朱と交われば

夢を見た。
夢の中で、あの陰鬱な目がオレを睨んでいる。
知っている、オレはこの目を知っている。
どこで見た?
誰の目だ?
思い出さなきゃいけないのに、すぐそこまで出かかっているのに、わからない……。

「ぐっ……うう……」

チリチリとした痛みを感じて目を開けた。
目の前にツナが倒れているのが見える。
酷い傷だ。
駆け寄らなきゃと、立ち上がろうとしたが、それは許されなかった。
手も、足も、執拗なまでに拘束されていて、これではまともに起き上がることも出来ない。
首から上だけは自由だったから、何とか頭を動かして周りを確認した。
すぐ横に時雨金時が転がっていて、近くには、オレ以外の守護者達も倒れている。
全員同じように拘束はされていたが、どうやら無事なようだった。
また頭を動かす。
ツナの向こう側、少し離れた場所には、血塗れのXANXUSと、その頭を膝上に乗せたスクアーロがいた。
そうだ、スクアーロの、あの目。
暗く翳ったその目を、オレは前にも見たことがある。

「XANXUSには……この御曹司サンにはよぉ、9代目との血の繋がりなんて、全くねぇんだ」
「え……?」

徐に、スクアーロが口を開いた。
その声は踊るように愉しげで、そして空っぽに聞こえた。


 * * *


「こいつは貧困街の生まれだ。だが生まれながらに、掌に炎を宿していた。そうだろぉ?御曹司」

滔々と語り始めたスクアーロは、オレを御曹司などと呼びやがる。
余りにも皮肉めいたその呼び掛けに、ギリギリと歯を食い縛る。
それを返事と取ったのか、その薄い唇が弧を描く。

「母親は炎に目が眩み、お前を9代目の息子だと思い込んだ。お前もそれを信じ、そしてある日、9代目とお前を合わせた」

そうだ、あの日、ジジィの前にオレを連れ出し、あの女はこともあろうに、『あなたの息子』だと言ったのだ。
オレは言われた通りに掌に炎を灯す。
目の前の品の良さそうなじいさんが、オレのことをじっと見ていた。
そして奴は言ったのだ。

「9代目は、お前が自分の血の繋がった息子であると、認めた。……認めた、なんて……。全部嘘の癖に、笑っちまうよなぁ」

くくっと、喉を鳴らして笑う。
遠くで、息を飲む音が聞こえた気がする。
沢田か、それともレヴィか、はたまた守護者の誰かが起きたのだろうか。

「そしてXANXUSという男は、ボンゴレの後継者として育てられてきた。なに不自由なく、最強の男と祭り上げられてきた。どんな気分だったんだろうなぁ?さぞかしいい気分だったんだろうよ」

最悪な気分だった。
知らない人間までもが、オレを10代目と呼び、甘い顔をして、上部だけの言葉を投げ掛ける。
気持ち悪かった。
誰もオレという人間を見ていない。
アイツらが見ていたのは、10代目候補であるXANXUSという器だけ。
だがその中で、こいつに出会った。
こいつだけは、オレの強さを見て、オレの傲慢さを見て、オレの怒りを見て、それでも尚、着いてきてくれたのだと、そう思っていた。

「お前はボンゴレの血統なんかじゃない」
「っ!」
「まったく、それなのに期待しちまってたオレがバカみてぇじゃねぇかぁ」
「……それが、ボスを裏切った理由、なのか……?そんな、ことが!?」

『そんなこと』と、レヴィがそう言ったことに、すぅっと胸の奥に風が吹いたような気がした。
安堵していたのかもしれない。
こいつは、10代目候補のオレを崇敬していたのだと思っていた。
こいつは、オレ自身を見ていてくれたのだと、そう思えたことが、胸にもう一度炎を灯した。

「違う、だろう……。カスザメ、てめぇがオレを、それだけで裏切るとは、思えねー……」
「ボス!?」
「XANXUS!?」
「……そうだぁ。オレは別に、お前が10代目になろうと、なるまいと、どうだってよかった」

吐き出す息すら震えるが、それでも、スクアーロがオレを裏切る理由だけは、自分で聞きたかった。
オレの声を聞き、答えた彼女は、その鋭い視線を伏せる。

「……クーデターを起こした、後」

暫くの沈黙の後、スクアーロの口から過去の出来事が語られ始めた。
それは、小さくて、静かで、とてつもなく闇の深い、彼女の戦いの話だった。


 * * *


じゃらりと鎖が鳴く。
こうも長い間手足を拘束されるのは、この14年間の人生で初めてだ。
頭を垂れたまま、じっと擦りきれたブーツの先を見ていると、頭上で交わされる会話は徐々に熱を帯びていく。

「だが9代目、こいつは今回のクーデターの首謀者だぞ!何のお咎めもなしに解放するなど……」
「コヨーテ、彼はただXANXUSの為に戦っただけなんじゃ。悪いのは、大切な事を隠し、誤魔化し続けてきたわしで……」
「貴方の言わんとすることはわかります。しかしそれとこれとは話が別だ!今、主犯をキツく罰しなければ、同盟ファミリー達にも、身内にも示しがつかない‼」

この、無駄な言い争いはいつまで続くのだろう。
このクーデターを起こすより前に、命を擲つ覚悟は決めていた。
息子のためにやったことだからと、庇われるなんてごめんだったが、もはやその言葉に反論する気も失せていた。
自分は生かされて……、そして、どうなるんだろう。
捕虜として、長い時間を拘束されるのだろうか。
それなら良いと、思った。
あの男と同じように、時を奪われ続けるというのなら。
それとも憂さ晴らしに殴られるだろうか。
もしそうならば、殴られるのは自分だけが良い。
殴られるのは慣れていた。
だが仲間が抵抗も出来ずに殴られるなんて、想像することすら厭わしい。
さて一体、自分はどうされるんだろう。
その答えは、長い討論の後に、9代目ボンゴレから直接伝えられた。

「スペルビ・スクアーロ、君には暫くの謹慎を命ずる。そしてその命を、今後ボンゴレの為に、尊き市民の平和のために尽くすことを誓いなさい」
「……謹慎、は、わかった。だが尽くすことを誓えってのは、どういう意味だ」

いつの間にか、部屋には9代目と自分だけになっていた。
あれだけ騒いでいたはずなのに、どうしてこの人だけが残っているんだろう。

「……働きなさい。ボンゴレの手足となって、私の命に従い、その身を血に染めてでも、生きて、生きて、そして……あの子の、XANXUSの事を、待ち続けてほしいのじゃ」

恐らくそれは、オレを生かす為に守護者が突き付けた最低条件で、そして目の前の爺さんのおぞましいほどのエゴの塊だった。
自分の息子のために、闇に堕ちろ。
自分の息子のために、見えない希望を持ち続けろ。
自分の息子のために、心を殺してでも生き続けろ。
オレにはそう聞こえてならない。
だから顔を上げて、口の端を歪めながらその言葉を吐き捨てた。

「あんたは、本当に最低な野郎だな」

彼が、オレの言葉をどう受け取ったのかは、わからない。
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