朱と交われば
何故だ……!
オレが有利だったはず。
オレの方が圧倒的に、生物として、戦士として、奴に勝っていたはずなのに!
何故俺は今、奴に殴られている?
何故このガキは、オレの憤怒の炎を受けて尚、戦い続ける!?
これが、これがボンゴレの血、だとでも言うのか……?
奴が零地点突破・改などというふざけた技を始めてから、状況が変わった。
殺す気で撃ちまくった、憤怒の炎の弾幕を、奴は吸収した上に、オレの炎を己のエネルギーへと変換しやがったのだ。
憎い、憎い憎い憎い!!!
カッと頭に血が上ってくるのがわかる。
「おの、れ……。このオレが、まがいモノの零地点突破ごときに、あんなカスごときに……。くそが……くそが‼ド畜生がぁ!!!」
アイツが、アイツが戻って来さえすれば、勝負は間違いなくひっくり返る。
何故、何故まだ姿を見せない……!
スペルビ・スクアーロ‼
怒りに任せて、コントロール無視の莫大な炎を掌から拳銃へと注ぎ込む。
顔が、体が、腕が、脚が、じくじくと膿むような痛みを訴え始めた。
あのガキを殺せば、この疼きは収まるのか。
10代目を継げば、この苦しみは消えるのか。
思考が纏まらない。
一つわかっているのは、とにかくすぐにでも、あのガキを殺さなければならないと言うことだ。
「死にさらせ!!!」
ガキ目掛けて、思いきり突っ込んでいく。
すぐに、自分の顔面へと拳がぶち当たるのがわかった。
熱く、骨まで焼き溶かされるような炎。
だが、その程度の痛みなど、己を失い、時を奪われ、世界を壊された苦しみに比べれば、何と言うこともなく。
「それが……どうした‼」
口内が切れて血が伝う。
頬の皮は焼け焦げて、熱いのか冷たいのか、痛いのか何も感じてすらいないのか、もう、もう何もわからない。
それでもただひたすらに、目の前の邪魔物の息の根を止めるために、両腕を振り上げた。
「死ね!!!」
ありったけの怒りを込めた炎が、闇を裂いて空へと立ち上る。
化物の咆哮のごとく、炎が吠え嘶き、奴とオレとの空間を熱した。
その瞬間、陽炎のごとく揺らめく視界の中に見えたのは、敵であるガキの、酷く落ち着き冷めた瞳であった。
その時のオレは、まさに無我夢中の状態で、何故そのように動いたのかはわからない。
ただ、思いきり飛び上がった直後に、オレは銃を手放した。
ぶつかる掌。
炎と炎の応酬。
フィールドは爆発的なエネルギーに包み込まれ、一分ほどの間、音を失っていた。
* * *
「急がねーと、毒の致死時間の30分が経っちまう‼」
ひっそりと動きながら、焦った声で体育館の扉に手を掛ける者達がいた。
雲雀恭也に助けられ、ボロボロの体を引きずりながらも急ぐのは、獄寺隼人と、山本武である。
服には血が滲み、息は上がり、顔色は土気色という、余りにも酷い有り様ではあったが、二人は綱吉の力となるべく、残り一つのリングを探して、クローム髑髏が待つはずの場所へと向かっていたのだ。
覚束ない手で扉を引き開ける。
だがその向こうに見えたのは、毒に苦しむクロームでもなく、ましてや彼女の死体ですらなく、いやそもそも、そこにいたのは一人でも、マーモンを含めた二人でもなかった。
「……ん"ん、ああ、随分と遅かったじゃあねぇかぁ」
「なっ……!」
「どういうことなのな、これは……‼」
扉の開く音に振り向いたのは、体育館の中央に立っていたスクアーロだった。
会う約束をしていた友人が遅れてきただけ、とでも言うような、おかしなほどの自然体で声を掛ける。
……スクアーロがいるだけであれば、(その恐ろしく気の抜けた声を抜きにすれば)そこまで状況的におかしな事はない。
スクアーロもまた、霧のリングを求めてここへ来たのだろうと考えられる。
だが彼の前にある光景は、不自然などと言う言葉ではとても足りないほどに、狂気的な様相を見せていた。
「こんな……仲間同士で……何故……ムグっ」
「くっ……うぅ……」
「あ"っ……うぁ……いだ、い……スクアーロ、なんで……」
蜘蛛の巣に絡め取られたかの如く、3人の人間の体が、極細のワイヤーで宙に吊り上げられていた。
マーモンの小さな体は、一分の隙もなく拘束されており、クローム髑髏もまた、三叉槍からは遠ざけられ、苦し気に呻いている。
特に酷かったのはベルフェゴールだ。
捕まった後に暴れたのだろうか、彼の体には、相当複雑にワイヤーが絡まっており、首に食い込んだワイヤーで息をすることすら危うい状態だ。
口端から唾液を溢し、四肢をきつく縛られて、彼は逆さまに吊られていた。
「あはは、タロットによぉ、吊られた男(ハングドマン)ってあるだろぉ。そっくりだよなぁ」
「な……に考えてんだ!さっさと全員解放しろ、サイコ野郎が!」
「なんでこんなこと……。仲間に、どうしてこんなことが出来るのな!?」
「仲間……?」
山本の溢した言葉に、スクアーロはうっとりとでも表せば良いのだろうか、とても恍惚とした表情で呟いた。
「仲間と思っていたのは、アイツらだけさ」
「……え?」
「ずっと前から、オレは一人だ」
「な、何言って……僕達はずっと、ヴァリアーとして、仲間として生きてきたじゃ……」
「……黙ろうか、マーモン」
「ムギャッ」
マーモンを更にキツく締め上げたスクアーロの顔は、影になってよく見えない。
彼が何を考えているのか、少しでも探ろうと、獄寺は必死で目を凝らした。
まだこちらに攻撃してくる素振りは見せない。
捕らわれているクロームは、苦しそうではあるが、3人の中では最も拘束が緩いらしく、薄目を開けてこちらを見ていた。
息はそこまで荒くはない。
他の守護者同様、毒は抜かれているのか?
「クローム髑髏の毒は、ちゃんと解毒してあるぜぇ」
「っ!」
考えていたことを、ズバリ言い当てられて、一瞬たじろぐ。
言い返すことも出来ず、言葉に詰まった獄寺の横で、彼をフォローするように山本が言葉を返した。
「そう言えばオレの毒も抜いてくれたんだったな。サンキュ、スクアーロ」
「……ふ、証人は、多いに越したことはないからなぁ」
「な、何、礼なんか言ってやがるこの野球バカ!……スペルビ・スクアーロ、てめー、どういうつもりでこんなことしてやがる?証人って言ったな。何の証人だ?一体、何をやらかす気でいやがる!」
「何を……ね」
ふと、山本は気が付く。
スクアーロの銀色の瞳は、昨日まであんなに陰った色をしていただろうか。
いや、それより、あの目、どこかで似たようなものを見たことがある気がする。
どこで見た?
思い出せ、思い出せ……。
「今ここで、オレが説明してやる必要はないだろう。……直に、その目で見ることとなる」
「っ!獄寺!避けろ!」
「っ!……なっ!」
スクアーロの顔が変わった。
無気力そうだった表情に、薄氷が張ったような緊張感が過る。
咄嗟に叫んだ山本の言葉に反応し、獄寺が一歩下がったのは、正しく幸運であったと言えよう。
彼の鼻先数ミリ前を、剣の切っ先が通過する。
遠くにいたはずのスクアーロが、一瞬、ほんの一瞬の内に、彼らの直前にまで迫ってきていた。
剣を振り抜き、ほんのわずかに出来た隙を逃がさないよう、獄寺も山本も必死に動く。
だが、獄寺のダイナマイトの導線が、スパリと切れて落ちた。
山本の服に斬り込みが入った。
「くそっ!」
「っ!時雨蒼燕流、攻式八の型・篠突く雨‼」
咄嗟に篠突く雨を放つ。
いつの間にか張り巡らされていたワイヤーを切り裂き、獄寺共々後退した。
十分な距離を取った、そのはずだった。
「まだだぁ!う"ぉお"おおぁ!!!」
「なっ!ぐあ!」
山本の眼前に、黒い革手袋をはめた手が迫っていた。
顔を掴まれ、力任せに押され、バランスを崩した彼はそのまま地面に叩きつけられる。
頭の中で星が弾けた。
視界が色を変え、光が点滅し、意識が吹っ飛びそうになる。
意識を失えば、このまま動き出すことが出来なければ、そのまま拘束されてクローム達と同じようになる。
「ここでっ!倒れてたまる、か‼」
「っ!お"らぁ!」
「ぐあ!」
鳩尾に、重たい一撃が落ちる。
遠くに、獄寺の『ロケットボム!』と叫ぶ声が聞こえた気がしたが、それ以上意識を保つことは出来ず、山本は意識を失ったのだった。
オレが有利だったはず。
オレの方が圧倒的に、生物として、戦士として、奴に勝っていたはずなのに!
何故俺は今、奴に殴られている?
何故このガキは、オレの憤怒の炎を受けて尚、戦い続ける!?
これが、これがボンゴレの血、だとでも言うのか……?
奴が零地点突破・改などというふざけた技を始めてから、状況が変わった。
殺す気で撃ちまくった、憤怒の炎の弾幕を、奴は吸収した上に、オレの炎を己のエネルギーへと変換しやがったのだ。
憎い、憎い憎い憎い!!!
カッと頭に血が上ってくるのがわかる。
「おの、れ……。このオレが、まがいモノの零地点突破ごときに、あんなカスごときに……。くそが……くそが‼ド畜生がぁ!!!」
アイツが、アイツが戻って来さえすれば、勝負は間違いなくひっくり返る。
何故、何故まだ姿を見せない……!
スペルビ・スクアーロ‼
怒りに任せて、コントロール無視の莫大な炎を掌から拳銃へと注ぎ込む。
顔が、体が、腕が、脚が、じくじくと膿むような痛みを訴え始めた。
あのガキを殺せば、この疼きは収まるのか。
10代目を継げば、この苦しみは消えるのか。
思考が纏まらない。
一つわかっているのは、とにかくすぐにでも、あのガキを殺さなければならないと言うことだ。
「死にさらせ!!!」
ガキ目掛けて、思いきり突っ込んでいく。
すぐに、自分の顔面へと拳がぶち当たるのがわかった。
熱く、骨まで焼き溶かされるような炎。
だが、その程度の痛みなど、己を失い、時を奪われ、世界を壊された苦しみに比べれば、何と言うこともなく。
「それが……どうした‼」
口内が切れて血が伝う。
頬の皮は焼け焦げて、熱いのか冷たいのか、痛いのか何も感じてすらいないのか、もう、もう何もわからない。
それでもただひたすらに、目の前の邪魔物の息の根を止めるために、両腕を振り上げた。
「死ね!!!」
ありったけの怒りを込めた炎が、闇を裂いて空へと立ち上る。
化物の咆哮のごとく、炎が吠え嘶き、奴とオレとの空間を熱した。
その瞬間、陽炎のごとく揺らめく視界の中に見えたのは、敵であるガキの、酷く落ち着き冷めた瞳であった。
その時のオレは、まさに無我夢中の状態で、何故そのように動いたのかはわからない。
ただ、思いきり飛び上がった直後に、オレは銃を手放した。
ぶつかる掌。
炎と炎の応酬。
フィールドは爆発的なエネルギーに包み込まれ、一分ほどの間、音を失っていた。
* * *
「急がねーと、毒の致死時間の30分が経っちまう‼」
ひっそりと動きながら、焦った声で体育館の扉に手を掛ける者達がいた。
雲雀恭也に助けられ、ボロボロの体を引きずりながらも急ぐのは、獄寺隼人と、山本武である。
服には血が滲み、息は上がり、顔色は土気色という、余りにも酷い有り様ではあったが、二人は綱吉の力となるべく、残り一つのリングを探して、クローム髑髏が待つはずの場所へと向かっていたのだ。
覚束ない手で扉を引き開ける。
だがその向こうに見えたのは、毒に苦しむクロームでもなく、ましてや彼女の死体ですらなく、いやそもそも、そこにいたのは一人でも、マーモンを含めた二人でもなかった。
「……ん"ん、ああ、随分と遅かったじゃあねぇかぁ」
「なっ……!」
「どういうことなのな、これは……‼」
扉の開く音に振り向いたのは、体育館の中央に立っていたスクアーロだった。
会う約束をしていた友人が遅れてきただけ、とでも言うような、おかしなほどの自然体で声を掛ける。
……スクアーロがいるだけであれば、(その恐ろしく気の抜けた声を抜きにすれば)そこまで状況的におかしな事はない。
スクアーロもまた、霧のリングを求めてここへ来たのだろうと考えられる。
だが彼の前にある光景は、不自然などと言う言葉ではとても足りないほどに、狂気的な様相を見せていた。
「こんな……仲間同士で……何故……ムグっ」
「くっ……うぅ……」
「あ"っ……うぁ……いだ、い……スクアーロ、なんで……」
蜘蛛の巣に絡め取られたかの如く、3人の人間の体が、極細のワイヤーで宙に吊り上げられていた。
マーモンの小さな体は、一分の隙もなく拘束されており、クローム髑髏もまた、三叉槍からは遠ざけられ、苦し気に呻いている。
特に酷かったのはベルフェゴールだ。
捕まった後に暴れたのだろうか、彼の体には、相当複雑にワイヤーが絡まっており、首に食い込んだワイヤーで息をすることすら危うい状態だ。
口端から唾液を溢し、四肢をきつく縛られて、彼は逆さまに吊られていた。
「あはは、タロットによぉ、吊られた男(ハングドマン)ってあるだろぉ。そっくりだよなぁ」
「な……に考えてんだ!さっさと全員解放しろ、サイコ野郎が!」
「なんでこんなこと……。仲間に、どうしてこんなことが出来るのな!?」
「仲間……?」
山本の溢した言葉に、スクアーロはうっとりとでも表せば良いのだろうか、とても恍惚とした表情で呟いた。
「仲間と思っていたのは、アイツらだけさ」
「……え?」
「ずっと前から、オレは一人だ」
「な、何言って……僕達はずっと、ヴァリアーとして、仲間として生きてきたじゃ……」
「……黙ろうか、マーモン」
「ムギャッ」
マーモンを更にキツく締め上げたスクアーロの顔は、影になってよく見えない。
彼が何を考えているのか、少しでも探ろうと、獄寺は必死で目を凝らした。
まだこちらに攻撃してくる素振りは見せない。
捕らわれているクロームは、苦しそうではあるが、3人の中では最も拘束が緩いらしく、薄目を開けてこちらを見ていた。
息はそこまで荒くはない。
他の守護者同様、毒は抜かれているのか?
「クローム髑髏の毒は、ちゃんと解毒してあるぜぇ」
「っ!」
考えていたことを、ズバリ言い当てられて、一瞬たじろぐ。
言い返すことも出来ず、言葉に詰まった獄寺の横で、彼をフォローするように山本が言葉を返した。
「そう言えばオレの毒も抜いてくれたんだったな。サンキュ、スクアーロ」
「……ふ、証人は、多いに越したことはないからなぁ」
「な、何、礼なんか言ってやがるこの野球バカ!……スペルビ・スクアーロ、てめー、どういうつもりでこんなことしてやがる?証人って言ったな。何の証人だ?一体、何をやらかす気でいやがる!」
「何を……ね」
ふと、山本は気が付く。
スクアーロの銀色の瞳は、昨日まであんなに陰った色をしていただろうか。
いや、それより、あの目、どこかで似たようなものを見たことがある気がする。
どこで見た?
思い出せ、思い出せ……。
「今ここで、オレが説明してやる必要はないだろう。……直に、その目で見ることとなる」
「っ!獄寺!避けろ!」
「っ!……なっ!」
スクアーロの顔が変わった。
無気力そうだった表情に、薄氷が張ったような緊張感が過る。
咄嗟に叫んだ山本の言葉に反応し、獄寺が一歩下がったのは、正しく幸運であったと言えよう。
彼の鼻先数ミリ前を、剣の切っ先が通過する。
遠くにいたはずのスクアーロが、一瞬、ほんの一瞬の内に、彼らの直前にまで迫ってきていた。
剣を振り抜き、ほんのわずかに出来た隙を逃がさないよう、獄寺も山本も必死に動く。
だが、獄寺のダイナマイトの導線が、スパリと切れて落ちた。
山本の服に斬り込みが入った。
「くそっ!」
「っ!時雨蒼燕流、攻式八の型・篠突く雨‼」
咄嗟に篠突く雨を放つ。
いつの間にか張り巡らされていたワイヤーを切り裂き、獄寺共々後退した。
十分な距離を取った、そのはずだった。
「まだだぁ!う"ぉお"おおぁ!!!」
「なっ!ぐあ!」
山本の眼前に、黒い革手袋をはめた手が迫っていた。
顔を掴まれ、力任せに押され、バランスを崩した彼はそのまま地面に叩きつけられる。
頭の中で星が弾けた。
視界が色を変え、光が点滅し、意識が吹っ飛びそうになる。
意識を失えば、このまま動き出すことが出来なければ、そのまま拘束されてクローム達と同じようになる。
「ここでっ!倒れてたまる、か‼」
「っ!お"らぁ!」
「ぐあ!」
鳩尾に、重たい一撃が落ちる。
遠くに、獄寺の『ロケットボム!』と叫ぶ声が聞こえた気がしたが、それ以上意識を保つことは出来ず、山本は意識を失ったのだった。