朱と交われば

雷のリングを競う戦いの日、オレは自室に籠ったまま、誰とも会わずに過ごした。
いや、そうするより他、どうにも出来なかった。
あんなことになって、アイツに会わせる顔がない。
朝から何も食べていないから、すぐにでも出ていって、飯を食いたいし、アイツに会ったら、謝らなければならないし、今日の戦いについても聞きたいのに、アイツと話がしたいのに。

「くそ、が……」

握り締めたシーツが、焦げてブスブスと煙を上げている。
オレは、素直に出ていくことが出来なかった。
こんなときにどうすれば良いのかが、わからなかった。
アイツと話なんて、出来そうにもない。

「……ザンザス?」
「っ!」

扉の外から声を掛けられた。
無駄だと分かってはいても、はっと息を潜めて、気配を殺してしまう。
オレの返事を待っているのか、暫くの沈黙の後、小さな吐息が木の扉を撫でたのがわかった。

「……昨日、ごめんな」

絞り出すように伝えられた謝罪。
本当は、自分から言わなければならないはずのそれ。
僅かな沈黙の後、再び言葉が続けられる。
聞きたくない、なのに、思わず耳をそばだててしまう。

「もし、その……処理したいなら、女の子紹介するから」
「っ……!」

違う、そうじゃない、と言いたかったのに、立ち上がって扉に近付くと、声が出ない。

「飯、用意してあるから。……オレも、また用事があって出掛けるから、好きなときに出て、ちゃんと食えよ」
「……」
「大事な時期なんだから、体壊さねぇようになぁ」

声が離れていく。
もう、扉の外にスクアーロはいないのだろう。
冷たい木の感触が、手のひらに伝わってくる。
様子を窺いながら、ゆっくりと外に出て、キッチンを覗いた。
机の上に、ラップの掛けられた皿が置かれている。
パンが幾つか、ジャムが数種類、ビスケット、水筒の中にはお茶がある。
パンはオーブンで温めて食べること、と几帳面な字で書かれたメモを読み、その通りにした。

「……」

誰もいない。
酷く静かな部屋の中で、オレがパンを咀嚼する音だけが聞こえている。
全員出掛けているのだろうか。
多めに用意されていた茶を、カップに注ぎ足し、ソファーの上へ移動する。
たまには、紅茶で一服するのも良いかもしれない。
少し、物足りない気はしたが。
それよりも問題は、今はいないスクアーロのことだ。
アイツのあの様子、どう考えても、自分がオレを拒否したことに罪悪感を覚えている様子だった。
違うと言わなければならないのに、お前は悪くないと……。

「んで……オレがこんな……」

あの時、拒否されていなかったら、あの時、変な気を起こしていなかったら、あの時、あの時……。
後悔は尽きなかった。
あの時ジジイに負けていなければ、と言うところまで考えて、ぶるんと首を振った。
終わったことを、何度なぞったところで、過去は変えることが出来ない。
次にカスザメに会ったときにどうすれば良いのか、それを考えなければならない。
だが結局、答えがでないまま、気が付くと時計の針は、11時を指そうとしていた。
まずい、もう雷の守護者戦が始まりやがる。


 * * *


並盛中学に到着した時、既に試合は終わり掛けていた。
レヴィの相手の牛ガキは、雷に直撃したのか、黒焦げになって動かない。
何故かレヴィも酷くダメージを受けていたが、もう勝負は着いたも同然だ。
倒れたガキに、レヴィが武器を振り上げる。
殺す気なのだろう。
だがそれを止める声があった。

「待てレヴィ」
「ぬ……スクアーロ、貴様……」

端で見ていたスクアーロが、声を張り上げて制止を呼び掛ける。
レヴィの殺気は、スクアーロへと向けられた。
バチバチと雷電が散るような睨み合い。
割って入るべきか?
しかし、何故スクアーロが止めるのかがわからない。
全ての勝負に決着が着いたら、その時には殺す命だ。
今助けたところで、結局は消えるもの。

「何故止める!」
「ガキの命なんて後にして、とっととリングを完成させろぉ。お前の任務を忘れた訳じゃないだろう」
「オレの任務は、敵を殺すことだ!消えろ!」

振り上げたパラボラは、スクアーロの制止を振り切って、ガキの心臓へ向けて降り下ろされた。
ここからだと奴らの顔までは見えず、オレはただ成り行きを見守るしか出来ない。

「う"ぉおい……いい加減にしろ、レヴィ・ア・タン」

突如、フィールドに、低く地を這うような声が響いた。
レヴィの動きがピタリと止まった。
離れたところにいる自分の元にまで、重苦しい圧力が届いている。

「な、何を……」
「リングだけ取って、とっとと戻ってこい」
「だが」
「……これ以上オレを困らせるな」
「ぐっ……う……」

がちゃりと、握り締められたパラボラが鳴く。
何を止めることがあるのだろう。
何を躊躇うことがあるのだろう。
暗殺部隊であるにも関わらず、殺さずに逃がすなど、あってはならない。
……いや、あのカスザメの性格を考えたなら、納得がいかないでもないか。
むしろどこか、アイツの行動に安心している自分もいる。
スクアーロが子どもの命を奪わなかったこと、レヴィを止めたその行動に。
レヴィはパラボラを降ろし、ガキの首にかけられたリングを取り上げた。
アイツが、オレ以外の人間の言うことを聞くなんて、始めて見たかもしれない。

「今回の雷の守護者同士の対決、勝者はレヴィ・ア・タンとします」

チェルベッロの声を受け、フィールドから戻ってきたレヴィと逆に、スクアーロが前へと進んだ。
何をする気だ?
向こうの守護者どもが、ガキへ駆け寄るより早く、フィールドに踏み込み、すらりと左手に握ったナイフを掲げる。

「アホレヴィがぁ」
「は?」
「敵を殺すときには、例え相手が子どもだろうと、例え相手が瀕死だろうと、絶対に油断はするなってよぉ、オレは何度も言ったはずだぁ。リングを取るだけでも、最後まで慎重に動けよ」
「それは……確かにそうだが」
「敵を殺したいなら、お前は遠距離からの攻撃が出来るんだ。何故わざわざ近付いて殺す?」
「お、おい」
「近付くのは、敵が死んだかどうかを、確認するときだけで良いじゃねぇかぁ」

スクアーロはナイフを握った左手を、右肩まで回す。
そのまま、バネが弾けるように、恐ろしいほどにしなやかな体捌きで、それを投擲した。

「なっ……よけろアホ牛!」

ナイフは、真っ直ぐガキの首へと飛んでいく。
叫び声が上がるが、今のガキには、避ける体力なんてとても残っちゃいない。
オレは、その光景をただただ眺めることしか出来なかった。
あのカスザメが、クーデターでボンゴレの人間を殺すのも嫌がっていたあのスクアーロが、子どもを平気で殺そうとしている。

「何故……」

口を突いて出た言葉が、老いぼれから放たれた言葉と被る。
めらりと、腹の底で炎が燃え上がった気がした。

ーー キィ……ン

突如、フィールドに甲高い金属音が響いた。
ごうと燃え上がった、橙色の炎。
ジジイと同じ、透き通った明るい色の炎が、スクアーロの投げたナイフを、弾き飛ばし、ボロボロに溶かしていた。

「‼ナイフが‼」
「あの炎……」

炎が少しずつ薄らいでいく。
その向こうに立っていたのは、額に炎を宿し、眉間に深くシワを刻んだそいつは、まるで……。

「目の前で大事な仲間を失ったら……、死んでも死にきれねえ」

オレの胸の内を、ガリガリとかきむしるような痛みが走った。
その姿が、眩暈を覚えるほどに強く、あのジジイの姿を彷彿とさせた。
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