朱と交われば

今日、長かった戦いが終わる。
オレ達を睨むガキどもも、煩わしい柵も、何もかもを叩き伏せて、オレはボンゴレ10代目を継ぐ。
だが並盛中学のグラウンドに踏み込んだ時、唐突に現れた人物には、流石に状況を忘れて驚いた。

「ボス!スクちゃん!」
「……あ"あ、なんだ、生きてやがったのかぁ」

聞き覚えのある声、しなを作る筋肉質な体、派手なモヒカン。
初戦で敗北し、始末されたと思っていたルッスーリアが、何故かそこにいた。
乾いた視線を投げ掛け、軽蔑したように言うカスザメに、怖じ気付いたか、少し離れた場所で脚を止める。

「……跳ね馬に助けられたのよぉ」
「敵に助けられて永らえたのかぁ?はっ、無様だなぁ、ルッスーリア」
「しし、だっせ」
「なっ……あんたっ、あの時も今も、なんなのよ!一度負けたら用済みなの!?前までのあんたはそんなこと言わなかっ……」
「あ"あ?うっせぇぞ、負け犬がぁ!」
「ぐえっ!」

一瞬の内に、ルッスーリアの体が宙を舞い、数メートル先まで吹き飛んだ。
近くには誰もいない、ただ、奴の周りには、微かな光を跳ね返すワイヤーがあるようだ。
傷に響いたのか、蹲って動かない奴に、スクアーロは吐き捨てるように言葉を落とした。

「負けた奴に、用はねぇ。ヴァリアーの昔からの暗黙の掟だろうがぁ」
「そ、そんなの……昔の話じゃ、ないの」
「残念だったなぁ、オレが昔気質で。う"ぉいボス、とっとと行こうぜぇ。チェルベッロはもう少し向こうにいるはずだぁ」

嘲笑うように言ったスクアーロは、その後はもうルッスーリアの方には全く目も向けずに、オレへと移動を促した。
ルッスーリアの方を見る。
サングラス越しに、こちらを見てきたのがわかった。

「ボス……!あ、私まだ戦えるのよ!何だって出来るんだから……!だからお願いよぉ!捨てないでっ……あがっ!?」
「チッ……相手にすんなよザンザス。ほら、行くぞぉ」

ルッスーリアの方など見もせずに、鋭いワイヤーが牙を剥き、その太い首を締め上げている。
その様子からふっと目を逸らす。
ベルの背中側に隠れるように浮いていたマーモンも、同じような様子だった。
一歩間違えば、奴とて同じ扱いを受けていた事だろう。
そう考えれば、その気持ちもよくわかった。
スクアーロに背中を押されて、再び歩き始める。
遠くに視線を向ければ、特徴的な色素の薄い髪色が見えた。

「お待ちしておりました、XANXUS様、ヴァリアーの皆様」
「奴等はぁ?」
「まだです」

簡潔に済まされた問答の後、オレは1人中庭の中心へと歩を進めた。
のし掛かるような、濃い闇。
決戦の時に相応しい夜。
月の光すら届かない、静かな庭。
どれくらいの間、突っ立っていたのだろうか。
もう、良い時間だ。
オレはここにいる。
とっとと来い、決着を、決着を、このつまらない戦いに終焉を!
気持ちの高ぶりに呼応するように、掌から憤怒の炎が吹き出した。
大気中の水分と反応した炎が、爆発的な蒸気を生み出す。
瞼を細め、蒸気が収まるのを待つ。
感情的になると、炎のコントロールが利かなくなる。
だが今日は、そんな事などまるで気にならなかった。
人の近付く気配がする。
来たのは、向こうの晴、嵐、雨の守護者どもだった。
騒ぎ立て、こちらの様子を伺っているらしい。
そしてその後ろから、ちいせぇ影が二つ現れた。

「向こうも体調はいいみてーだな」
「XANXUS……」

険しい表情で立ち、こちらへ視線を向けるガキ。
こちらを探るような目に、眉間に皺が寄るのがわかった。

「きたか、カス……」

チェルベッロが奴らの前にも姿を見せる。
その後ろからは、オレの守護者達も現れ、そして向こうの守護者も続々と現れる。
怪我をしていた雷のガキや、ついさっきまで首を絞められていたルッスーリアも合流し、ようやく、全ての役者が顔を揃えた。
怪我をしているガキを参加させることや、リングを一度手離すことに、反論が出たが、それらはルールという力に圧し殺される。
チェルベッロは、常と変わらぬ淡白な口調で対戦方式を語り始めた。
今回もまた、勝利条件はリングの完成。
ただし今回は、学校全体をフィールドとして使い、更に他の守護者も参加をするのだと言う。
リストバンドを渡された守護者どもが、それぞれのリング争奪の戦いを行った場所へと向かう。
リストバンドに付けられたカメラが、リストバンドの小さなモニターと、校舎を利用した巨大モニターの両方へ、守護者達の顔を映し出していた。
向こうは傍観者どもも面を並べている。
呪われた赤ん坊二人に、伝説の殺し屋、チェデフのガキに、跳ね馬ディーノか。
ふと、目を上げた瞬間に、跳ね馬と視線がかち合った。
奴の視線が、何故か不安げに揺れた。
何かを言いたげに、形のいい口が開き……何も発することなく閉じた。
一体、何だと言うのか。
だがオレの疑問には気が付かなかったらしい。
そのまま視線は逸らされる。

「全員、各フィールドに到着したようです」

チェルベッロの言葉に、皆がモニターを見上げた。
確かに、全員がフィールドに立っている。
そしてその目の前には、4つの脚に支えられた、背の高い台座があった。
よく見れば、その上にはリングが置いてある。

「まさか、また奪い合えってのか……?」
「ってことはさ――オレ達も戦えちゃうわけ?」

嵐の守護者二人の発言。
向こうのガキに続き、ベルが放ったそれに対して、チェルベッロは冷たく返す。

「どうぞご自由に。ただし、出来ればの話ですが」

直後、守護者達に異変が現れた。
全員、突然顔をしかめ、リストバンドをはめた腕を見ている。

「ただ今守護者全員に、リストバンドに内蔵されていた、毒が注入されました」
「!!なんだって!?」

その時の奴らの顔ときたら。
一気に血の気が引き、青ざめ、冷や汗を流し出す。
モニターを見れば、守護者は皆、地面に倒れ込み、苦し気に呻いていた。
カスザメも、流石にこれには耐え兼ねたのだろう。
歯を食い縛り、地面に片膝をついていた。
その目が、モニターを覗く。
問題ないとでも言うかのような視線に、思わず満足げな笑いが漏れた。

「デスヒーターと呼ばれるこの毒は、瞬時に神経をマヒさせ、立つことすら困難にします。そして、全身を貫く燃えるような痛みは徐々に増してゆき、30分で……絶命します」

絶命、その言葉に反応し、向こうの奴らが声を荒げる。
だがこの状況こそが、大空の戦いに相応しいのだと、チェルベッロはのたまった。
……どちらにしろ、あのカスザメがこの程度の毒で簡単に死ぬとは思えない。
つまり、こちらはこんな毒など、どうとでもなるということだ。
解毒方法とて、リングをリストバンドの窪みに差し込むだけ。
そして、全ての守護者の命を懸けた勝負は、オレか、あのガキが全てのリングを、与えられたチェーンに納めることで決着が着く。
早く始めようと急かすガキに、チェルベッロが最後の説明を付け足した。

「勝負開始後は、一切の部外者の外部からの干渉を禁止します。特殊弾もしかりです」
「了解したぞ」

オレは既にチェーンを着け終わっている。
まあ、チェルベッロの女にやらせたが。
そして、向こうのガキも、チェーンを着け終わった。
それを確認した直後に、オレは直ぐ様、ガキの横っ面を殴り飛ばした。
ただ殴ったわけではない。
憤怒の炎の込められた、会心の一撃。
普通ならば、既に息はないだろう。

「ザ……XANXUS様!まだ……!」

流石に、常から鉄面皮のチェルベッロも、これには顔色を変えた。
奴らさえ、正当後継者と思っているオレが、ルールを破って戦い始めたからだろう。

「早く始めたいと言ったのは、向こうだぜ」
「は……それでは……!」
「しかし今の攻撃で沢田氏が……」
「卑怯だぞXANXUS!!」
「あぁ?特殊弾を撃つ前はまずかったか?」

これで終わるのならば、それも良しと思っていた。
だがそう簡単には行かないらしい。

「なめんなよ、オレを誰だと思ってる」

リボーンの拳銃からは、硝煙が立ち上っている。
ガキがぶち当たって出来た瓦礫の山の中で、炎が炸裂した。

「ツナ、XANXUSは片手間に戦える相手じゃねーぞ。6人の守護者を救出しながらの交戦は命取りだ。まず……」
「わかってる……。先にこいつを片付ける」

ガキの発言に、己の顔から笑みが消えたのがハッキリと理解できた。
『先に』オレを倒すだと?
随分となめた口を聞いてくれる。
こちらの手の内も知らねぇカス野郎が、すぐにこの炎で消し炭にしてやる。
手の中に、炎を宿す。
戦いの火蓋が、遂に切って落とされた。
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