朱と交われば

後味の悪い戦いだった。
リング争奪戦の後、綱吉は手に入れた大空のリングを蛍光灯の光に翳しながら、あの夜のことを思い起こしていた。
狂気に目をギラつかせるスクアーロと、それを呆然と見ていたXANXUS。
突然現れた9代目嵐の守護者のコヨーテ・ヌガー。
リボーンは『裏切りには相応の対価が与えられるぞ』なんて言っていたが、やはりどうにも、あの人が罰せられるのには納得できなかった。

「まだ悩んでやがんのかツナ」
「リボーン!」

勉強机の上に、リボーンが飛び乗ってそう言った。
答えずともわかるだろう問い掛けに、綱吉は頬を膨らませる。

「当たり前だろ。ワケわかんない内に裏切りだのリンチだの、いっぺんに話されて……」

私刑なんてものは、今までの自分の生活とは全くかけ離れていて、そんな話をされても理解が追い付かなかった。
ただ、スクアーロは話だけじゃなくて、その場で服を破ってまでその傷を見せたのだ。
首を覆うように付いた真っ黒な痣。
お腹に付いた抉れたような傷痕だとか、ボロボロになった手だとか。

「うっ……」

今思い出しても、気分が悪くなる光景だった。
ヴァリアーは確かに自分達の命を狙う恐ろしい奴らだ。
スクアーロだって、冷酷に振る舞っていた。
ルッスーリアなんかは仲間にも関わらず、ボロボロにされた上に瀕死の状態のままその場に捨て置かれた。
山本も酷く攻撃的な言葉をぶつけられていたし、XANXUSだって……。

「ヴァリアーは間違いなく敵だった。今更ぐずぐず考えてんじゃねーぞダメツナ」
「わ、わかってるよ!でも……」

スクアーロは、『もう、関係ない奴は殺したくない』と言ったのだ。
これで平穏な生活が戻ってきたと思う一方で、本当にこんな終わりで良いのかと思う自分がいる。
初めて出会った時、並盛商店街でバジルを追い掛けてきたスクアーロは、綱吉達を見て温度のない笑みを浮かべていた。
『まったく、ここで会うなんてついてねぇなぁ』と、疲れたように言いながらも、襲い掛かっていった獄寺や山本をいとも簡単に倒していた。
死ぬ気モードの綱吉のことだって、苦戦することもなくあっという間に伸して、後から駆け付けたディーノには『どうせ手を出すこともできないんだろう』と挑発して見せた。
……結局、彼がその場で綱吉達に手をかけることはなく、そのまま薄気味悪い笑顔で立ち去っていったのだが。
つらつらと考え事をしていたそのとき、階下からインターホンの音が聞こえてきた。

「つっくーん、お客様よー」
「オレ?」

どうやら綱吉に客人が来ているらしい。
階段を下りて玄関に向かうと、そこにいたのはいつもの顔……獄寺隼人と山本武の二人。
二人とも、辛気臭い表情を浮かべて綱吉を待っていた。

「よ、ツナ」
「おはようございます!10代目!」
「二人とも!えっと、おはよう。どうしたの、朝早くに?」
「んー、ちょっとツナと話がしたくてな!」
「オレもっス。その……昨日の戦いについてですが……」
「あ……」

やっぱり二人も気になっていたんだとわかり、少し安心する。
勿論、喜んで二人を招き入れた。
二人の後からドアを閉めて、自分もまた部屋に戻ろうとした。
だがふと、見慣れたいつもの景色のどこかが違う気がして、玄関を振り返る。

「……?」

いつも通りのはず……だが、何かが引っ掛かる。
玄関の扉、乱雑に並んだ靴の群れ、靴箱の上の消臭剤、ぶら下がった靴べら、傘立ての中に並ぶ色とりどりの傘……。

「あれ?」

傘立てを見返す。
綱吉の使っているビニール傘、ランボの牛柄の傘、イーピンの黄色い傘、ビアンキの薄ピンクの傘、母さんのうぐいす色の傘、そして柄の太い男物の蝙蝠傘……。

「ねえ母さん!玄関の黒い傘って誰の?」
「え?黒い傘?」
「ツナ?」
「どうしたんスか、10代目?」

階段の上から二人に問いかけられるが、どうしてかその傘のことが異様に気になった。
奈々が手を拭きながら玄関を覗き、そして『ああ』と得心したように頷く。

「その傘ね!商店街で仲良くなった男の子に貸してもらったのよ~」
「男の子?」
「そうそう、外国人みたいでね、とっても綺麗な……」

『綺麗な長い銀色の髪をしていたの』
どくどくと、喉の奥で心臓が脈打っている。
自分が知らない内に、母親にあの彼が接触していた?
いつ?どこで?一体何のために……?

「ママン、その話、詳しく聞かせてくれねーか?」
「リボーン!」

いつの間にか、足元にリボーンが現れていた。

「その話、オレ達も同席して宜しいでしょうか?10代目のお母様」
「オレも聞かせてほしいのな!」

二人も、綱吉の元へと駆け寄り、笑顔で問い掛けている。
だが、その目は真剣だ。

「え?ええ、構わないけれど……どうしたの、ツナ。なんだか怖い顔をしてるけど……」
「へ?え!?そんなことないって!とにかく、その人の話聞かせてよ!もしかしたらオレ達の知り合いかもしれないし……」
「まあ!本当にそうだったらすごいわね~」

事情を知らない奈々はほけほけと笑っているが、こんなことを家光が知ったらショックと心配で気絶しかねない。
お茶でも飲みながら話しましょう、と言って食卓へ誘われ、三人は顔を見合わせる。
スペルビ・スクアーロの行動、発言には、いまだによくわかっていない部分も多くあった。
ヴァリアーも沈黙したままだ。
知りたい。
お互いの目の奥にその気持ちを確認し、揃って食卓へと向かったのであった。
リボーンもまた、彼らのあとに着いていく。
長年の勘が、あの戦いは、裏切りは、ここで終わらせた方が良いと言っていた。
しかしそれでも、教え子が知ることを選ぶのであれば、自分はそれを教え導くだけだ。
奈々から差し出されたコーヒーを受け取り、彼はいつも通りニヒルに笑った。
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