朱と交われば

「今日はベルの出番だぁ」
「……」
「ベル、てめぇ昼間はどこか出掛けてたみてぇだが、ちゃんと準備は出来てんだろうなぁ?」
「うしし、準備運動までバッチシだよ」
「準備運動……?」

ベルの奴、何人か殺してきたな。
酷くご機嫌な様子を見て、オレはすぐにそう悟る。
嵐の守護者同士の対決の日。
オレの目の前で、上機嫌に答えるベルを見て、カスザメも何となく察したのだろう。
困ったように目を細め、少し眉を吊り上げる。

「……ちゃんと後始末したんだろうな?」
「したぜ、マーモンが」
「人に後片付けを任せんじゃねぇ、バカ」
「あでっ!」
「僕は金が貰えたから構わないけどね」
「つーか、任務でもねぇのにバカスカ殺しまくってんじゃねぇよ。サツにでも目ぇ付けられたらどうする」
「大丈夫だし、だってオレ王子だもん」

カスザメに殴られた頭を擦りながら、ベルはむっと口を尖らせていた。
だが怒ってナイフを投げたり、暴れたりすることはなく、むっすりとした顔のまま、ベルはスクアーロに寄り掛かっている。
甘えるように頭を擦り付けているその様子に、イライラしないと言ったら嘘になる。
ベルもムカつくが、カスザメもカスザメだ。
何をなされるがままになってやがる。
そんなんで、よく今まで性別がバレずに過ごせたな。

「チッ、まあ良い。とにかく、現状一勝一敗での三戦目だぁ。ここで連続して勝てば、少しは流れも掴めんだろぉ。必ず勝てよ」
「オレのこと誰だと思ってんだし。勝つに決まってんじゃん。だってオレ、王子だもん♪」
「ふん、油断して殺られねぇように気を付けろよ、バカ王子がぁ」

最後にまた、ぺしりとベルの後頭部を叩いたスクアーロは、徐に立ち上がり、ドアを開ける。

「じゃあ、そろそろ行くぞぉ」
「しし、りょーかーい」
「ム、そろそろ良い時間だもんね」
「……レヴィ、お前は傷が酷い。ここで休んでても良いんだぞぉ」
「黙れスクアーロ。オレは勝負の結果をこの目で見届けて、ボスに報告をすると言う仕事があるのだ!」
「ボスに鬱陶しがられてここにいられないだけじゃん?」
「違う!」
「ああ、わかったわかった。とにかく、もう出る。ザンザス、何かあれば下にヴァリアーの隊員がいる。そいつら呼ぶか、オレのケータイに連絡しろぉ」
「るせぇ、とっとと行け」
「んがっ!?いってぇ!」

緩く投げ付けた皿が、カスザメの額に直撃する。
それくらい、避けられるだろうが。
赤くなった額を擦るカスを、一睨みしてそっぽを向く。
怒るだろうか。
だがカスザメは、怒るでも文句を言うでもなく、一つだけため息を落として、そのまま他の奴らを連れて部屋を出ていった。

「……なんで、文句も言わねぇんだよ」

喧嘩がしたい訳ではない。
だが、あんな風に何をしても文句を言われないのでは、オレだってどうすれば良いのかわからない。
考えてみれば、押し倒してしまった時だって、結局オレはろくに謝りもしなかったし、アイツと正面から話してもいねぇ。
ただ、アイツが謝ってきて、オレはそれに答えもしないで、そのまま何となく許されたような、そんな気になっている。
……やはり、ちゃんと話さないと。
昨日は大丈夫かと思っていたが、そんなはずない。
話さなければ、謝らなければ、ちゃんと、ちゃんと……。

「ただいま戻りましたボォス!」
「!?」

ガバッと顔を上げた。
部屋の壁に掛けられた時計を見れば、もう深夜零時を過ぎている。
レヴィの声が聞こえたと言うことは、カスザメも帰ってきたってことだ。
部屋のドアが開く。
入ってきたカスザメを視界に入れて……オレはそのまま声を掛けられずに固まった。

「あ"ーくそ、重てぇ」
「ベルを運ぶのなんて、レヴィかモスカにでも任せちゃえば良かったのに」
「どっちに頼んだって、怪我人の扱いめちゃくちゃわりぃだろぉが。悪化したらどうする」
「どういう意味だ貴様!」
「ム、君がそう言うなら構わないけど」
「ん"、じゃあコイツのこと奥の部屋に置いてくるから、お前らは休んでろよぉ」
「だっ……!無視をするなスクアーロ‼」

重たそうにベルを背負ったスクアーロが、部屋のドアから入ってきて、そのまますぐに奥へと抜けていく。
オレと目を合わせることもなく、あっという間に消えていく。
ベルは意識があるのかないのか、スクアーロの首にしがみついて、肩口に顔を埋めていた。

「ボス!今夜も我々の勝利です!」
「ム、うるさいよレヴィ。ボス、これで僕達は二勝一敗だよ。次はスクアーロの雨戦だから、まあこれは勝ったも同然だね」
「ふん!あんな奴、敵と相討ちにでもなってしまえば、このオレがボスの右腕に収まることが出来……がはぁ!?」
「黙ってろ、ドカス」

縁起でもねぇことを言いやがって。
二人と、部屋の隅で突っ立っていたモスカを下がらせ、イライラとアイツが戻ってくるのを待つ。
どうせ、勝負の報告をしに来るんだろう。
すぐに戻ってくるんだろう。
ぐいっと酒を煽る。
まだ来ない。
脚を組んで髪をかきあげて、時計を確認して(12時半だった)、ドアを睨む。
まだ、来ない。
もう一度酒を煽ったとき、ようやくドアが開いた。
少し疲れた様子のスクアーロが出てきて、すっとオレへと視線を向けてくる。
遅ぇぞドカス、と怒鳴り付けてやるつもりだったのに、目が合った瞬間に、その気持ちはしおしおと萎んでいった。
結局、鼻を鳴らしてそのまま視線を逸らすだけに終わる。
カスザメの方は、大して気にした様子もなく、落ち着いた声色で話し出した。

「レヴィとマーモンから聞いたかも知れねぇが、ベルは勝ったぜ。しかも明日の勝負はオレだ。これでイタリアに帰れるなぁ、ボスさんよぉ」

得意気に顎を少し上げて話すその様子が、癪でならない。
こっちの気も知らないで。

「ここまでくりゃあ、後の勝負は勝とうが負けようが、計画に支障は……う"お!?」

話を遮るように、ブランデー入りのグラスを投げ付けた。
それは綺麗な放物線を描いて、カスザメの脳天に落ちていく。
ぶつかるかぶつからないかギリギリのところで、カスザメは上手いこと避けてグラスをキャッチした。
最近の様子を見るに、どうやらコイツは、思い切り投げ付けるよりも、殺気を潜めて軽く投げた方が、避けづらいらしい。

「う"ぉおい!いきなりなんだぁ!?」
「文句あんのか?」
「あるわ!用があるなら口で言いやがれ!」

確かに、それはもっともな言葉で、だがオレにとっては難しいことだった。
ふっと口をつぐんだオレに、スクアーロは一先ずのところ怒りは納めることとしたらしく、首を傾げて問い掛けてきた。

「んだぁ?何かあったのかぁ?」
「……そ、れは」
「ん?」
「……一昨日の、ことだが」
「あ……ああ、それは……」

すぐに、何のことだか察しがついたようで、カスザメは居心地悪そうに視線を逸らす。
眉をきゅっと寄せて、言い淀んでいる。
近くの椅子にそろそろと腰掛け、口元に拳を当てて、スクアーロは目を逸らしたまま話した。

「まあ、その、男にはそういうこともあるって、聞いたことあるし……。つーか、いくらなんでもオレを襲うって……正気かよとか、頭ぶつけたんじゃねぇのとか思ったけど、お前はうちのボスなんだからよぉ、もう少し考えて動くように気を付けろよぉ」
「カスザメ」
「……オレは、そういう知識には疎いし、きっとお互い楽しくねぇだろ」
「オレのことを見ろ、カスザメ」
「……ん"」

カーペットの端だとか、天井の隅だとか、部屋のあちこちへと泳いでいた視線が、ようやくこちらを向いた。
不安そうに揺らぐ瞳を見て、ようやく気がつく。
コイツは本気で、オレが自分に劣情を抱く訳がないと、そう思っていたのだろう。
だが、実際にはまるで違う。
オレは、アイツを確かに、異性として見ていた。
だから、自分の信じていた定義が崩れたカスザメは、不安でならないのだろう。
何かの間違いだと、思い込まずにはいられないのだろう。
徐に口を開いた。

「オレは、冗談が嫌いだ」
「……」
「遊びや、間違いなんかじゃねぇ」
「……でも」
「でも、なんだ?オレがそんなことするはずがねぇ、か?……お前は、オレを何だと思っている」
「お前は……オレのボスで」
「それだけか?オレは、お前を……」
「……?」
「……お前を、オレのものにしたい」

これだけ言うのが、オレには精一杯だった。
もう少し、もう少しだけ、素直に話せていたら良かったのに。
だが、これ以上の言葉は出てきそうにない。
カスザメを見ると、酷く深刻そうな顔をしていた。
だがオレと視線が合うと、取って付けたような笑みを浮かべる。

「オレは、出会った時からあんたの、あんただけのものだ」
「……」
「この戦いが終わったら、オレを好きなようにすればいい」
「……チッ!カスが……」

そんな台詞を、真顔で言ってきやがった。
投げ付けたつもりのガラス瓶は、カスザメから大きく外れて、壁に当たって砕け散る。
これ以上、奴の顔が見たくない。
オレは、立ち上がって踵を返し、振り返ることなく部屋を後にした。
残ったスクアーロは、一体何を考えていただろう。
幻滅させたか?
失望したか?
オレのことを、嫌いになった?
嫌な考えばかりが巡り、それを振り払おうと頭を強く振って、ベッドに寝そべった。
胸の中に、鉛を流し込まれたようだった。
重たい気分を抱えたまま、眠りについた。
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