朱と交われば

「いくら大事だって言われても、ボンゴレリングだとか、次期ボスの座だとか、そんなもののために、オレは戦えない。でも、友達が、仲間が傷つくのはイヤなんだ!!!」

びきびきと、胸の中で何かが軋んでいるような気がした。
喉の奥がヒリついている。
ならばどうして、その子どもを送り出した?
そもそも、戦わず、腹を仰向けて哀れな動物のように降伏でもしていれば、見逃してやっていたかも知れないのに、のこのこと出てきて何を今さら。
何よりまず、そんな半端な気持ちで、10代目ボンゴレを名乗られたことが、オレにとっては我慢がならなかった。

「ほざくな」

自然と、言葉が口を突いて出ていた。
手の中に、憤怒の炎を蓄える。
それをエネルギー波として、ふざけたことを口走るガキへ、投げ付けていた。

「うわああ!!!」

小柄な体が吹っ飛ぶ。
そのまま尻尾を巻いて逃げていくかと思いきや、奴は果敢にも、オレを、このXANXUSを睨み上げた。

「XANXUS!!!」

向けられるのは、敵意、怒り。
だがその中にあるべき殺意がない。
どこまでも甘くて、中途半端で、……あの老いぼれのように、イラつく。
オレが現れ、奴へ攻撃を加えたのを見て、チェルベッロの女が止めようとする。
憤怒の炎を宿したままに、女の顔面を思い切り殴り付けた。
倒れた女を余所に、オレは足元へと視線を向ける。
そこには、驚きを露にこちらを見上げる、カスザメがいる。

「他人の勝負に首突っ込んで、余計なことをしているのはどっちだ?」
「……」
「余計な真似してんじゃねぇ、ドカス」
「そりゃあ、悪かったな」
「…………まあ、良いだろう」

昼間、扉越しに話したときのような、居心地の悪さはなかった。
少しだけ、罰が悪かったが、それもきっと、時期になくなってくれる。
もう、何も、問題はない。
また、オレは沢田某へと視線を戻した。
ガキを抱えて、仔猫が威嚇するかのようにこちらを睨む奴からは、やはり殺気は感じられなかった。

「オレはキレちゃいねぇ。むしろ、楽しくなってきたぜ」

オレを殺す気も見せぬ甘さも、後継者の資格を軽視する発言も、あの老いぼれによく似ている。
だから、この戦いはオレとあのジジイとの、決別の儀なのだ。
アイツを屈服させて、絶望の底に叩き落として、仲間を殺して、全てを壊して、ようやくオレは、本物のボンゴレ10代目となるのだ。

「やっとわかったぜ、一時とはいえ9代目が貴様を選んだわけが……」

9代目ボンゴレ、甘ったれたあのジジイが、次期後継者にと目を付けたアイツは、小さく、弱く、脆く、取るに足らぬ存在だ。
だが、徹底的に叩き潰してやろう。
塵も残さないほど完全に、燃やし尽くしてやろう。
今日の勝負で、一勝一敗。
ヴァリアーの幹部は精鋭揃いだが、必ず奴らは最後の闘いまで食らい付いてくるだろう。
奇妙な確信を感じるのだ。
その気味が悪いほどに、真っ直ぐな瞳に。
堪えきれずに漏れ出した哄笑が、夜空を揺らす。
そのもがき苦しむ様、オレは精々高みから楽しませてもらうとしよう。

「おい、女。続けろ」
「はっ、では改めて、勝負の結果を発表します。今回の守護者対決はレヴィ・ア・タンの勝利とし、雷のリングはヴァリアー側のものとなります」

レヴィの掲げたリングは、夜の闇の中にも妖しげに光り、その存在を主張している。
炎を収め、奴らへと言葉を落とす。

「お前を殺るのはリング争奪戦で本当の絶望を味わわせてからだ。あの老いぼれのようにな」

ざわりと、動揺が走るのが見えた。
闘いと、絶望、そしてそれ以上に、9代目の窮地を匂わせる言葉。
効果は覿面だったようだ。
家光と、アルコバレーノから届く鋭い殺気に、笑みを深める。

「XANXUS!!貴様!!9代目に何をした!!」
「ぶはっ!それを調べるのがおまえの仕事だろ?門外顧問!」

叫ぶだけ、答えは用意されているなどとでも、思っているのか?
いつだって同じだ。
愚かなこの男は、ボンゴレの力をいつだって過信しすぎている。
嗤えてくるほど、鈍くさくて、滑稽。
奴は間違いなく、イタリアへ戻り、ボンゴレ本部へと向かうだろう。
だがあそこには、9代目の影を本物と信じ、侵入者を阻もうとする、更に愚鈍な馬鹿どもが溢れている。
ただで帰れるはずがない。
家光という駒は、もう死んだも同然だ。
警戒すべきはもう一人、何を考えているのかわからねぇ、あのちっぽけな殺し屋か。
だがまずは、事を進めようか。
オレ達の描いた筋書通りに……。

「喜べモドキども、おまえらにはチャンスをやったんだ。残りの勝負も全て行い、万が一おまえらが勝ち越すようなことがあれば、ボンゴレリングもボスの地位も、全てくれてやる。……だが負けたら、おまえの大切なもんはすべて……、消える……」
「大切なもの、全て……!?」
「せいぜい見せてみろ。あの老いぼれが惚れこんだ力を」

その力は、呆気なくこの炎の前に散ることになるだろうがな。
後ろに控えていたもう一人のチェルベッロに、次の指示を促す。
ふん、あそこでくたばってる女と違って、こちらの女は少しは利口なようだな。

「明日の対戦は、嵐の守護者対決です」

ベルがにったりと笑ったのが見えた。
ヴァリアー一の天才、切り裂き王子のベルフェゴール。
奴ならば、下手は踏まねぇだろう。

「ベルか……、悪くねぇ……」
「ボス、雷のリングだ。納めてくれ」

言葉の通り、悪くないカードだ。
そして勝負の終わり、会話の終わりを察知したらしいレヴィが、オレの足元へ跪き、リングを差し出した。
カスが、オレにはそんなものは必要ねぇことぐらい、言わないでも理解しろ。

「いらねえ。次に醜態をさらしてみろ」
「死にます」

死ねとまでは言っていなかったのだが……、まあ奴がしたいのならば勝手にすれば良い。
冷や汗を流す向こうの嵐の守護者と、ボロボロのガキ、地面にへたり込んだ沢田。
愚かな父親を持ったのは、オレも奴も同じことだ。
違ったのは、力を持っていたかどうか。
仲間だの、友情だのという不確かなものに傾倒するその弱さ。
嘲笑を残し、オレは奴らへ背を向けた。

「帰るぞ、ドカスども」

この背に付き従う黒服達の気配を感じながら、ホテルへと戻った。

「カスザメ」
「なんだぁ」
「腹が減った」
「はあ?ったく、今すぐルームサービスでも取り寄せる!少し待ってろぉ!」
「3分で持ってこさせろ」
「無茶言うな!」

奴の顔は、未だに気まずさがあって、真っ直ぐに見れなかった。
それでも、いつも通りの会話に、ほっとする。
マーモンと何処かへ消えたベル、治療を受けに階下へ降りたレヴィ。
一人になって、ソファーに座り、目を閉じた。

「……だが、あれは……」

ふと、思い浮かんだのは、スクアーロが子どもを殺そうと投げたナイフのことだった。
あの偽10代目とは異なる、確かな殺気。
あのガキを殺すことに反対をするわけではない。
だが、違和感が拭えない。
オレは、スクアーロと同じ筋書を辿っているはずなのに、アイツは何処か、全く別の場所を見ているような気がしてならない。

「う"ぉい!飯持ってこさせたぞぉ!」
「……ちっ、うるせぇ」

だが、戻ってきたカスザメの顔を見るや、それが勘違いのように思えてきた。
考えすぎか?
オレも鈍ったのだろうか。
並べられた肉料理に手をつけ、オレは思考を停止させた……。
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