朱と交われば

ゴーラ・モスカは、完全に暴走している。
この場を一言で例えるのなら……そう、阿鼻叫喚だ。
阿鼻叫喚ってのは日本の地獄の名だと聞いた。
この場にはぴったりの言葉だろう。

「ぶはーっはっは!!こいつは大惨事だな!!!」

その様を嘲笑い、見下ろす。
ミサイル、圧縮粒子砲、搭載されたありとあらゆる兵器をぶっぱなして、モスカは無差別な破壊を繰り返す。
カスザメはベルとレヴィを誘導して、上手く逃げ隠れているようだ。
不意を打たれたガキどもは、自分の身を守るのが精一杯らしく、その内あの霧の術士の少女が、クラウンフィールドの中に入り込んだ。
フェンスが破れている。
気が付いてないのか、危険地帯に入っちまったことに。
一瞬、なにがしかが胸の奥底で首をもたげかけたが、結局はどうにもせずに、それを黙ってみていた。
あのガキが死のうと、どうしようと、オレにはなんの関係もないのだ。

「おい!!!フィールド内は危険だぞ!!」

ボクシングのガキが叫ぶも虚しく、術士は地雷を踏む。
警告音と、直後に響く爆音。
彼女は……ギリギリのところで仲間に助けられ、避けたようだった。
だが、逃げたその先も安全ではない。
フィールドに設置されていたガトリングが、奴らを感知して動き始める。
そしてその真向かいからは、暴走するゴーラ・モスカが迫ってきていた。

「……挟まれたかぁ」

横から聞こえた馴染み深い声に、なにも言わずに頷いた。
スクアーロは、いつの間にか俺のとなりでその惨状を観ていた。
助けようともせず、ただただ無表情に傍観している。
モヤモヤとした何かが込み上げたが、それは結局言葉にならずに消えていく。
連なる銃声と、圧縮粒子方の放たれる轟音に、ようやく視線を戦場へと戻す。
そこには術士どもの死体がある……かと思ったが、目の前に広がったのは死屍累々の惨状ではなく、透き通るような、残酷なほどに美しく燃える、死ぬ気の炎だった。

「!!あの炎……!」

橙色のその焔は、あのジジイの炎によく似ている。
ガトリングも、モスカの攻撃も防ぎきったそのガキは、険しい表情を刻み、無言のままにモスカと向かい合った。

「沢田綱吉……!」
「来たか。……だが、カスから消えていく。それに変わりはねぇ」

この状況は、まさにこちらの思う壺だ。
モスカの激しい攻撃も全て打ちのめし、縦横無尽に飛び回る。
あの力強い炎は、確かに初代のそれを受け継いだ証なのだろう。
オレにはないそれが、あの小さな肉体には宿っている。
喉元で、血流が激しく脈打ち、殺せ、殺せと急かし立てる。
目の前では、沢田綱吉がモスカの腹へと、激しい一撃を叩き付けていた。
その中に何がいるとも知らないで、グシャグシャに叩き壊す。
良いぞ、良い……。
そのまま、全てを壊してしまえ。
血も、誇りも、何もかもを、バラバラに、グシャグシャに。
そしてその残骸の上に立つのは、弱さを切り捨てた強きボンゴレと、その首魁となったオレのみだ。
モスカに、奴の手刀が突き刺さる。
オレは口角がつり上がるのを押さえることが出来なかった。
終わりだ、9代目ボンゴレは、ここで終わる……!

「……え……、こ、この人……9代目……!?」

一体、どんな気分だろう。
自分が10代目にと推したガキに、体を切り裂かれる気分は。
自分が信じたガキに、殺される気分は……!
そのガキに見守られて、息絶えようとする今の気持ちは……!!

「ちっ、モスカの構造……、前に一度だけ見たことがある……。9代目は……、ゴーラ・モスカの動力源にされてたみてーだな」
「ど……どーして!?」
「どーしてじゃねーだろ!てめーが9代目を手にかけたんだぞ」

狼狽え、怯えるガキに、更に責め立てるように言葉を立てる。

「う"ぉおい、まさかこの状況で言い逃れるつもりじゃねぇだろうなぁ?その残骸をよく見てみろぉ。誰だ?9代目を容赦なくぶん殴ったのは」

息が上がっている。
パニックにでもなっているのだろうか。
カスザメの言葉に続けて、オレもまた言い募る。

「誰だぁ?モスカごとじじぃを真っ二つに焼き切ってたのはよぉ」
「そ、そんな……。オ……オレが、9代目を……」
「……ちがう……」

それは小さな声だった。
風にさらわれて消えてしまいそうなほどの。
だが、その声は異様なほど響いて、オレ達の耳朶を震わせた。

「悪いのは……私だ……」

その言葉に、吐き気がした。
分かっているようなことを言って、結局このじじぃのしてきたことは、なんだった。
闇を封じ込め、怒りを隠し、自らの過ちも、罪も、全てなかったことにしようとして。
その行為に堪えることすら出来ずに、オレを再びこの世へと解き放った。
事態を中途半端に引っ掻き回して、自分が扱えなくなれば押し潰す。
その罪悪感さえも抱えきれずに投げ捨てて、あの男は今、無様にそこに倒れている。
9代目と、沢田綱吉との会話は、風に乗って微かにこちらへと届いていた。
自分が悪いと言っておいて、その言い方はまるでオレを責めるように聞こえてならない。

「――だからこそ私は君を……、ボンゴレ10代目に選んだ……」

アイツが選んだのは、オレではない。
喉元で、耳の奥で、米神で、瞳の奥で、怒りが、憎しみが、熱く脈打ち、暴れている。
じじぃが沢田綱吉の額に当てていた手が、滑り落ちていくのが見えた。
偽善者の、極悪人。
そう思っていても、オレの口は確りと、予定通りの言葉を吐き連ねていた。

「よくも9代目を!!!」
「!?」
「9代目へのこの卑劣な仕打ちは、実子であるXANXUSへの、そして崇高なるボンゴレの精神に対する挑戦と受け取った!!」
「なっ!??」
「しらばっくれんな!9代目の胸の焼き傷が動かぬ証拠だ!!ボス殺しの前には、リング争奪戦など無意味!!オレはボスである我が父のため、そしてボンゴレの未来のために、貴様を殺し、仇を討つ!!」

ガキどもが困惑し、そして奴らの頭上を徐々に怒りが覆っていくのが見えるようだった。
チェルベッロの言葉に、殺気を発しながら答える赤子姿の死神には、流石にぞくりとしたが。
しかしあの野郎は骨の髄までマフィアで、殺し屋だ。
依頼がなければ動かないし、依頼を越える仕事は出来ない。
予想通り、奴はこちらへの手出しはしないと公言する。
そして、死にかけのじじぃを前に座り込んでいたガキが、ゆっくりと立ち上がり、不遜にもオレの名を口にした。

「XANXUS、このリングは……渡さない……。おまえに9代目の跡は、継がせない!!」

その目には、もうすでに、死への畏れも、拭えぬ罪への苦しみもない。
ただ澄んで真っ直ぐなそれは、責めるでもなく、憎しむでもなく、真っ直ぐな意思を、オレに向けて叩き付けているようであった。
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