朱と交われば

次の日、オレが起きたのは昼頃だった。
カスザメはどこかから帰ってきたばかりらしい。
日本に来てから、アイツはちょくちょくと外出を繰り返している。
どこに行っているのかは知らない。
聞いても、『野暮用だから』とろくに答えやしねぇ。
毎日のように不満が溜まっていく。
今日はアイツの、雨の守護者同士の対決の日だ。
もちろん見に行く気、だが……。

「スクアーロぉー、次はさ、擦り林檎食べたい」
「あ"あ!?んなもん自分で勝手に食ってろぉ!」
「うしし、無理だって。オレ超重症でろくに動けねぇんだもん」
「……ちっ、面倒くせぇな」

面倒くさいなどと言う癖に、カスザメは大人しく、ベルのリクエストに従って林檎を擦り下ろしにキッチンへと向かう。
昨日その口で、自分がオレのものだなんて言い放ったくせに、ベルの言うことを素直に聞いて、オレのことを放っておくなんて。
さっきだって、ベルの我が儘を聞いて、わざわざぬるめに温めたミルクを飲ませてやっていた。
その前だって、ベルの傷の手当てだとかで構ってやってたし、眠れないと喚くベルにクッションを持ってきてやってた。
ムカつく。
堪らなくムカつく。

「おら、これで良いんだろぉ?」
「んあ」

イラつくオレの目の前で、今度はベルが大口を開けて間抜け面を晒し始める。
つまりは、食わせろとばかりに食器の前で口を開けているのだ。

「せめて自分で食え!」
「だって腕ボロボロで動かすと痛いんだもん」
「さっきナイフ投げてただろぉが!」
「しし、知ーらねっ」

何故、ベルの奴はこんなにカスザメに甘えているんだ。
カスザメは大きなため息を吐いて、結局ベルの口元にスプーンを運んでやっている。

「ん"、とっとと食えよ」
「あー……あ?」

大口を開けたままで、ベルがオレの方を見ている。
カスザメもまた、目を見開いてオレを見ていた。
オレはというと、立ち上がって二人に近付いている。
そんで、カスザメの腕を掴んで、林檎の乗ったスプーンにかぶり付いた。

「ちょっ……ボース?」
「……そんなに林檎食べたかったのかぁ?」

オレはカスザメを睨み付ける。
んな訳ねぇだろうが。
だがここで引けば、まるでオレがベルに嫉妬してたみたいで気分が悪い。
カスザメの持ってたスプーンと皿を奪い取って、中身を全て、一気に口へ入れる。
空っぽの皿を投げ捨てて、二人に背を向けた。

「……そんなに腹が減ってたのかぁ?」

カスザメが、何もわかってねぇのかよ。

「……王子もう林檎いんね」

ベルの奴はわかっているんだかいないんだか、カスザメに絡むことは止めたらしく、ソファーに横になって寝始めた。
まあ良い。
元いたソファーに戻り、カスザメが武器の手入れを始めたのを眺める。
剣の刃を研ぎ、仕込み火薬を補充しているようだ。

「……お前、剣でやるのか」
「あ?おう、まあなぁ」
「代わり映えしねぇ」
「はあ?なんだよ、他の得物でやれってかぁ?」
「……何を使っても良い、5分で終わらせろ」
「5分だぁ!?」

ヒヤヒヤさせられんのはごめんだし、トロトロとしたつまらねぇ勝負を見るのも退屈だ。
どうせなら、速攻で片をつけろと、そう言ったオレに、カスザメは驚いた顔を見せた後、その口元をじわじわと吊り上げて笑い始めた。

「……はっ!くはは!面白ぇ‼」

カスザメの奴は、それはそれは楽しそうに笑う。
ああ、こいつのこんな顔は、久々に見たな。
何だろうか、胸の辺りが温かくなる。
手入れ途中だった剣をしまったカスザメは、どこにしまっていたのか、大量の武器を取り出して地面に並べている。

「ボスさんの我儘も、たまには面白いじゃねぇかぁ!なるほど、5分かぁ。どの武器で行くか……くくっ、なあ、ザンザス、折角だしあんたが決めたらどうだぁ?」
「ドカスが、テメーで勝手に決めろ」
「あ"あ?それくらい良いだろうがぁ。……お、なあジャポーネらしく長ドスとか手裏剣とかなんてどうだぁ?」
「なんでも良いだろ」
「……あ」

長ドスだか何だかは知らねぇが、浮き浮きとした顔のまま、カスザメがオレを見上げて、そのまま固まった。
その視線が右へ左へと泳ぎ、そろそろと床へ落ちていく。
なんだ?
突然黙り込んで、下を向いたりして。

「あー……あの、ちょっとテンション上がりすぎた、よなぁ?武器はオレで適当に決める」
「はあ?」
「だって……迷惑だって、思っただろ?」

迷惑?
誰が?
一体誰に?
……オレか?
はあ?
意味わかんねぇ。

「なんでオレがお前を迷惑に思うんだ」
「一人で勝手にテンション上げて、勝手にお前のこと巻き込んじまってんだぜ?迷惑だろ、そんなん」

カスザメの言い分を聞いて、呆れた。
レヴィなんかがこっちの様子を見もしねぇで絡んでくるんなら、オレはキレる。
ぶっ飛ばすし、かっ消す。
だがカスザメは別に、機嫌の悪いオレに絡んできたわけでも、しつこくしてきたわけでもねぇ。
なんでそんな奴に、オレがいちいちキレなきゃならねぇ。

「好きに盛り上がってりゃあ良いだろ。暇潰し程度にはなる」
「……じゃあ、静かに、選ぶ」

こくんと首を縦に振ったカスザメは、そのまま再び武器を並べ直して、静かに見詰めたり、軽く振ってみたりする。
何がそんなに難しいのだか、真剣な顔で眉間にシワを寄せるカスザメは、見ていて飽きない。
唸りながら武器を手に取り、どうやら作戦でも練っているらしい。
オレはただ、その様子をぼんやりと見ながら、のんびりと午後の時間を過ごす。
こいつなら安心か。
まず間違いなく、5分でけりをつけるのだろう。
相手がどんな奴だかは知らねぇが、一時はヴァリアーのボス候補にもなった暗殺のプロを相手に、何ができるのか見物だな。

「……っし、ザンザス。オレ、そろそろ行くから。もし来るなら、マーモンやレヴィ達と一緒に後から来いよ」
「……ああ」

流石に、オレも共に行くとは言えなかった。
殺気立ち、いつもとは纏う雰囲気を違えるスクアーロに、変に話しかたりなぞしたら、噛み付かれるだけでは終わらないだろう。
そして、雨の守護者同士の対決が幕を開けた。
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