朱と交われば

9代目の弔い合戦は、チェルベッロが取り仕切るという。
無論、向こうのガキどもからの反論はあった。
例え事実がどうあろうと、チェルベッロはリングの運行を見守る公正なる審判員だ。
そして奴らの元には、9代目の死炎印の押された勅命がある。

「我々の認証なくしては、リングの移動は認められません」
「よくも抜け抜けと!その死炎印は9代目に無理矢理押させたものだな!」

チェデフの一人がそう言ったのを、隣にいたカスザメが鼻で笑った。
酷く愉快そうな表情で、口に手を当てて微笑んでいた。

「ふはっ、想像だけでよくもまあそう言えるなぁ」
「想像?事実の間違いじゃねーのか」
「……9代目は、快く押してくれたさ」

リボーンの責めるような視線にも、カスザメはやはり、うっすらと微笑むだけだった。
そう、言えば。
俺は9代目がこの死炎印を押すところは、見ていなかった。
カスザメが、既に死炎印の押された勅命を持ってきた。
それを一緒に見ていたのは、マーモンだったはずだが。
アイツは今日はホテルにいる。

「9代目は、自分から押してくれた。……あの人は、オレに大きな借りがあるのさぁ」
「……なに?」
「さて、チェルベッロ、とっとと話を進めろぉ!」
「はっ。我々は勝利者が次期ボンゴレボスとなるこの戦いを、大空のリング戦と位置付けます。すなわち、今まで行ってきた7つのリング争奪戦の最終戦です。いかがでしょうか?XANXUS様」
「……悪くねぇ」

チェルベッロの問い掛けに、少し遅れて答えた。
じじぃが作った、カスザメへの借り。
一体それは、何なのだろう。
スクアーロは、相も変わらず淡く笑っているだけだった。

「それでは明晩、並中にみなさんお集まり下さい」

チェルベッロの声に、ようやくカスザメから目を逸らした。
部下達と、敵のガキどもが睨み合っている。
どれだけ睨んだところで、実力の差なんて、そうそう引っくり返るものでもないのにな。

「フッ、明日が喜劇の最終章だ。せいぜいあがけ」
「……逃げるなよ、全てをその目で見届けろぉ」

手の中に、憤怒の炎を宿す。
カスザメの腕を引き、炎を炸裂させた。
校庭が一瞬、目映い光に包まれ、全員の視界を奪う。
その隙に、オレ達はその場を離れ、奴らの前から姿を消した。

「……ザンザス」
「なんだ」
「痛いんだけど」
「あ?」

ホテルに戻ろうと足を進めた。
横で何かを訴えるカスザメに、ふとそちらへと視線を落とす。
視界に入ったものに、オレは慌てて手を離した。
……気付かなかった。
オレはいつの間にか、カスザメの腕をキツく握ってしまっていたらしい。

「っ……」
「ん"、ありがとなぁ。じゃあとっととホテルに帰るかぁ」
「な……テメー勝手にっ……」

オレよりも先に歩いていくカスザメの後から、早足に歩いていく。
勝手に言って、オレより先に行こうとしやがって。
イライラとその背を追い越す。
別の方向へ散っていたベルやレヴィとも合流して、ホテルへと向かった。
明日、ついに明日だ。
全てに決着がつき、この手にボンゴレがおちる。
オレを、オレ達を脅かすものは、何もなくなる。
そしてオレのボンゴレは、最強になるのだ。
全てを打ちのめし、オレは、そこでようやく、『XANXUS』になる。
あのじじぃを見返し、後悔をさせてやる。
オレを、XANXUSを選ばなかったことを。


 * * *


「……ボスはお休みになられたのか?」
「あ"あ」

時刻は既に、深夜2時を過ぎている。
他の誰もが寝静まった中で、唯二人起きていたレヴィとスクアーロが、些か疲れた様子でソファーに腰掛けていた。
部屋には重たい空気が横たわっていた。

「……疲れたな」

ぼそりと呟いたスクアーロに、レヴィは苛立ったような視線を送って答える。

「当たり前だろう。……そんな体の使い方をしていればな」
「はっ、何のことだか……」

レヴィの言葉は、その視線の色とは異なり、気遣わしげにも思える。
それに対して、スクアーロは惚けたように唇を歪めた。
無意識なのだろうか、その左手で丈の長いぴっちりとしたタートルネックのシャツに覆われた首元を、緩く撫でながら、グラスにミネラルウォーターを注ぐ。

「お前は」
「いらん!」
「なんだぁ?そうつんけんすんなよ。折角、明日で全てのケリが着くかもしれねぇんだぁ。仲良くやろうぜぇ」
「誰が貴様なんかと……」

水を一口に飲み干したスクアーロは、大きく息を吐き出し、ソファーの背凭れへ身を沈めた。
長い脚を投げ出すようにして、完全に脱力している。
不機嫌そうに座るレヴィもまた、それに倣うように、姿勢を崩して力を抜いた。

「明日、全てが終わったとき、ボスはボンゴレの頂点に立たれることになる」
「……ん"、そうなるなぁ」

暫くの沈黙の後、唐突にレヴィがそう切り出した。
気の抜けたように答えたスクアーロは、少し目を細めて、彼の方を見やった。

「その時には、お前は全てを話せ」
「全て?」
「惚けるな!全ては全てだ。あの8年の間にあったことを全て……」
「う"ぉい、あまり騒ぐなぁ。ザンザス達が起きる」
「っ!ぐっ……」

その、全てというのが何を指すのか、二人にはわかっているようだが、その内容が語られることはない。
スクアーロがレヴィを諌め、渋々という様子で言葉が止まる。

「……安心しろよ、ちゃんと話す。全部が終わるときには、ちゃんと……」

その返事に満足したのか、レヴィは立ち上がり、自分に与えられた寝室へと帰っていった。

「……ならば、明日に備えて休め」
「心配してくれてるわけ?」
「そんなわけがあるか!」

ばたんと扉が閉められる。
他の者達が起きるかもしれないという考えは、彼の頭からは既になくなっているらしい。
静かになった部屋に、スクアーロの吐息が落ちた。
すぐに、温度を感じさせない、冷たい声色が響いた。

「全部が終わったら……終わったら、な」

スクアーロもまた、すぐに自室へと戻る。
いつになく静かな夜だった。
野望と狂気、秘密を孕んだ夜が明ける。
――大空のリング戦、当日

「行くぞ、ドカスども」
『おう!』

声を揃えて、幹部達がその背に従う。
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