朱と交われば

ーー黙れ!テメーのような裏切り者のカスが、オレに気安く触るな!

あの日の言葉。
心臓をナイフでズタズタに引き裂かれたように感じた。
ボンゴレで酷く殴られたときよりも、任務で大怪我したときよりも、痛くて、辛くて、苦しくて、哀しくて、……何もかもがどうでもよくなった。
もう、必要とされていない。
ずっと待ち続けていたのに、その忠義に返ってきたのは、余りにも辛辣な言葉。
あの日から毎日毎日、頭の中であの言葉が木霊していた。
嘘だ、ザンザスはそんなこと言わない。
あいつはただ混乱していただけで、本当はそんなこと思ってなんかいないはずだと。
だけどそれ以上に、起き抜けのあの言葉は重くのし掛かってくる。
裏切り者。
ずっと、物心ついた頃からずっと、植え付けられ続けた想いが首をもたげた。

『お前なんかいらなかった』

そう言った親父がオレの首を絞めて殺そうとする。

『お前がいたからこんなことになったんだ』

オレを殴り付けながら、ボンゴレの奴らが激しく罵る。
いらないのか?
オレは、必要なかったのか?
オレは、オレは……。

ーー死んでしまえ

頭の中で囁かれた言葉は、ザンザスの声をしていた。








「死のうと、思った」

ぼんやりとした顔で、スクアーロはそう言った。
オレは何も言えなかった。
ただ、ただ、後悔ばかりが渦巻いて、掛ける言葉は見付からなくて、ガラス玉みたいな目をして話す姿を食い入るように見続けた。
レヴィでさえも、何も言わない。

「……だが、ただ死ぬだけなんて赦せない」
「ど、ういう、意味だ……?」

絞り出すような言葉を聞き、ようやく顔を上げて掠れた声で問い掛けたレヴィに、スクアーロは口の端をつり上げて笑った。

「壊す」
「な……」
「全部、ぶっ壊す……。XANXUSも、ヴァリアーも、ボンゴレも……全部、全部全部全部全部全部全部全部全部っ……‼ぶち壊してやる!」

憎しみの籠った言葉が、鼓膜を熱く叩きつける。
スクアーロは、こんな風に怒るのか。
苦しそうなその声に、今にも泣きそうなくらいに歪められた口許に、きっとオレは、体さえ動けば駆け寄って、触れて、……謝って。
……考えるだけ全部無駄だと、気が付く。
もう、指一本動かすのだって出来ない。
スクアーロに壊される。
それなら、それで、こいつが満足するのなら、もう、良いか。
スクアーロの手が、こちらに伸びてくる。
ゆっくりと目を閉じる。
なんだ、死を受け入れるのは、こんなにも……

「そんなことさせられるか!」

鋭い声が、空気を引き裂いた。
ハッとして目を開ける。
目の前に、スクアーロの素手が迫ってきていた。
傷だらけで、所々の皮膚が、剥がれていたり、潰れていたり、爪も剥がされて、ボロボロの手が、目の前でカタカタと震えていた。

「やめろ!そんなことしたって……誰も救われないじゃないか……!」

叫んでいたのは、沢田綱吉で、その声に、頭にかかっていた靄がすっと引いていくような感覚がした。

「あなたは、そんなことができる人じゃない」
「……出来るさ、ずっとしてきた」
「あなたはただ、仲間を守るために、戦ってきただけだ」
「っ……お前に、何がわかる」
「わからない、よ……。それでも、だとしても……オレは、あなたが仲間を傷付けるところなんて……」
「仲間なんかじゃない!」

頬を、固い拳が打ち付けた。
土の上に血が飛び散って、汚い水玉模様をつける。
がちゃりと頭上で音がした。
耳慣れた音は、拳銃を構えた合図。
荒い息の音が聞こえてくる。
カチカチと、鉄が震えている。

「カスザメ……」
「っ……!」

薄目を開けた。
霞んだ視界の向こうにいる彼女は、肩を震わせながら、オレに向けて黒い鉄の塊を向けていた。
まるで泣いているように見える。
オレに、憎しみをぶちまけたスクアーロと、目の前で震えるスクアーロ。
どっちが、スクアーロなんだろう。

「……スク、アーロ……」
「っ……さようなら、御曹司」

血の着いた指が、引き金に掛かる。
乾いた音が、空気を貫いた。
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