朱と交われば

「ム、スクアーロ?……そう言えば昨日帰った時から今まで、見掛けてないね。部屋じゃないかな」

カスザメはどこだ、という問いに対して、返ってきたのはそんな言葉だった。
部屋ならさっき覗いた。
……恐る恐る、部屋の中には入らずだったが。
あんなことがあった以上、無理に押し入ったりはしたくなかった。
だが部屋はもぬけの殻で、綺麗に整えられたベッドや、物がほとんど置いていない机からは、生活感というものがまるで感じられない。
昨日、帰ってきた時には、疲れただの、気が抜けただのと言って、すぐに寝室に籠っていた癖に、もしかして俺達が起き出すよりも前に起きて出掛けやがったのか。
昨日の様子では、怪我なんかはなかったようだが、この状況で出歩かれるのは都合が良くない。
それくらい、アイツにもわかっているはずなのに。

「大丈夫だよボス、スクアーロならたぶん、今晩の戦いの前に帰ってくるさ。それより、お昼ご飯はどうする?ボスが食べたいものを頼んでくるよ」
「……いらねぇ」
「え?でも」
「うるせぇぞ、カッ消されたくなければ、オレの前から失せろ」
「ご、ごめん!」

マーモンが慌てて部屋から出ていく。
背を向けたまま、それを気配だけで感じ取り、オレは手持ち無沙汰にケータイを開いた。
さっき、一度だけ電話を掛けた。
だが反応はなく、留守番電話に繋がっただけだった。
未だに、電話が返ってくることはない。

「ったく、どこ行きやがった、あのドカスは……」

呟いてみるも、ケータイはただ無機質な灯りでオレの顔を照らすばかりだ。
大体、なぜそんなにも外出したがるのだろうか。
ここに居づらい理由でもあるのか?
何か嫌なことでも?
……まさか、日本にいる知り合い……にでも会っているのだろうか。
どんな知り合いなのだろうか。
もしや、男……か?
いや、いやいや待て、そもそも知り合いに会ってると決まったわけではない。
オレ達と顔を会わせるのが嫌で、外出している可能性だってあるのだから。

「……」

別に、自分で考えたことで傷ついてなんかねぇよ。
……って、オレは誰に言い訳をしている。
スクアーロの奴、一体どういうつもりでオレを困らせてやがるんだ。
オレは、何かあいつに避けられるようなことをしたのか?
……したな。
いやしかし、それならこの間話をしただろう。
それでもやはり、オレと話すのは嫌なのか?
いや、いや……。
ダメだ、思考が嫌な方向にばかり走る。
そもそも、アイツが趣味で散歩しにいってるだけの可能性だってあるんだ。
そう、趣味……趣味?
そう言えば、アイツの趣味とはなんだろう。
料理は、嫌いではないはずだ。
だがそれはする必要があるからしていただけだろうし、最近はあまりしてないと言っていた。
アイツの趣味とは。
戦い?武器集め?
どっちも嫌いではないと思う。
昨日だって、武器を選ぶってだけで楽しそうにしていた。
でもそれを趣味なのかと聞かれると、すぐに頷くことはできない。
そうだ、オレはアイツに趣味の話なんかを振ったことがない。
そもそも、オレからアイツに話を振ったことなんて、数えるほどしか……。
……オレは、考えてみれば、アイツのことをろくに知らない。
趣味も、好きなものも……食い物は魚が好きだということは知っているが、生い立ちこそ聞いちゃいたが、アイツの誕生日だってちゃんと知らない。
そうだ、好きな奴がいるかどうかさえもオレは知っちゃいない……って、そう言えば……。
カスザメの奴、恋愛対象はどっちになるんだ……?
突然の大問題。
大きな壁にぶち当たったオレは、そのまま夜まで悶々と悩み過ごすことになった。
途中、マーモンやらベルやらが何か言っていた気がする。
クソジジイの入ったモスカは、時間が近くなるとオレの側に来るようでも設定されているのか、20時頃に駆動音を響かせながら部屋に来た。
レヴィの馬鹿はずっと部屋の前に立っていたらしい。
本当に馬鹿だな、アイツは。
……スクアーロからの連絡は、結局22時頃までなかった。
連絡のないまま、ふらりと戻ってきて、けろっとした顔をして、そろそろ行くか、などとのたまう。

「……テメーが指示出してんじゃねぇ、カスザメ」
「ん"、そりゃ悪かったなぁ」
「チッ」

変装のつもりなのか、帽子を目深に被ったスクアーロの姿は少し新鮮だ。
悪びれた様子もなく、とっとと部屋に戻り、いつもの隊服に着替えたスクアーロは、他の幹部どもを急かして部屋を出ていく。
オレもまた、奴らの後ろから歩いて並盛中学へと向かった。
前を歩くスクアーロの背中を、じりじりと睨み付けながら。


 * * *


並盛中学、体育館。
敵のガキどもは、まばらに入り口付近に立っていたが、大将であるチビは何故か床の上で伸びていた。
大方、あのリボーンというアルコバレーノの仕業だろう。
突っ立っているガキの一人……昨日カスザメにこてんぱんにしてやられていた、黒髪のガキは、昏い色の視線をこちらに投げ掛けている。
カスザメは気にした様子もなく、ステージの縁に腰掛けて、キョロキョロと周囲を見回していた。
何がそんなに珍しいんだ?
まあ、何事もないのであれば、それで良いが……。
マーモンは既に準備を終え、部屋の真ん中に立って、向こうの守護者を待っていた。
開始時間が近い。
後継者候補のチビは、この時間になって漸く起きたようだ。
スクアーロは、ステージから飛び降りると、オレの横に立った。
ぴりぴりとした、嫌な緊張感が背筋を走る。
何かが来る。
首を撫でる悪寒に、オレも思わず表情を動かした。
カスザメが更にオレに近寄る。
こいつも何かを感じているのか。
ガキどもが不意に、入り口を振り返って凝視する。
現れたのは、眼鏡にニット帽の背の高いカスガキと、獣のような獰猛そうな顔のカスガキ、そして、小柄で左目に眼帯をつけた、少女だった。

「っ……」

隣で、息を飲む音が聞こえた。
チラリと見上げると、カスザメは奴らを穴が開きそうなほどに見詰めて、今まで見たことのない、険しい顔をしていた。
……まさかこいつ、恋愛対象は女、だったのか……?
確かにあの少女は顔が良いが、オレの方がずっと……いや、何を言っている!
つーか、どうせ並の術者じゃあマーモンには敵わねぇ。
オレはマーモンの背にあの女を殺せと念を送りながら、試合開始の号令を聞いたのだった。
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