朱と交われば

「そうねぇ、確か初めて会ったのは……一週間くらい前だったかしら?」

リング争奪戦が始まった頃だ。
全員が机についてから、ようやく奈々の話が始まった。
いったい何が目的で商店街に?
ろくな狙いではないだろうとは思うが。

「私の財布を盗ろうとした引ったくりを捕まえてくれてね?」
「ストップ!」

初っぱなから予想外の出会い方をしていた。
いや、しかしまだわからない。
もしかしたら優しい顔をして付け入ろうとしていた可能性だってある。

「スクアーロ君は、スーパーにお野菜を見に来ていたそうでね」
「あの野郎がぁ!?」

獄寺が素頓狂な声を上げる。
あの極悪顔でスーパーで野菜を買って自炊しているところは想像しがたい。

「何でもお友達に手料理を作ってあげたいとかで……」
「マジっすか」

山本の疑わしげな視線に、他の3人も深く同意していた。
イメージと違う。
今すぐにイメージ像のクーリングオフを願いたい程度には、自分達の知る彼と、奈々の話に出てくる人物は性格が異なって見えた。

「それからは毎日会うようになったんだけど、そう言えば今日は会わなかったわねぇ」
「……」

それはそうだろう。
彼は今、イタリアのボンゴレ本部へと運ばれ、そして今回の反乱のありのままを吐かされているはずだから。
何も知らない奈々は、今度会ったらカフェに寄ってお話ししてみたいわ、などと笑っている。
周りにいる少年達には、気まずい沈黙が垂れ込め、険しい苦悩の色が瞳を過っていた。

「その男とはどんな話をしたんだ?」
「そうねぇ、お肉の安いスーパーのお話だったり、ツナ達の事だったり、彼の故郷のお話だったり、お友達のお話だったり……」
「故郷の?」

故郷と言えば、勿論イタリアのことだろう。
意外にも、スクアーロは自分のことを話していたらしいと知り、更に首を捻った。
何が目的で近付いてきたのかが全くわからない。
リボーンが話の続きを促す。
おっとりとした口調の話は、普段であれば眠気の一つでも起こりそうであるが、今回に限っては全員ともが真剣に聞き入っていた。

「会うといつもね、その大切なお友達の話をしてくれて、故郷のイタリアで食べた美味しいものの話とか、仕事でいった国であった面白い話とかもしてくれて……。でも最後には、その話を友達にはあまり出来なかったんだって悲しそうに言ってたのよね」
「大切な友達……」

奈々の話に出てくる彼は、穏やかで優しげで、そして強く想う『大切な友達』という存在がいた。
誰のことなのか、何故かその存在を、綱吉は知っているような気がする。
聞いてはいけないと、どこかで警告を鳴らすものがある。
それを、マフィア達は超直感と呼ぶのだろうか。
だが、聞かなくてはならないと、知らなくてはならないと、彼にはハッキリとわかっていた。
知らない方が良いことでも、知らないことが正しいことではないのだから。

「その大切な友達って、どんな人なの?」
「一度だけ、名前を言ってくれたかしら……。確か……ざ、ざ……えぇと」
「XANXUS?」
「ああ、そう!そんな名前だったわ!」

よくわかったわね、という奈々に、リボーンだけがいつも通りのポーカーフェイスで『やっぱり知り合いだったみたいだな』と返していた。
スクアーロは、ヴァリアーを裏切り、ボンゴレを裏切り、そしてXANXUSを殺そうとしたのではなかったのか?
それが何故、大切な友達などと呼んでいるんだろうか。

「10代目、やっぱり、何かおかしいっすよね……」
「スクアーロは、本当はXANXUSのことを大切にしてたのか?」
「なんか、噛み合わない、よね……」

聞けば聞くほど、今までのイメージが崩されていく。
それとも、奈々の話したそれもまた、偽り、騙り、作り上げた嘘のキャラクターなのだろうか。

「あ、もしかしてリボーン君達、彼と連絡とれるかしら?」
「?難しいが、今ならまだ出来るかもしれねーぞ」
「本当?そうしたら、私がこの間預かったもの、いつ返せば良いの?って聞いてもらえないかしら?」
「なんか預かってたの!?」
「ええ、これよ」

買い物カバンから出てきたのは、数冊のノートだった。
かなり古いものから、最近のものまである。
一番上のノートを見れば、表紙の下の方に『S・Squalo』とサインがある。
だがその一部に、大きな焦げ目がある。

「これは?」
「昨日……かしら、河原でこれを燃やそうとしててね。危ないからダメよ、って注意したら、『じゃあしばらく預かっててくれ』って渡されちゃって。傘を借りたのはその帰りよ。俄か雨に降られちゃって、彼は走って帰るからって貸してくれたの」
「そいつは、これのこと……このノートのこと、何て言ってたんだ?」
「さあ、これが何かは教えてもらえなくて……。でもたぶん、これ日記じゃないかしら?」
「日記……!」

いつからつけられていたものかはわからないが、かなり昔からのものだろう。
もしかすると、ゆりかご当時のことも書いてあるのでは?
奈々は開けなかったようだが、開けるなと言われたわけでもなかったようだ。
イタリア語が読めないからと、あまり気にせず渡したのかもしれないが、普通に考えて自分の日記を他人に預けるなんてただ事ではない。
咄嗟に、リボーンはそれを手にとって言った。

「それならオレ達からあいつに渡しておくぞ」
「まあ本当?でもやっぱり私が預かってた方が……」
「何かあったら責任はツナが取るから平気だぞ」
「オレかよ!」

リボーンが小さな脚で軽々と椅子から飛び降り、ツナの部屋へと走っていく。

「ちょ……リボーン君!」
「あ、オレがちゃんと返しておくから!だから安心して!」
「オレも一緒に返しにいくんで!」
「オレも10代目にお供します!」

3人もまた、リボーンの後から部屋へと向かう。
知ってはいけないことを知ろうとしていることは、全員が直感していた。
ただそれでも。

「知らなきゃ、いけないよね……!」
「ああ、日記読んじまうのはわりーけど」
「あいつが何考えてたのか、ちゃんと知るべきっすよね!」

日記は複数冊あり、もっとも古いのは8年前の日付だ。
代表で綱吉が1ページ目をめくる。

「……」

そっと表紙を閉じた。

「イタリア語じゃん!」

当たり前だが、日記はイタリア語で書かれている。
英語の成績が万年底辺の綱吉に、イタリア語など読めるはずもない。

「オレが読んでやるぞダメツナ」
「へぶっ」

突っ伏した彼の横っ面を叩き、リボーンが日記帳を取り上げた。
そこにかかれていたのは、14歳のスペルビ・スクアーロの非日常だった。
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