かおかしくないっすか?」
「……そうだな」

剣帝殺しが、まるで剣帝の死を悔やむような、彼の存在を尊ぶような、そんな書き方をしている。
違和感を覚えるのは当然のことだった。
本当は、剣帝との仲は良かったのか?
ならば何故、殺したのだろう。
読めば読むほどに増えていく疑問と違和感に、場の空気が更に重くなった気がした。
それでもまた、日記を読み進めていく。
数ページめくったところで、突然雰囲気が一変した。
字が乱れていることには変わりない。
しかしそれは悔恨や悲哀から来るものではなく、恐らく喜びや興奮から来る乱れのようだった。

「すごい人を見た」
「は?」
「日記に書いてあるのは……XANXUSのことみたいだな。『すごい人を見た。ボンゴレに呼ばれて出た懇親会。目の奥に猛り狂う炎を灯しているような男だ。一瞬で目を奪われた。殺気をぶつけると、怒りとも憎しみとも苛立ちとも取れる視線がこちらを射た。あの凄まじいエネルギー、闘気、なんと呼べばいいんだろう。言葉が出てこない。あんなものは、今まで一度も見たことがない。憧れた。もっと見てみたい』……。かなり興奮した状態で書いたみたいだな。もしかすると、スクアーロはこの時に、XANXUSを主と認めたのかもしれねーな」

リボーンがノートから顔を上げると、深く共感する獄寺の姿があった。
残念ながら綱吉にこんなカリスマ性はないが、それでも運命的な出会いには感じるものがあったらしい。
しかしこの文を見るに、どうやらスクアーロは、XANXUSの抱える憤怒のエネルギーに強い憧れを抱いていたらしい。
強さとか、家柄とか、顔とか、力とか、そんなものではなく、感情への憧れ。
不思議に思いつつも、どこか腑に落ちた気がする。
自分達の出会ったスクアーロには、激しい感情の表現というものがなかった。
笑顔はあっても笑っておらず、冷たい顔をしても怒りは乏しく、人を傷付けても感慨を抱かない。
思い起こせばそんな姿ばかりが浮かんできて、それならば、常から全身に強烈な怒りを纏うような男に憧れを抱くのも、わからないではない。

「XANXUSはその後間もなくヴァリアーに来たみてーだな。『あの男がボスになった。嬉しい。だが突然家具を投げ付けられた。気難しい男のようだ』。普段から素行は良くなかったんだな」
「あー……簡単に目に浮かぶ」

綱吉の言う通りだ。
何でもないことでキレて物を投げる姿が目に浮かぶ。
彼らが出会ったばかりの頃については、ほとんどが物を投げられただの殺されそうになっただの酒を飲みすぎるだのという、XANXUSの素行不良についてが綴られている。
その代わりに、誰かの死に対するコメントは減っている。
ある意味好ましい傾向にあるのだろう。
もし二人が出会わなければ、きっとスクアーロはどこかの戦場でパッタリ死んでいた。
まあ、二人が出会わなければ、こんな裏切りもなく、単純な戦闘員の殉職で片がついていたのかもしれないが。

「ん?」

ページを捲った瞬間、リボーンが首を傾げた。
瞬間的に目についたのは『秘密』という文字だ。
『秘密を打ち明けた。XANXUSの話を聞いて、話さずにいられなくなった。仲間を見つけたような気分。でもアイツは、強ければ良いと言ってくれた。初めて、生きて良いと言われたような気持ちになった』
そう綴られた文字は、前後の文字と比べても、とても丁寧に書かれている。
だが丁寧な文字の一つ一つに、喜びが込められているような気がした。
だが、秘密とは一体何なのか。
その正体は不明だが、スクアーロとXANXUSが、お互いになにがしかの秘密を共有していることだけは、確かのようだ。
XANXUSの話というのは、もしかすると自身の生まれのことについてだったのかもしれない。
ページを捲る。
ヴァリアーに入った直後と比べると、字の乱れはほとんどない。
この時が一番、彼の精神が安定していた時期なのだろう。
綴られていることも、ヴァリアーでの日常的な出来事や、新しく入った隊員の話、辞めていく者の話、時折やはり、死んだ者の話が書いてあるくらいで、取り乱したような言葉や、自分を責め立てる言葉は少ない。
そしてとある秋の日に、溢すように、ぽつりと一言だけが書かれているのを見付けた。
『好きになったのかも』
好きになった?
誰が、誰を、などと、そんな問いかけは無用だった。
その頃の彼の世界は、常にXANXUSを中心に回っていて、日記を読むだけでXANXUSへと並々ならぬ気持ちを注いでいることがわかる。
ボスだと、主だと仰ぐ相手に、性別だとか身分だとかを超えた気持ちを抱いたのだと、すぐにわかった。

「……そっか」

それを話した教え子の反応に、リボーンは自慢のポーカーフェイスを僅かに崩した。
驚いた様子の二人とは真逆に、納得したとでも言いたげな様子。
これもまた、ボンゴレの超直感がなせる技、なのか?
それとも、単純に片想いに慣れてるだけだろうか。
……両方、かもしれない。
さて、自分の想いに気が付いたスクアーロは、一体どうしたのだろうか。
また、ページを捲る。
だがそれ以降、惚れた腫れたという話はまるで出てこない。
自分の気持ちを否定したのか、それとも気が付いてて封じ込めたのか、真相はわからない。
何もわからない内に、日記はゆりかごの起きた日付になった。
『けりをつけにいく』のだと、日記にはそう書かれていた。
結局、XANXUSは封印され、ヴァリアーは館に縛られ、自身は軟禁と暴力の日々が待っているのだと、この時の彼が知ったらどう思うのだろう。
きっと暴力がなくても、歯痒さと屈辱に打ちのめされていたはずだ。
一冊目の日記はそこで終わっていた。

「一冊目から、濃かったね……」

教え子の読み終えた感想がそれだった。
人がズバズバ死んで書いてる本人も死にそうな日記を見てのその感想に、図太さを誉めればいいのか感性を鍛え直せと殴ればいいのか、流石の家庭教師も一瞬迷う。

「ただ、スクアーロの事が少し見えてきた気がする」
「そうっすね、冷酷非道なクソヤローかと思ってましたけど、これ見てっと……」
「本当はもっと穏やかで、優しい奴なのかもしんねーのな」
「この日記が全てって訳でもねーだろうけどな」

そうは言いつつも、確かにこの日記こそが、最もスクアーロの真実に近いように思う。

「じゃ、とっとと二冊目にかかるぞ」

教え子達が頷くのを見て、リボーンは二冊目のノートを開いた。
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